第10話 鏡から....

     『カタバミ!』


聞いたことのない人物の叫び声が聞こえた。この場にそぐわない、胸がすくような凛とした声だ。

俺は、その声に反応して、思わず目を開けた。


目の前には、おどろおどろしい緑のとばりが、変わらずに頭上間近に迫ってきていたが、さっきとは違う点が一つだけあった。


なんと、自分と緑のカーテンの間に、でっかいオクラのような実が浮いていたのだ。


『目を閉じろっ!!』と、またさっきの声が聞こえたので、再び目を閉じた。


すると、パン、パン、パンっ!!と、爆竹が鳴るかのように、高速で甲高い爆発音が頭上から聞こえた。


べちゃべちゃという音も爆発音に次いで聞こえる。

やがて静かになったのでゆっくりと目を開けた。


すると、緑の帷がなくなっていた。

その代わりに壁には、あちこち緑の粘液が飛び散り、張り付いている。


『ぐギャァぁぁぁぁっ!!』


バケモノが咆哮を上げ、グニャグニャと苦しそうに動きまくっている。

体の一部が弾け散ったことで、痛みを感じたようだ。


俺は、一瞬何が起きたのかわからず、ポカンと口を開け呆然としてしまったが、壁の粘液がゆっくり本体に戻ろうと動き始めたのに気づき、再び緊張感を露わにする。


「何が起こったんだ...?」


急に聞こえた凛とした声と、異常にデカいカタバミの実....。

そして爆発音の後には、飛び散った粘液。


多分、カタバミの実らしきものが、破裂したんだと思うが、誰が何のために??

俺を助けてくれたのは、偶然か?


俺が周りを見渡すと、壁一面に貼ってあった大鏡が、ぼんやりと発光しているのに気づいた。


その変化に訝しげ、じっと鏡を注視してると、光が少しだけ強くなった。

すると、


  『蔓蛇つるへび!!』


また、さっきの声が聞こえた。

それと同時に、鏡から太い緑の蔓がブワッと何本も出てきて、ギョッとする。


よく見ると、鉤針かぎばりみたいな棘がついているので、蛇結茨ジャケツイバラだろうか?

