第8話 バケモノ襲来。

そして、こんな鮫島さんツアーが終わり、本日のメインイベントがやってきた!

ようやく一階の曰く付きの倉庫に向かうことになった。


みんなでゾロゾロと1階の廊下を歩いていると、進行方向のほうから、何故か騒がしい声が聞こえてきた。


「んん??なんか、せせろーしゅうないか(騒がしくないか)??」


「そうだね。俺達と同じように、倉庫を見に来た集団がいるようだね。」


「みんな、暇なんだなぁ☆」


「....チャラが言うことではないよね....。」


そうこう言ってるうちに、向こうから4、5人の人影が走ってくるのが見えた。

段々と近づいてくると、その様子がはっきりとしてくる。


その様子が少し変だった。


「...あれは、堂島か?」


目を細めて、走ってくる人物をとらえた鮫島さんが、ボソリと呟いた。


どうやら鮫島さんの知り合いのようだ。


「おーいっ!!

どーじまぁ!!何があったっ!?」


必死の形相で走り込んできた堂島と呼ばれた人は、鮫島さん達の前までくると、少しだけ速度を緩めた。


その人は、何かに追われているかのように、チラチラと後方を忙しなく警戒している。

その腕の中には、なぜか仲間らしき男を、お姫様抱っこで抱えていた。

抱えられてる男は、ベチャベチャした緑の粘液が全身にこびりついていて意識がないようだ。


この緑の液体は、なんだ??


「鮫島!!

お前らも、逃げろっ!

ベチャベチャしたバケモンが来るぞ!

とにかく、ヤッベェ奴だ!

コイツが喰われそうになって!全員で引っ張って取り返したが、殴ることも触ることもできねぇ!!とにかくヤッベェ!!

逃げるしかねぇぞっ!!

一応伝えたからな!俺たちは、逃げる!

じゃあなっ!!」


鼻の穴や毛穴など穴という穴を開き、瞳孔も限界まで開ききっている。

唾を飛ばしながら一息でまくしたてると、危険を伝え終えて用が済んだとばかりに、振り返りもせずにバタバタとあっという間に走り去っていった。


残った俺達は、ぽかんっとその場で黙って彼らを見送った。

言葉としては理解はできたが、化け物のくだり云々が想像ができず、何が起きているのかがさっぱり理解ができない。

数秒だが処理落ちをした。


「どうするけぇ?辞めとくか?」

「逃げる☆?」

「その方がいいんじゃないか?

堂島でさえ、あの慌てようだ。よっぽどだろう。」

「....賛成....。」


どうやら、危ない橋は渡らないことにしたようだ。ちょっと、残念だが仕方ない。

確かに、あの人たち、異常な怯え方だった。一般男子を軽々と持ち上げて走れるほどの猛者が、怯えるなんてよっぽどなんだろう。


「あー、じゃあ、戻るかぁ....。

帰るぞ。悠夜も、せっかく来たのに悪ぃな。

ここから出るぞ。」


鮫島さんは、ガシガシと頭をかきながら撤退を決めた。

否はないので、頷く。

引き返そうと身体を反転させた。


が、その時、音が微かに聞こえた。


ぴちょーん、ぴちょーん.....。べちゃ....。


なんだ?水漏れ?

それに、なんだか音が近づいてきている?


みんなにも聴こえたようで、ぴたりと動きを止めて、顔を見交わす。


「なんか聞こえるな....。」

「やっぱり何かいそうだね。」


水が落ちる音にしては、大きく、耳に響く。

ずっと聞いていると、なぜか背筋が寒くなり、不安にかられる。


本能で、逃げなくてはいけないと全員が思った。


「逃げるぞっ!」と、鮫島さんが叫ぶ。


全員が走り出そうと一歩踏み出した.....その瞬間。


「うおっ!!」

鮫島さんが驚きの声を漏らし、ツンのめった。

その声に反応し、全員足を止めた。


見ると、鮫島さんが誰かに肩を掴まれていた。


俺たちの他に誰かがいた。


「誰だっ!」


鮫島さんは、ガッと腕を振り上げ、掴まれた肩を無理やり外す。

そのまま、トンッと後ろに下がり、掴んできた奴から距離をとった。


すらっとした人影は見えるが、顔の表情はよく見えない。

どこから現れたのだろうか?

初めからそこにいたかのように音もなく現れた。


その時ちょうど雲に覆われていた月が切れ目から顔を出し、天井近くの明かり窓から、光がさし、校舎内が表情が見えるほどに明るくなる。


そのおかげで、いきなり現れた人物の全体が浮きぼりになった。


そこには、紺のジャージに白衣を羽織った若い男がいた。


足もあるし、顔もいたって普通....幽霊とかでもなさそうだ。


するとチャラさんが、白衣の男を見て、声をあげる。

「あれ☆?岡本ちん??」


どうやら、クズ高の先生らしい。


「なんで、ここに?

