第6話 肝試しに学校へ

「なぁ。そういえば、知っとるか?」


「辰。何がだ?」


「うちの学校の化学のセンコーじゃったかぁ...。

廃人になっとるらしい。」


「あー、知ってる、知ってる☆

化学の岡本ちんでしょ!なんか、目が虚で動かないらしいよね。

今、入院してるってね。」


「そうらしいのぉ。

こないだ、階段下の掃除倉庫でぐったりしとるところを、見つかったようじゃけぇ。

それでな、何があったか気になった馬鹿な奴らが、夜中にその倉庫に行ったらしいんじゃぁ...。するとな。」


辰が、一層声を落として、真剣な顔で語り出した。


「なに?なに?何かあったの☆?」


「それがのぉ...。

なにもなかったって言う奴らもいたんじゃが、大半が空気が重くてきみが悪かったと言いよったんじゃぁ....。


なんだか寒気もしてくるらしい。

水の音が、聞こえたって奴もいてのぉ。

ぴちょーん、ぴちょーんと、廊下に響くらしいんじゃ...。

じゃけぇ、倉庫には、呪われた何かがあるんじゃないかと言われ始めとるんじゃ〜...。


どうだ、怖いじゃろぉ?」


辰さんの低い静かな声で語られる怪談話に、ごくりと、喉が鳴って唾を嚥下した。

たいして怖くなかったが、雰囲気に流された。


声を落として臨場感たっぷりに話していた辰さんだったが、ポンと手を叩くと雰囲気を一変させる。

ギランと大きく瞳孔を広げ、


「そ・こ・で・なっ!

今、うちの学校で夜中の倉庫巡りが流行ってるんじゃー!

気にならんかっ!?」と、意気揚々と迫ってきた。


テンションが、まるで小学生の鼻垂れ小僧のようである。

楽しいことには、全力で取り掛かる辰さんらしい。


「気になるぅ☆気になるぅ☆」

「....どっちでもいい....。」


ノリノリなのは、チャラさん。

ボソボソとめんどくさそうにしてるのが、リッくんさんだ。

天綺さんは、鮫島さんが興味があるならついていくっていう顔をしている。

俺はというと、肝試しみたいでちょっとウキウキした。クズ高の内部にも興味がある!


俺も、鮫島さんの意見を聞こうと、期待を隠すことなく顔を向けた。


鮫島さんは、そんな視線を受け止めると、


「ははっ!

天綺と律以外は、かなり行きたそうだな?

別に俺は、行ってもいいぞ。

なんなら今から行くか??」と承諾してくれた。


鮫島さんは、周りを見渡し、ニヤッと笑う。


よしっと、ガッツポーズを決める辰さんとチャラさんと俺。

リッくんさんたちは、仕方ないなぁって感じだ。


「俺、一回九重高に行ってみたかったんですっ!」


俺が満面の笑みで言うと、みんなが眉間に皺を寄せ、『えー...。』と言う顔をした。


「ボロいぞ。」「....汚いよ...。」「何もなーいよ☆」


うん、うんとみんなが微妙な顔で頷くが、俺は行きたい!


「いいんです!

きっと青春が詰まったような校舎だと思うんですよ!

ワクワクしますっ!」


きっと、ぼろぼろに砕けた壁とかあると違いない!

クズ高生は、ナックルをつけた拳でコンクリートを平然と崩すに違いない!

きっと窓も割れてたりするに違いない!


俺の期待がどんどん膨らむ。


そんな俺のテンションに、乗っかってくれたのは、辰さんだけだ。

やはり兄貴、わかってくれる男だ。


「ギャハハ。じゃな、じゃな!

わしたちの神聖なるテリトリーを、悠夜に見しちゃろう!


まずは、俺の席じゃ。これは、外せん。

一番、ありがた〜い場所じゃけん。」


辰さんが、胸を張って自慢するが、すかさず、鮫島信者のリッくんさんに、容赦ない一言をボソリと言われる。


っさんのなんて...ただの汚い机だよ....。

鮫島さんの机の方が、何倍も価値がある...。

悠夜、まず鮫島さんに関する名所巡りをしよう...。案内するよ...。」


えーっ!!

汚いとか言っちゃう??

でも、鮫島さんの名所も気になるっ!


「おんどりゃぁー!!

誰にもの言いよんなっ!

しごうちゃるでぇっ!!」


ほらぁ、辰さんがぶち怒ってるジャーン!

言わんこっちゃない...。


辰さんが、トォっと跳び付き、リッくんさんの首に腕を回す。

両腕に力を入れて首を固め技をかけた。


リッくんさんの長身が、ぐんっと後ろに引っ張られ反り返り、海老ぞり状態である。

身長差でかなりの負荷がかかって、つらそうだ。


案の定、グェェと、口からよだれを垂れ流し始めた。だいぶ苦しそうだ。


このメンバーだと、ふざけ合うのにも体を張ることがままある。

しかも辰さんは、よくキレるし、物言いも怖くて、めちゃくちゃビビる。

だけど、大概、顔を見るとニヤついてる。

じゃれあってるだけなのだ。


とりあえず、そんな時は誰かが止めてやらなければならない。

今回は俺が食い気味に割入って、辰さんにスリーパーホールドを解いてもらう。


「辰さん!俺、楽しみですっ。

辰さんが勉強している机、めっちゃみて見たいですっ!」


全く、机には興味ないけど。

リッくんさんの意識、そろそろオチちゃいそうだし。

離してー!