だが、ジャケツイバラにしては、蔓が異常に長いし太い。


その蔓が、バケモノと鮫島さんたちに襲いかかろうとする。

新手のバケモノって線が濃厚か?と思った俺は、襲い掛かる蔓に危機を感じ、咄嗟に叫んだ。


「!?危ないっ!!」


ーーだがしかし、叫んだところで、鮫島たちは、目と鼻を残して全身が触手に拘束されていて手も足も出ない。

悠夜自身は、運動神経ほどほどの優等生ゆえに、どうしようもなかった。ーー


しかし、蔓は俺の想定とは違う動きをした。

みんなの目の前に到達した蔓が、ピタっと止まり、先端が鞭のように反り返る。そして、勢いおく振り下ろされた。

ブンっと、空気がうなり、蔓が当たったところから、ぶちぶちぶちっと触手が切断されていった。


ドサリとみんなが床に落ちる。

どうやら助けてくれたようだ。


「鮫島さんっ!」


慌てて駆け寄り、蔓によって傷がついてないか全身をペタペタと観察する。

躊躇なく、蔓が引き裂いたにも関わらず、服すら破れていなかった。

触手だけを切り落としたようだ。なんて器用な植物なんだ...。


ごほっと、一度だけ咳き込んだ鮫島さんは、すぐの体勢を立て直し、目の前のバケモノを襲っている蛇結茨らしきものを見据えた。


「なんだこの木は??」


「多分、蛇結茨だと....。

実際のものは、こんなに太くも長くもないんですが....。」


目の前で猛威を奮っている蔓が、あまりにも太いので鮫島さんは、木の枝だと判断したようだ。


「悠夜は、流石だね。

植物図鑑を読み込んでるだけあって、物知りだ。」


天綺さんが、眼鏡の歪みを直しながら近づいてきて褒めてくれた。

その様は、さっきまでぐるぐるに拘束されて絶体絶命だったようには見えない。

冷静すぎる。なんかみんな、次元が違う。慌てているのは、俺だけだ。


どうでもいいことだが、

イケメンは、眼鏡が曲がっててもイケメンらしい。ちっともコミカルにならない。なんて羨ましいんだ。


たしかに天綺さんが言うように、親父の遺品である植物図鑑を熟読している俺には、地球の植物ならほとんどわかる。


だから、最初のカタバミが、種を瞬間的に撒き散らす雑草ということももちろん知っていた。

だから、次に起こりうる現象が想定でき、素直に目を閉じれた。

目に入ったら、大変だしな。


実際のところ、もしかしたら違うかもと頭の隅っこでは思っていたが、その時はそん時だ。


だってさ、考えてもみろよ。

カタバミの実らしきものが、人の体ほどの大きさで浮いていたんだぞ?

実際の実は、2センチほどしかないんだぜ?

それなのに、人間並みの大きさのオクラって何?状態だろ。

それを見て、素直にカタバミだとは普通思わないだろう?


俺の知るカタバミと大きさが違うし、空中に浮いてるしで、完全に断定は出来なかった。

だけどもそんな状況でも、目を閉じれた俺、グッジョブだったな。目が失明する危機であった...。


とにかく、あの時は藁にも縋る思いで、知らない声の主の発言を信じた。

なんてったって、俺は前向きのお人好しだからな。

例え騙されても、信じる方が大事だ。


「さて、これからどうするかのぉ?」


辰さんが、ゴキゴキと首を鳴らしながら、今1番の問題を提示してきた。


みんなが触手から解放されたが、バケモノもドアの前にいるし、窓の触手も依然としてうねうねしている。


「逃げるにも、この状況じゃ、やねこいじゃけぇ?(難しいだろう。)」


どうしたもんかと、途方に暮れた。


目の前には、依然として本体のバケモノ。

そのバケモノは、グギャグギャと叫びながら、今は蔓をはたき落としたり、形を勢いよくグシャっと変えて避けたりと、忙しなく抵抗していた。


「あの蔓は、ほんとになんなんだ?味方か??」


鮫島さんは、自分と俺に向かってくる窓からの触手をパシパシと払い避けながら、話し続ける。

非戦闘員の俺には、素早い動きの触手を払うことは難しいからだ。


未だに窓には無数の触手がどんどん生み出されて、こっちを拘束しようと襲ってきていた。


「んー☆なんだろう。

見慣れた今となっては、CGを駆使した未確認生物の戦争映画のようにも見えるよね〜☆」


チャラさんに至っては、緊張感もなくなり、若干楽しがり始めていた。


「ねぇ....チャラ....、普段から、この鏡って光るの?....」


「いんやぁ〜?

ふっっツゥーの、でっかい鏡だよ☆

なんで光ってるか、わかんねぇ。

マジ、不思議すぎてウケんな☆」


「面白いかどうかは、わかんないけど。

鏡から、意思のある植物らしきものがでてるって、にわかには信じ難い現象だよね。

悠夜、そんな植物知ってる??」


意地の悪い笑みを浮かべながら天綺さんが聞いてくる。一応聞いてみたって感じだ。

そんなものがあるわけないのは、誰がみても明らかでしょう。


「いや、いや。

天綺さーん、流石に鏡の中から出てくるような不思議な植物なんて無いですよ。

こんなのは、呪いの類ですよ。」


ぶんぶんと、顔の前で手を振り、否定する。

動きまくる植物も不思議だが、鏡から這い出てくる時点で超常現象だ。


「じゃなじゃな!

変なウネウネには、現時点で助けられとるからあんまり否定しとうないが、見た目はまさに呪いっぽいのぉ。

なんだったかのぉ、.....あれじゃ!

貞子じゃ!