入院してるって聞いたよ☆良くなったの??

良くなって直ぐ、見回り当番?

クズ高、まじ鬼畜じゃない☆?」


チャラさんが、話しかけながら近づいていく。

そして、もうすぐ手が届く距離まで近づいた時、ニヤっと白衣の男が不敵に笑った。


「待てっ!チャラ!!」


咄嗟に鮫島さんが、チャラさんの腕を掴んで後方へ飛ばした。


「へっ?」と、間抜けな声を出しながら、チャラさんは後ろへ吹っ飛ばされた。

しかし、華麗に宙返りし、ピョンっと着地まで成功させる。


しかし、流石チャラさんだと、感心する暇はなかった。

すぐさま警戒せざるを得なかった。

見ると、さっきまでチャラさんがいたところには、何かが蠢いていたのだ。


「な、なに??」


視線で辿ると、白衣の男の腹から緑色の何かが、出ていた。

ベチャベチャした蛇のような動きをするものが1本ニョロリと出ていて、先端には大きく開いた口のようなものが見えている。

どうやら、チャラさんを捕食しようとしたらしい。


これは、確かにヤッベェ奴だ!!

人間じゃねぇ!バケモノだ!


再び「逃げろっ!」と、鮫島さんが叫び、一斉に全員で走り出した。

今時の不良は、血気盛んに飛び込まない。

得体の知れないものには、近づくにあらず。


「ありゃ、なんじゃぁ!?化学のセンコー、おかしゅうなったんか!?」

「わからんっ!とにかく走れ!

悠夜っ!!もっと早く!全力で走れっ!」


このメンバーで一番足が遅いのは、俺だ。

鮫島さんが殿をつとめてくれて、後ろから背中を押してくれている。

そのおかげで、なんとかみんなと離れずに走っていられた。


だが、走っても走っても、音がずっと聴こえてる。

ぴちょーん、ぴちょーんという、水滴が水面に落ちる時のような音だ。

決して心が落ち着くような音ではない。脳に直接刺さるような不快な音だ。

しかも全く音が遠ざからない。すぐ耳横から聞こえていると言われても納得せざるを得ないほど、ぐわんぐわん聞こえる。


この音と、先ほどの男は関係があるのだろうか?


後ろから先程の男が追いかけてきている気配はない。俺たち以外の足音がしない。

だが、確実に近くに居ると感覚でわかる。


悠夜はちらっと後ろを振り返ったが、白衣の男は見受けられなかった。


しかし、音は依然として聴こえてる。


どういうことだ?さっきの男はどこだ?


眼球を素早く動かし、周りを一通り確認する。

すると、視線を床に向けた時、鮫島さんのすぐ後ろの床が緑色に波立っているのに気づいた。

走っても走っても、ぴたりとくっついてきているようだ。


なんだこれ!?


「さ、鮫島さんっ!すぐ後ろの床にぃぃぃっ!!」


俺が叫ぶと鮫島さんも、緑の床を見つけた。


「はぁぁ!?くそっ!!なんだコレ!?

さっきのバケモノか?!」


どうやら、地面を移動できる化け物みたいだ。

ぴたりと、つかず離れずでついてきている。


これ以上早く動けないのか、それとも、こっちが疲れるまで様子を見ているのか...。

ひたすら不気味で恐ろしい。

ドクドクと、自分の心臓の音が耳元で聞こえるほど、神経が張り詰めて口が乾く。


すると、何かを思いついた鮫島さんが、ポケットからライターを取り出し、タバコに火をつけた。

何をするのか横目で窺いながら走っていると、鮫島さんが思いっきりフィルターに吸いついた。

すると、あら不思議。

尋常じゃない速さで勢いよく先端から口元に向かって、赤く燃え広がるタバコ。

オリハルコン級の肺活量を持った鮫島さんが本気で息を吸った為、タバコの半分以上が、一気に赤く輝く灰に早変わり。


そしてその灰が鎮火する前に、ポイッとタバコを緑の水たまりに投げ落とした。


じゅっ!!


タバコが、水面に触れると、音をたてて白煙が上がった。


『グギャギャグギャァァァっ!!』


熱さに弱かったようで、水たまりから緑の粘っぽい化け物が、強くつんざくような音を上げながら、床から迫り上がってきた。

そしてその場で、大きな塊になって苦しみ出す。


「今のうちに、外へ出ろっ!」


鮫島さんの指示通りに、辰さんが近くにあった教室のドアを蹴破り、中に入る。

(廊下の窓は、天井付近にある横長の窓だけなので外に出るには適さないのだ。普通の作りにすると、窓ガラスが割れすぎて修理費用が嵩張るための構造らしい。)


中になだれ込むと、壁一面に大きな鏡があったので、ダンス部の部室だとわかる。


「あー!辰っさん!

