第9話 混じりもの

“あ゛、あぁ゛っ....ががっ、あ゛あ゛.....”


白衣の男が、口を開け閉めし、声らしき音を出し始める。


うまく喋れないのか、それとも口から何かを出そうとしているのか...、わからないが何かをしようとしている。

全く、気を抜くことができない。

言いようのない不安に襲われ、ドッド、ドッドと心臓が早鐘をうつ。

身体全体に心臓があるようだ。

緊張で、握りしめた拳が、痺れてくる。


俺たちは、化け物の口からの、空気が漏れ出る音と絞り出すような唸りごえを、打開策も浮かばず、ただただ聴いていた。


しかし、やがて状況が変わる。


男が喉に手を当てると、たちまちその部分が緑色に染まり、ボコボコと隆起しだす。

それがおさまり、皮膚の色が徐々に肌色に戻ると、驚くべきことに、喋り出したのだ。


「あー、あ゛〜、あー、あ〜ぁ。

う゛ん、声が出ぇる。問題なさそぉうだぁ♡」


みんなの顔が、驚愕に染まる。

どうやら、声帯を作ったようだ。


「...嘘☆だ...。

なんで、バケモノが、

岡本ちんの声と身体でっ!

動いてるんだ!!」


「....チャラ....、もしかしたら元々岡本ちん自体が、バケモノだった可能性はない...?」


「ちげぇよ!岡本ちんは、人間だよっ!

リッくん、殴るぞ!」


リッくんさんとチャラさんの、こんな時にも喋れる胆力が凄い。

俺はと言うと、腰を抜かさないで済んでるだけ、マシな状態だった。


間延びする話し方が、得体の知れない生命体の薄気味悪さを増強している。

たちが悪い。


そして白衣の男は、人間らしい動作で首を傾げた。

その姿は、中身を知ってるだけに余計に恐怖を煽るものだった。


「んー♡このぉ姿の男はぁ、 岡本 ちん というのかぁ〜?

しばらく封印されてぇる間に、不思ぃ議な名前が流行ぁったもんだぁなぁ。」


「違う!!チンは、名前じゃねぇぇ!!

あだ名の一部だっ!!」


みんなの心は一つだった。


「ふぅむ、安心したぞぉ。

チンが名前だとぉしたらぁ、残念すぎぃるからぁな♡」


クスクスと仄暗い瞳で笑い、変なイントネーションでしゃべる目の前の男。

冗談を言うこともできる知能にゾッとする。


「俺ぇはぁ、人間の精神を喰べればぁ喰べるほどぉ、力が増すぅのぉだぁ♡ふふ。

だから、お前ぇ達もぉ後で順番に喰ぁべてやるぅ。愉しみだぁなぁ♡」


ジュルジュルとよだれ吸い、うっとりとした顔でこっちを見てきた。

やはり、喰べることが目的らしい。


岡本という人は、入院中らしいから、中身の精神だけを抜き取って喰べるバケモノらしい。


「あ゛、そ゛ぉそぉ。ちなみにぃ、この姿ぁはぁなぁ。

封印が解ぉけた時ぃ、ちょうどいいところに居た奴でぇ。全〜部喰ってやったぁ!

そのおかげでぇぇ、こぉの姿にな〜れたぁんだぁ♡

なんてったてぇ、人間にぃ擬態すぅるとぉ、他の人間をた〜くさぁん捕食しやすぅいんだぁ♡

油断〜しているとぉころを、カプッとなぁ。ぐへへぇぇ♡


さぁっきは、肉体が構築されぇる前に、えさが飛び込んできたぁからぁ、うっかぁり逃げられたぁんだ....

少ししか喰べぇれなぁくてなぁ...。

声ぇと身体ぁを真ぁ似すぅるほどぉの量を喰ぅえなかぁった....。


ざぁーんねぇん..,,,


でも、ここに俺ぇのお、餌ぁがぁ、ひとぉーつ、ふたぁーつ、...たぁくさぁん♡」


わかったぁ?というように、チャラさんの方を窺うように顔を向ける。

バケモノのくせに、やけにしゃべる。

聞いてないのに、説明もしてきた。

本当に知能が高いバケモノらしい。


「ところでぇ〜♡」


さらに、バケモノが喋り出す。

やけに野太い声で喋り出したが、ギュン!と顔を勢いよく俺に向けてきた。


今度の動作は、全く人間らしくないものだった。

角度・スピードが、人間には到底不可能で無理な動きだった。

ニタァと目が弧を描いて愉悦の表情になった男に、ひゅっと息を飲んだ。


「おまぁえ...。

そう赤髪のぉ、お前ぇだぁ♡」


「な、なんだよ。」


「おまぁえ...ちょっとぉ....いまぁまでぇの人間とちがぁう♡

味が、ちがぁう♡」


「やっぱり、不味かったのか!?

悪かったな!!」


いまだに、腰が抜けそうにガクブル中だが、なんとか言い返す。


「違う、ちがぁう。逆だぁ。

美味ぁすぎぃるんだぁ♡

お前ぇ、多ぁ分人間じゃぁなぁい。

混じってるぅ。

俺ぇたちゃぁの嫌いなアイツらと、似ぃているぅ。」


嫌いなアイツら??