テレビが鏡に変わったもんじゃろう?ギャハハ!」


なるほど、確かに平面テレビから出てくる現象がホラー映画にもあったな。まじで呪いだな。


みんながみんな、触手を避けたり払ったりしながら普通に会話を続ける。

喧嘩慣れしているので、無駄のない動きで触手をいなしている。

本当にこのメンバーは、肝が据わっている。

滅多なことでは動じない。


俺もさっきまで腰を抜かしそうなくらいびびっていたが、今はもう動けるようになっていた。


しかし打開策も見つからないので、俺たちは、今できることをしていた。つまり、ひたすら、触手払いに専念していた。


『グ、ギャァァァッ!!!!』


その時一層、叫び声が大きくなったので、バケモノの方をバッと見ると、鏡から出てきている蔓におされ、ぐるぐる巻きに拘束され始めていた。


どうやら蔓が勝ったようだ。


そのまま見ていると、どんどん全体を覆っていき、完全にバケモンを閉じ込めようとしているみたいだ。

バケモノも細く粘液を伸ばして蔓の隙間から抜け出そうと抵抗を見せていたが、それさえも絡め取られて隙間が埋まっていく。


やがて、隙間なく蔓が巻きつき、大きなボール状のモニュメントが出来上がった。


「助かったんですかね??」


ボールの中からくぐもったバケモノの声がきこえてきてはいるが、完全に微動だにしない蔓の様子に、若干希望を見いだす。



だが、窓は相変わらず触手に阻まれ使えないし、ドアの前にでっかい塊がドンと鎮座しているので、部屋から出られない状況は変わらない。


またもや八方塞がりに陥った。

何度、途方に暮れればいいのか....。


すると、再び鏡が強く光った。

今度は、点滅しながら光っている。


『なんでとどまってるんだ?

早く逃げろ!

グズなのか!?こいつを拘束できるのも有限なんだぞ!』


「「か、か、鏡がっ、しゃべったー☆(しゃべったがぁー)!?」」


チャラさんと辰さんが、ムンクの叫びのようなリアクションをして驚愕した。


鮫島さんは、鏡を殺意を込めた目で睨んで、臨戦態勢になる。

警戒を強め、いつでも鏡を割る気満々だ。


そして、天綺さんは、目を見開き、静かに驚いている。


リッくんさんは、......うん。表情わかんない。

長い前髪の下で、驚き瞬いているのかもしれない。


俺はと言うと、「さっきの声は、鏡がしゃべってたのか。」と、一人静かに納得していた。俺は、ビビリだが順応性は高いのだ。


鮫島さんが警戒しながら、鏡に一喝する。


「おい!鏡!!

なに鏡のくせに、喋ってんだ!あぁん?

まぁ、そんなことは、この際どーでもいいっ!

俺たちをグズ呼ばわりだと!?

ふざけんなっ!お前の目は節穴か?

ドアも窓も塞がれてどうやって出るんだ!!

鏡かち割るぞ、こらぁ!!」


鮫島さんが、単なる無機物である鏡に本気で怒鳴った。


どうやら鏡がしゃべることは、鮫島さんにとって些細なことらしい。

グズ呼ばわりされた方が、気に障ったようだ。マジ次元が違う...。


ていうよりも、鏡と喧嘩をしようとする鮫島さんすげぇな。

俺なんて、鏡と会話をしようなんて、思いもしなかったぞ。

順応性が、天井知らずだ!


それに万が一、コレが呪われた鏡だとしたら、向かっていくのも、自殺行為になりそうだ。

それなのに、なんて男らしいんだ!


何も考えていない線も濃厚だが、それはそれ。

流石、鮫島さんである。



『は?....あぁ...、そうか。

忘れていた。人間は、蝕妖しょくように触れないし、蝕手しょくしゅを滅消することもできないんだったな....。

すまなかったな。』


んん??ショクヨウ?メッショウ??

不思議な単語が聞こえたが、ナンダソレ。


よくわかんないけど、謝られたからいいか。


『とりあえず、俺がお前たちをここから出してやろう。

だが、その前に今後のことを説明しとく。大事なことだから覚えろ。

いいか?一度しか言わない。よ〜く聞け。

今から蝕手に穴を開けるから、そこから外に出るんだ。

まだ、一人しか喰ってないみたいだから、蝕妖の力はまだ弱い。

遠くには追いかけてこられない筈だ。


こいつは、喰えば喰うだけ、移動距離も力も増える奴でな。

だから、なるべくここから離れろ。

お前たちが逃げ終わるまで、こいつを閉じ込めとくくらいなら出来るはずだ。


そして、明日以降、暗くなってからは、ここには絶対来るな。

蝕妖は、暗くなると祠、拠点から出てくる。喰われたくなければ大人しくしとけよ。

他の人間にも言っとけ。


あと、そこの赤髪。』


鏡が、なぜか俺個人に急に話しかけてきた。

何か悪い予感がする。

そしてその予感は的中していた。


『あー、お前は....。もう、手遅れだ。

マーキングされてるから、蝕妖の力が強まれば、真っ先に狙われる。』


「はぁ!?嘘だろう!?」


鏡がとんでもなことを言い出した。

ヘイトが俺に?