よりによって、俺の部室のドア壊すことないじゃんかぁぁ☆!!」

「せせろーしいっ(うるせぇ)!

そんな文句言いよんなっ!そばにあったのがここだっただけじゃぁ!!窓をはよ開けぇ!」


バッと暗幕カーテンを開け、窓の鍵を開けようと手を伸ばそうとしたが、寸前で止まる。


「っ!!」


窓が、ないっ!


否、正確には、窓はある。

しかし、窓としての機能が死んでいたのだ。


校庭の景色が見えるはずの透明な窓が、緑の粘液に覆われていた。


「うわぁっ☆!」


すぐさま、手を引っ込めるチャラさん。


「ちっ、窓が使えない!

鮫島!バック!戻れっ!」


それを認めた天綺さんが振り返り、ドア付近にいた鮫島さんに向かって怒鳴った。


「無理だっ!!」


鮫島さんは、ドアに注視ながら、部屋に後退しながら入ってきた。


見ると、さっき火種が当たり苦しんでいたバケモノが、既に復活してドアを塞いでいた。

しかも、大きさが半端なくデカくなっている。


「閉じ込められちゃいましたね....。」


ひしひしと危機が迫り来る様に、俺の体が勝手に強張る。


目の前には、天井に届きそうなほどの高さ、横は3メートルくらいありそうな巨大な化け物が、存在感を限界突破させたように鎮座している。

そいつの表面には口みたいな穴が無数にあり、次から次へとボコボコと消えては新しく口が生まれるのを繰り返している。

大きさも自由に変えられるみたいで大きくなったり、小さくなったりしていて、形が定まってない。

常に全身が蠢いて、悍ましい。


先程から聞こえていた音もコイツから絶えず聞こえてくる。

ぴちょーん、ぴちょーんと脳に響く。

中は空洞になっているのか?


対して、後ろは、窓全体を緑の粘液が覆っていて、そこから細い触手みたいなもんがたくさん生えてきていた。辰さん達を捕捉しようと動き回っている。


後ろの触手のほうは触れられるようで、辰さん達は、一つ一つ確実に手と脚で、パシン、パシンっと薙ぎ払っていた。


まさに、前門の虎、後門の狼。

どこにも逃げ場がない。



「悠夜っ!」



鮫島さんから檄が飛んできて、ハッとする。

見ると俺の足下にバケモノから伸びる緑の波が迫ってきていた。


「うわぁぁぁっ!!」と、飛び退るが、時すでに遅く、足先にまとわりつかれてしまった。


そのまま、口が開いて喰べられることを覚悟したが......、

何故かバケモノの動きが止まる。

しかも、シュルシュルと、緑の波が本体に戻っていく。


「な、なんで??」と、ボソッと呟く。


食べないの?なんで?

もしかして、俺、不味いのか!?

バケモノのくせに、偏食なのか!?

バケモノのくせに、失礼な奴だな!!


俺の脳内は、明後日の方向に憤っていたが、それも長くは続かなかった。


緑の水たまりが本体に完全に戻った瞬間、バケモノの身体が、ブルブルと大きく波立ち、様子が明らかにおかしくなったのだ。

何かが起きそうで、恐怖でしかない。


そして次の瞬間、ドバッと急激に大きく膨らんだ!


「ふぎゃぁー!!何なんだぁぁー!?気持ち悪ーぅ!!

原型を止めておけないほど、不味かったのかー!!」


俺達は、何が起きてるのか分からず、足に力を入れて警戒する。

この勢いで、こっちまで伸びてきたら、万事休すだ。


膨らんだバケモノは、体の一部を上や横に伸ばしたり縮めたり、激しく動きまくる。ウニのような鋭い槍が、ズバンズバンっと出続けていた。

あまりの俊敏な動きに、串刺しの危機を感じ、冷や汗が垂れた。


しばらくすると、動きがゆっくりになり、先ほどの緑の塊になった。

どうやら、落ち着いたようだ。

予断は許さないが、ほっと小さく息をはく。

串刺しになる運命は、回避されたようだ。


その後も、バケモノの体は刻々と変化を続ける。

俺たちは、後方の触手をかわしながら、その変化をじっと観察していた。


すると、段々と体の色が変化しだした。

緑の色が変化し、色が抜けていく。大きさも小さくなっていく。


やがて、完全に動きが止まると....、

白衣の男があらわれた。











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