第3話 鮫島さん

俺の住んでいる街には、有名な高校が2つ存在している。


一つは、俺が通ってる有名進学校で『私立 聖徳光高校』。

偏差値は軽く70越えで、有名大学の医学部・法学部に毎年多くの卒業生が排出される。

県外からも、多くの生徒が通ってくるくらいのエリート高校だ。


だから、通ってる生徒も真面目な奴がほとんどで、勉強が一番大事ってやつの割合が多い。総じて、地味な根暗野郎や、身だしなみも気にしない垢抜けない学生がほとんどだ。

まぁごく少数ではあるが、イケメンだったり、運動神経が良かったりして、勝ち組と言われる男もいるにはいる。


そして、俺はというと、そのどちらにも属さない普通の中間層男子だ。(髪の毛は、常軌を逸しているが、それを抜けば中間層に属している。)


そんな進学校に、前述の通り、真っ赤な頭で通ってる俺は、校内で浮きに浮きまくっている存在なんだが、もう慣れっこだ。


次にもう一つの有名高校を紹介しよう。


それは、『公立 九重ここのえ高校』だ。通称クズ高。

喧嘩は日常茶飯事。タバコ、酒もやる。

薬は、やってるかどうか知らない。

あっ、でも歯がない人が結構いるから、シンナーは吸ってそうだな。

他にも、入れ墨、ピアスは当たり前な容姿で、見た目がとにかく怖い。

『近づくな10m』という標語がうちの高校でできるほどだ。


そのクズ校に鮫島さんは通っている。


俺も標語通り、以前は近づかずに、空気の様にクズ高生徒とはすれ違っていたんだが、運命の悪戯によって、線が交わってしまったわけで....。


そのきっかけは、和葉だった。


和葉は、家が隣だったので、幼稚園から中学校まで一緒のいわゆる幼馴染にあたる。

高校こそ違うとこに進むことになったが、通学路が被ってるため、朝はよく一緒に登校していた。


その日も、一緒に登校していたんだが....、事件が起こった。


なんと、和葉がクズ高の生徒から告白されたのだ。


気まずいのなんのっ!

クズ高生と10m以内に接近しちゃって、心中ビビりまくってるし、知り合いが告白されるところに居合わせちゃって、どこ見たらいいのかわかんないし。

気まずい、気まずい。


まぁ、和葉も見た目だけは美少女だから(中身は、ただの心配性のオカン属性だけどなっ)、昔から告白をよくされてるのは知ってたが、真横でされるのは初めてのことで。

聞きたくないが、聞くしかないわけで...。

「先行ってるな。」と、さらっと声をかけるタイミングも逃して、その場で一緒に告白を聞くことに。


で、ここまでくればオワカリだろう。


告白してきたのが、鮫島さんだった。


見上げるだけで首が痛くなるほどのでかいタッパに、威圧的な雰囲気。

目元には、喧嘩でついた傷があるため、さらに凶悪さが増し増し。

胸板も厚くて、腕も足も筋肉隆々。

ぶつかれば、こっちの方が大惨事で折れそうだ。

顔は....、お世辞にもイケてるとは言えない。

和葉がいうように、ゴリラが人間になったらこんな感じっていうようなひとだった。


そして、和葉はというと....、

物怖じしない性格だったから、そんな鮫島さんにも全力で『NO』を突きつけた。


俺は、ギョッとしたよ...。


曰く、容姿が、タイプじゃない。

バカは嫌いだと、こっちが蒼白になるようなことをズケズケと言っていた。


横で聞いていたこっちは、殴られないか戦々恐々していたんだがなぁ...。

和葉だもんなぁ、そりゃ止まらないよなぁと、諦めてもいた。


それでも、見た目に反して、意外に紳士だった鮫島さんは、殴ることもなかったし、怒ることなく真剣に和葉の言葉を聞いていた。


しかし、和葉が、お断りの理由を一切合切、言い切ったところで、鮫島さんが動いた。

そして、衝撃を受けた。


主に俺が。


鮫島さんが、和葉に縋りつき、泣き落としを始めたのだ。

いや、泣いてはいなかったから、懇願か??


いかついコワモテの男が、和葉の足元で手をつき「頼む!付き合ってくれ!」等と土下座をし出した。


鮫島さんがその時言っていた発言を、可愛く要約すると「嫌だ嫌だ。付き合ってくれないと、死んじゃう。だから、付き合って?」みたいな内容を、額を地面に擦り付ける勢いでしつこく食い下がっていた。


それはそれは、諦めが悪くて...。

時間だけが無駄に消耗していった。


「どうしたら付き合える?」「NO」

「気に入らない奴がいたら、シメるぞ。喧嘩はまかせろ!」「NO」

「俺は、誰よりも強い。守ってやる!」「NO」

「至らないところは、努力して治す。」「NO」

「格好が気に入らないのか?なら、ちゃんと真面目な格好にする。」「NO。前提として、顔のつくりが無理。」

「どんな男ならいいのか?」「あなた以外。」などの繰り返しで、ぶっちゃけ横で見てた俺は、飽きた。


最初は、鮫島さんの恐ろしい見た目に震え上がっていた俺だが、この頃にはブサカワ珍獣の様に見えてきていた。


俺は、順応性は高いのだ!ふふん。


だから、つい声をかけて仲裁しちゃったんだよなぁ......。


「あの、その辺で諦めませんか?」って。


すると、なんだコイツって顔をされた。


どうやら、俺の存在に今気づいたらしい。


「なんだ?お前?」


いやいや俺ずっといましたけどっ!?