なんのことを言ってる??

混じってる?しかも、人間じゃないだって??


「ふふふ♡

何もぉ、知ぃらなぁかったようだぁなぁ??

そぉの、戸ぉ惑い顔もぉ美味しそぉだぁお♡」


ジュルジュルと唾液を吸う音がし、にょろりと緑の舌が除く。


「おまぁぇ、喰べる。

俺ぇ、ものすごぉぉく強くなれぇる♡

でもぉ、すぐに喰べるのぉ、もぉったいなぁい。

味ぃわぁう♡」


言うが早いか、しゅんっと、化け物の手が俺を捕らえようと勢いよく伸びてきた。


「うわぁっ!!」

「悠夜っ!」


鮫島さんが、俺を助けようと手を伸ばすが、バケモノの方が早かった。


あっという間に、右半身だけ緑のドロドロに変化した化け物に引き寄せられた。


「わぁぁ!離せっ!!

ズブズブしてて、抵抗出来ないっ!!

助けてっ、鮫島さぁぁぁんっ!」


呼吸を確保するため、必死に顔を、バケモノの体外へと出し、助けを求める。


待ってろ!と戸惑うことなく、鮫島さんが左半身の人間部分に突進する。

ドンと、ぶつかると少しだけ俺の体が外に出た。


しかし、まだ完全には抜け出せなかった。


鮫島さんは、すぐに俺の周りを覆ってる粘液を取ろうと掻き出す動きをした。

しかし、ネトネトする感触がわかるにも関わらず、まったく粘液に触れられない不思議な現象に陥る。

空気を切るような感触であった。


どうやら、人に擬態してる場所だけは触ることができ、緑のネバついた場所はこっちから触れることができないようだ。


それなのに、バケモノ側からなら、緑のドロドロで人間を掴むことができるなんて、悪夢のようである。


そこで、鮫島さんは、俺を掴んで引っ張り出す方法に変えた。

辰さん達も駆け寄り、俺を引っ張ろうとしてくれる。


そのおかげで身体がさらに半分ほど出た。

これでバケモノに喰べられないで済むかもしれないと一瞬期待をしたが、それもすぐに絶望に変わる。


窓からでる触手が、ブワッと部屋中に広がり、辰さん達を捕らえたのだ。


おぉぉぉっ!?と、叫びながら窓に磔にされる辰さん達。

辰さんたちの手から離れてしまった俺は、再び、ゆっくりズブズブと侵食され始めた。


バケモノは、上機嫌で俺を喰べながら、磔にされた辰さんたちを見た。


「ふはっ♡ちょぉっとだぁけ、そこで待ぁってろぉ。

順番にぃ喰べてやぁるぅ。


ふふふふ。美味いなぁ、美味いなぁ♡

んん??

むぅ....、ひとぉり足りなぁい?」


どこだ?と、バケモノがギョロギョロ周りを見渡す。

それもそのはず、磔にされたのは、辰さんと天綺さんとリッくんさんとチャラさんだけだった。

鮫島さんがいない。


すると、いきなり、バケモノがぐへぇっと叫ぶと、前に傾いた。


それと同時にベシャっと、俺の体が外に投げ出される。


何が起きたかというと、鮫島さんがバケモノの死角から人間部分を攻撃したのだ。

渾身のドロップキックがバケモノにヒットした。


どうやら鮫島さんだけは、触手から逃れていたようだ。

さすが、鮫島さん!!

霊長類最(凶)強ゴリラっ!


「悠夜っ!!大丈夫かっ!?」


コクコクと頷き、ズリズリと距離を取った。

しかし、距離を取ることには、何の意味もない。

後ろも前も八方塞がりである。


「む゛む゛......、おまぁえ。すばしっこい奴だなぁ。

ムカぁつくぞぉ。俺の餌ぁの分際ぃのクセェに...。思ぉい知れぇっ!」


左側だけ人間になってる顔が憤怒の表情に染まる。

鮫島さんに、窓の緑の触手が大量に襲いかかった。


うわっと、声をだした鮫島さんは、ひょいひょいと避けながら、触手をいなす。


しかし、徐々に追い詰められてきたのか額に汗が滲み出した。



ーーそしてついに、捕まった。



窓にみんなが楔つけられてしまった。

目と鼻を残して全てが埋まっている。

しかし、全員眼は死んでいない。

ここから抜け出してやるという気概が、ひしひしと感じられ、全く諦めていない。


「ふ〜♡

ようやくだぁなぁ♡

待たぁせたなぁぁ、赤髪のぉ混じぃりもの...。ぐきゃぐきゃぐきゃ♡

いただきぃまぁ〜す♡」


ガバァっと緑の体が大きく開いて、向かってくる。

上から俺を覆うように緑の帷が降りてきた。


恐怖からなのか、全ての動きがスローモーションのように流れる。


あぁ、もうダメだ....。

喰べられる.....。

みんな、ごめん。何も抵抗できなかった。

一足先に、廃人になるよ.....。


俺が、完全に諦め、目を閉じた瞬間。


ここにはいない謎の人物の声が、教室に響いた。


    『カタバミ!!』




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る