「じゃな、じゃな!

悠夜は、わかっとるじゃけぇ。

鮫島なんかよりも、わしの机の方が何倍も価値があるがぁー!!ギャハハ!」


ご機嫌にパッと腕を外す辰さんに、背中をバシバシと叩かれた。

うん、力が強い。背中に手形がついてそうだ。


「辰!悠夜の骨が折れる!

ほどほどにしろ!」


「鮫島は、過保護じゃのぉ!わかっとるがぁ!ギャハハ。」


鮫島さんが注意してくれて、力が少し弱まった。

助かった、鮫島さんありがとう!



「悠夜。」


話の区切りがついたころ、今まで黙って静観していた天綺さんが近づいてきた。


「あっ、天綺さん。お疲れ様です。」


「うん。お疲れ。本持ってきてくれた??」


「持ってきましたよー。これですよね。」


LINEで約束した植物の本である。


「ありがとう。」


パラパラと本を流し見た天綺さんは、やっぱりとつぶやいた。


「何がですか?」


何か、変なところあったかな?


「うん?これ、出版元がないから自費出版じゃないかな。結構色々な本読んでるけど、この手の内容は、見たことがない。

これ、亡くなったお父さんの遺品なんだよね?」


「そうです。まぁ、お父さんって言っていいのか...。遺伝子的に父ってだけですが。

こんな感じの本が、何冊かあるんですよ。」


遺品なんて大層なもんじゃない。

家の本棚の一角に適当に放り込んである。

しかも、全部が植物系の本。


俺の親父は、植物が好きだったのかと、美和子さんに聞いたことがあるが、『知らな〜い♡ただ、生まれた子に読んであげて欲しいって言ってたのよ〜♡』と説明された。


普通は、赤ん坊に読み聞かせるためなら童話じゃないのか?俺の親父って、変なやつだなぁ。と、そん時に思ったものだ。


ちなみに、その本の知識は、おばあちゃんの知恵袋的なものから、軍事用の危険なものまで揃ってる。


先日は、その本の知識を使って、服についた血痕をその場にあった雑草で落とした。

当たり前のように、ブチブチっと数種類の草を抜き、指ですりつぶして服に塗り込み、ソーダをかけて、水で流しただけだが、綺麗に落ちた。


それで、他にも植物の便利な使い方をレクチャーしたところ、興味を持たれてたってわけ。


出版社や題名、著者など聞かれたが、覚えてないので後日貸し出すことにしたのだ。


小さい頃から母親に読まされていた本だから、出版元とか気になったことがなかったし。

でも、結局作者も出版元も書いてなかったんだが...


『ゆうちゃん。

この本はね、ゆうちゃんのお父さんの本なの。

この本は、お父さんがゆうちゃんにって言ってたのよぉ♡

見てみて、絵が綺麗でしょ?毎日、読み聞かせしてあげるわねぇ。』と、ようやく言葉の意味がわかってきた3歳児に平然とのたまう美和子さん。


本当に変わってる母親だ。


文字も読めない幼児に植物関連の本を寝物語に聞かせるってのは、うちの母美和子さんくらいじゃなかろうか?


まぁ、そのおかげでもうこの本の内容は、諳んじることができる。


まぁ、内容は珍しいものばかりで、世の中に知られていないものが大概だ。


自生地が世界各国に分かれていて、新鮮な状態で、かつ、ある条件下で混ぜると爆発するものだったり、発火するものも書いてある。

しかし、これが事実なのかは、確かめようがない。

なぜなら、容易に再現できないからだ。

その場に、持っていけば出来るだろうが、何せ、どでかい木も材料なため、切りたて新鮮状態なんて絶対無理である。

しかも、温度管理も必要なもんだから一緒に育てることもできないときたもんだ。


なのに、書籍として残ってるってことは、昔の金持ちが道楽で研究したってことか、もしくは、ガセねただろう。

だが、ちょっとした裏技は、書籍通りなので、本当のことなのかもしれない。


それでも、現代の化学力なら、火薬を使えば簡単に出来ることだから、今はもう試すことなんて、万に一つもないだろう。


そうこう話しているうちに、クズ高についた。

夜なのに、校門が普通に空いてることに驚く。


「ザルのようなセキュリティですね...」


「ザル?まだザルの方が、マシじゃろ?

網目があるけぇっ!ギャハハ!」


「....むしろセキュリティ、空気だよ....。」


どうやら、セ○ム、アル○ックのような警備会社は入っていないようだ。

たしかに、こんなに侵入しやすければ、警備会社が連日出動して大変だ。


校門をくぐり、校庭に入る。

その先に、昇降口があるのが見える。

意外と、校庭は雑多な感じもなく普通だった。


ただ、奥の方に目をやると、何かと目があった。

ジーッと目を凝らしていると、鮫島さんから声をかけられた。


「悠夜?何見てんだ?」


「あ、アレ。なんですかね?