どんな死亡フラグがたってんだ!?


『本当だ。お前は、蝕妖の餌としては、極上の部類に入る。

もう、味見されてるから誤魔化せない。』


「ええ〜。そんな....。極上って...。

なんなんだよ、混じり物とかバケモンにも言われたし。俺、人間なんだけど。

わかんないけど、俺って美味しい餌なんだな....。」


ズーンと、項垂れてへこむ悠夜だったが、それはそれ。考えてもしょうがないと、前向きに軌道修正する。


「うん!しょうがないっ!味見されちゃったことは、変えられないし?

食べられなければいいんだ!うん。


なぁ、鏡。どのくらいクズ高から離れて暮らせば、追ってこないんだ?」


これからのことを考えるっきゃない!前向きに逃亡しようじゃないか。


『どのくらいかは俺にもわからない。

こいつが、人間を喰う頻度もわからないしな。

とりあえず赤髪。俺がお前に言えることは、鏡を持ち歩いとけってことだ。

俺が、暇だったら鏡を介して少しは助けてやれる。』


鏡を持っていれば、助けてくれるのか?

ならば、ダイソーで、なるべくデカい鏡を買わなくては!

だが、気まぐれ??ケチくさいなっ!


「暇だったらじゃなくて、確実に助けてくれよ!

鏡の.....、バケモノ?妖精...?鏡の精さん?」


『俺は、鏡のバケモノでも妖精でもないぞ。

鏡を媒体にしているだけで、別の場所に体があるんだ。

俺にもやらなけりゃならないもんがある。

今は上から命令されて、警護対象が居るんだ。

その1番が、襲われてる時はどうしても無理だ。

諦めろ。男なら、腹括れ。』


そんな殺生なっ!!


『とにかく、そろそろ時間切れだ。こっちも忙しい。

おい、お前ら。窓を破壊するから、ちょっと離れろ。』


新たに鏡から蔓が伸びる。

伸びてきた蔓は蔓同士重なると回転しだし、1本の極太な蔓になった。


まるで大木だ。


『よし。行け!蔓蛇!』という掛け声に応えた蔓は、窓に一直線にむかう。


ガッシャーン!!


という音と共に建物の横揺れが起きる。

衝撃が大きすぎたのだ。

思わず、片膝をついた。


揺れが収まり、三半規管を揺られながら窓を見やると、窓に大木様の蔓が突き刺さってる状態だった。


最終的に、物理的な対処ぉぉぉっ!?

さっき、メッショウとかなんとか言ってたよなっ!?


何か、不思議な力で触手を溶かしたりして脱出させてくれるのかと思っていた俺は、驚愕した。

ガラスごと、触手の壁をぶち抜くとは....。

鮫島さんみたいな脳筋技....想定外だ。


シュルシュルと、蔓が解けて鏡に戻ると、そこには人が一人通れる穴がちょうど空いていた。

それからまた別の細い蔓が伸びてきて、新たに生まれる触手をバシバシと払って、穴が再び塞がるのを阻止してくれる。


何はともあれ、やっと外の景色が見れた。

どうやら助かりそうだ。


順番に、穴から外に出ていき、最後に俺が出る。

当然のように、鮫島さんに引っ張り上げられた。


穴から出る時、鏡から声をかけられた。


『悠夜。鏡を必ず持ってろよ。』


何かが引っかかったが、指示通り全力で走って、クズ高から離れた。


走って逃げてる途中に違和感に気づいた。

最後なぜ名前を呼ばれたんだ?

今まで、赤髪と言われてたのに?


多少の疑問を残しつつ、いつものレトロ喫茶メアリー・ジョイにみんなで駆け込み、気ままパスタを平らげた。


結局、あの鏡の人物は、誰で、一体どんな力で植物を操っていたのだろう....。











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