なんなら、ほとんど一緒に朝登校してますけど?


「家が隣の幼馴染です。ははは.....。

えっと〜、和葉は、我が強いというか、こうと決めたら意志が揺らがないというか...。

何が言いたいかというと.....、ねぇ(わかるでしょ)?」


俺は、言葉を濁して、鮫島さんに諦めて欲しいと目で訴えた。

だって、学校遅刻しちゃうし。

既に、朝学習の時間は諦めた。(うちの学校には、HRの前に勉強をする時間があり、先生に自由に教えを乞うのだ。これは、自由参加なので遅刻にならない。)


この時は、知らなかったのだが、鮫島さんは、鈍感で察するということが全くできない人で、真正面からストレートな物言いで話しかけなければ、不機嫌になる男だった。


だから結果、怒鳴られた。


「なんなんだっ!お前!

男なら、はっきり喋れっ!

何が言いたいのか、さっぱりわからないぞ!!」


こめかみに青筋が浮き出て、顔は噴火寸前だ。

徐々に、顔が紅潮していく。


そして、唾を飛ばしながら説教され、ジリジリと近づいてきて、最終的に鼻と鼻がくっつきそうになるほど接近し、メンチをきられた。


こえぇぇぇっ!!


ヘタレというか、個性も全くない一般男子な俺は、タジタジになった。


「は、はいぃぃぃっ!!」


背中を反らせて、顔を遠ざけるが、下げた分だけ上から覗き込まれる。


背中がプルプルし出す。

まずい、足も限界だっ。


前は、いかつい不良。後方は、アスファルトの地面。

こういう時、なんていうんだっけ?


前門の虎、後門の狼だ。


オオカミ要素は、アスファルトにはないが、べちゃりと行けば制服が汚れてしまう。

それが地味に嫌だ。

俺は、制服は綺麗に着たい派だ。


しかし、前に姿勢を戻せば、トラに頭突きするしかない。

少女漫画ならば、ここで事故チュー案件か??


よしっ!一般男子たる俺は、後門のアスファルトを選ぶ!

いざ、尻餅をぉぉぉ!


目を閉じ、後ろに倒れ込んだ。


..........??........


しかし、いつまで経っても、ベチャリもドサリという擬音語が聞こえない。

衝撃も感じられない。


それどころか腰に硬い丸太のような感触...。


目を開けてみると、

こ、これは、少女漫画ならキュンキュンするような状態っ!?


鮫島さんに腰をしっかり抱え込まれて、一応生物学上男である俺の骨張った身体が、ブレなく支えられていた。


『ある意味、ヤンキー(攻め)✖️いじめられっ子(受け)という構図のボーイズラブ展開なのかっ!?』

と、全くどうでもいいことをこの瞬間考えてしまった俺...。

ちょっとだけ、脳が処理落ちしてたのだった。


しかも「お前、大丈夫か?立てるか?」と、声もかけられた。

見た目に反して紳士ぶりを発揮する鮫島さんに、ちょっと感動したのもいい思い出だ。


で、その鮫島さんと和葉の攻防は、1週間も続き、最後のほうは、和葉がゴミを見るような目で鮫島さんを見るほどになっていた。


ここまできて、ようやく分が悪いと察知できた鮫島さんだったのだが、それでも引かなかった。


というのも、この告白現場の数メートル先には、舎弟のような不良らがいつも見守っていたからだ。(のちに、この舎弟みたいな不良達と俺は仲良くなる。)


その時、俺は、舎弟の手前、すごすごと退散することは矜持が許さなかったのかと想像していたのだが、実際は、矜持なんてなかった。

ただ単に諦めが悪かったのと、周りに囃されて気が大きくなっていただけだった。


そして、何を思ったのか、ついに俺に白羽の矢がたった。


「おい、お前。名前なんて言うんだ?」


一週間経って、初めて名を聞かれた。

一応、和葉が酷い目にあわないか心配で、ここのところ毎日朝は一緒だったんだが、空気のように無視されていた。


「俺ですか? 佐々木悠夜です。」と、なぜ声をかけられたか分からなかったが、聞かれた手前、名を名乗る。


ふ〜んと、上から下までまじまじと見られ、何が何だかわからないまま、その場で黙って待機していると、ややあって提案をされた。


「よしっ!決めた!お前、俺のパシリになれ。」

ぽんっと、手を叩いてニカっと笑われた。


ん?なんだって?