目が合うんですけど?」


「何☆何☆

いきなりお化けでも出た??」


俺が、気になるものに指を向けると、全員が『あぁ...。』と呟いた。


「ギャハハ。アレはのぉ、昔居たクズ高生の誰かが、がめてきた猫じゃ。」


「えっ、猫?」


「そう。猫だよ。

頭にツタンカーメンの帽子を被った猫。

エプロンつけて招き猫ポーズしてるんだ。」


「ツタンカーメン?エプロン??」


「昔あったカレー屋さんの前にあった置物らしいんだ。

誰か、酔っ払って持ってきちゃったんだろうね。」


「ラリってたの間違いじゃない?

酔っ払いには、絶った〜いムリムリ☆

あれ、スッゲー重いんだよ☆

おんぶで運ぶのも、大変だしね!」


他にも、校庭の隠れた場所に水着のお姉さんのパネルがあったり、理髪店のクルクル回る看板があったりするらしい。


どうやら、テンションが上がると歴代のクズ高生は、自分の大きさ程のどうしようもないものを盗む癖があるみたいだ。


ヤベェ、面白い♪と、ニマニマする俺。


校舎に近づいていくと、外壁の汚れが気になった。


スプレーで落書きは、想定通りあった。

やはり、ヤンキーにはグラフィティが似合う。


所々、黒ずんだシミがあるが、血痕だろうか?

期待を裏切らない景観に、心が躍る。


しかし、壁に穴はない。

もっと、漫画みたいにボコボコな壁かと思ってたのに、残念だ...。


「おい。悠夜!こっちだ。」


繁々と、校舎の壁に見入っていた俺は、鮫島さんに呼ばれ意識を戻した。


「えっ、入り口ここじゃ?」


昇降口を指差し、確認する。


「そこは鍵がかかってるぞ?

当たり前だ。流石に、そこから入るクズ高生はいない!こっちだ。」


みんなも当然わかってるようで、スタスタと迷いなく歩く。

鮫島さん達は、校舎をぐるっと回り込み、ある場所で止まった。


「よし。チャラ頼む。行け!」


「はーい☆任せってくださーい。」


と、いうが早いか助走をつけて走り出した。


慣れた様子で、後方の木にジャンプして蹴り上がると、横に建っていた小屋の屋根の出っ張りに飛びついた。

指にぐっと力を入れて、上体を持ち上げると、屋根に軽々とよじ登っていった。

まるで曲芸師だ。


「じゃぁ、そこで待ってて。鍵開けるから〜☆」


チャラさんが、小屋の屋根から校舎の窓に手をかけると、普通に開いた。


「アソコは、美術室じゃけぇ。

油絵とかシンナーとか、匂いが強いもんが置いてあるけぇの。

じゃけぇ、いつも、少し窓を開けて換気しとるんじゃ。」


なるほど、外からぱっと見は閉まってるが、数センチほど空いているらしい。

換気扇を設置すればいいんじゃないか?と思っていたら、天綺さんから「金がないから換気扇つけれない。」と言われた。


心の声を読んだのか!?天綺さん、スゲェなっ!!


「...いつもは、アソコからみんな入る...。

今日は、特別だよ...。悠夜がいるから...。」


リッくんさんが、ボソボソと教えてくれた。

たしかに、俺には木を蹴り上げて登ることは不可能だ。ありがたい。


ガチャ


「はーい☆開いたよ〜。」


しばらくして、一階の窓から、チャラさんが顔を出す。


「おぉ。ご苦労さ〜ん!」


みんなが、窓枠に足をかけ、スルスルと校舎に入っていく。


「ん。」


鮫島さんが、手を出してくれたので、手を重ね引っ張ってもらった。

ぐっと、力強く引き寄せられ、難なく校舎の中に入ることができた。


鮫島さん達から見る俺は、筋肉がない軟弱野郎に見えているらしい。

毎日喧嘩に明け暮れてる人から見たら、その通りだから、素直に甘える。


「鮫島さん、ありがとうございます。

あっ!靴!」


慌てて靴を脱ごうとしたら、辰さんに止められた。


「ギャハハ。ええよ、ええよ!

靴箱はあるが、上履きなんぞ持っとる奴おらんけぇ。土足が通常運転じゃあ。」


「...靴は履いといた方がいい....。」


「割れたガラスとか、カッターの芯とか落ちてるから、履いておくのが最善だよ。」


なるほど、クズ高はアメリカンスタイルなのか!?

グローバル!


ーーカエルの子は、カエル。

変人の子は変人だ。

美和子の子は、感性がずれている。これ、自明の理。ーー


「悠夜ぁ☆何考えてる??

目キラッキラっしてるぞぉー?」


「えっ?グローバル??」


キョトンと、答えた俺に、ぶはっ!!とみんなが噴き出す。


「くくっ、相変わらず斜め上の感覚だな!」


鮫島さんに、ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜられた。


いよいよ、校舎内の探検だ!























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