パシリ?

あれか、あんぱん買ってこいって言われたら、全力で走って買いに行き、恭しく差し出すと『銘柄が違う!』と、せっかく買ったあんぱんを顔に投げつけられ、また買いに行かされるというあれか?


だから俺は、「アンパン買って来ればいいですか?」って、答えた。


どうやらぶっ飛んだ解釈と返答だったようで、ぽっかーんとされた後、腹抱えて笑われた。


近くに待機していた舎弟の皆様にも大爆笑された。


そして、この返しが気に入られて、今度は俺の勧誘が始まった。

結局、和葉のことは諦められない鮫島さんは、俺がパシリでいる間は、和葉にちょっかい出さないと言う条件を出してきた。


コレ、誰得?


もちろん、五月蝿い告白に煩わされなくなった和葉は、当然得だ。

和葉には振られたが、まだ諦められない鮫島さんにとっても、俺と言うパシリを得られるなら、損よりも得寄りだろう。

それに俺が近くにいれば、和葉の情報も入ってくるから、やっぱり得だな。


だが、俺は?


俺は、和葉の横に居ただけで、今日からパシリにさせられる?

損しかないじゃないか??

うーん、でもなぁ。

不良の世界も楽しそうだよなぁ。

うちの学校、真面目が多いからなぁ。ちょっとつまんないんだよなぁ。

今しか、バカ騒ぎできないし。

パシリの立場なら、警察沙汰になっても情状酌量されるかなぁ?甘いかなぁ?

まぁ、嫌だったら、抜ければいいか。

死なない限り、どうにかなるだろう☆


そういうことで、

『前向きなお人好し男』だと、よく言われる(たまに天然だとも言われる)俺は、パシリになる、つまり刺激的な生活に天秤が傾き、了承した。


和葉は、最初の方は責任を感じていたようだが、俺が楽しくパシリライフをしていることで、最近は呆れている。


だってさ、パシリライフ楽しいんだ!


学校も別に普段通りに通えている。出席日数は、皆勤のままだ。

鮫島さんたちとは、放課後から合流して、夜中まで一緒にいればいいのだ。


しかもパシリと言っても、ちゃんとみんな買ってきた物に、お金を払ってくれる。

馬鹿騒ぎもできて楽しいし、鮫島さんは豪快で漢気溢れてるし、周りのみんなも性根が優しい。

ちょっとした小間使いみたいな役割だ。


喧嘩も吹っかけられても、パシリだから逃げていい。

とりあえず、のらりくらりと逃げるのは上手くなった。

どうやら、動体視力がいい方だったみたいで、逃げ損なうことも多々あったが、一度もパンチをもらうことなく避けられた。


コレは、嬉しい誤算だったみたいで、鮫島さんにも褒められた。


それに鮫島さんは、付き合っていくうちに、中毒性のある男だとわかった。

なんだか、裏表がなく、一緒にいて居心地がいいのだ。

見た目は、半端なく怖いし、喧嘩も激強だったが、普段はやんちゃな面白い人(馬鹿だけど)だった。


そんな鮫島さんの悪ふざけで、俺の頭は今、真っ赤だ。

拒否してもよかったんだが、別に絶対嫌ってこともないから、二つ返事で染めた。


あとは、鮫島さんが飽きるまでこのままだ。

色を戻すのも、鮫島さん次第だ。


それに、俺、意外に、この髪気に入ってる。


パシリ役だけど、鮫島さんたちの仲間に入った気がして、さらに居心地が良くなった。


学校は、まぁ、怒られるよね。

進学校だからね。

でも、進学校だから、ムキムキ体育教師みたいな熱血生活指導の先生もいないから、髪の毛引っ掴まれて、無理やり黒に染められたり、バリカンで坊主にされたりすることもない。

ちょっと注意を聞いてるふりをすれば解放される。


だから、別段困ったこともなかったんだが、強いていうなら親が呼び出されたことだけが申し訳なかったかなぁ。

学校までの道中の体力と時間を無駄にさせたことに対してだけ、悪かったなぁとおもってる。

恥ずかしい思いをさせてごめん、とは、全く思わなかった。


なぜなら、その時呼び出された俺の親は、赤髪を恥ずべきことだとも思っていなくて、謝罪の気持ち皆無だったからだ。


天然で変わり者の俺の親は、先生たちの毒気を逆に抜いて、赤髪を認めさせた強者であった。


ということで、公式行事以外、赤髪が公認された。

公式行事は、黒のカツラをかぶってやり過ごさせてもらっている。


公式行事の日は、休み時間になると、仲がいい奴らと、カツラ疑惑の先生の前で『カツラが飛ばされるごっこ』をして、嫌がらせもしたりしている。

ゲラゲラ笑いながら、秀才たちと走って逃げるのも楽しい。

少なからずいる友達は、俺の髪に理解があるから問題ないのだ。


だから、俺は鮫島さんのパシリで、全然いいのだ。







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