第26話 再戦の行方(Ⅲ)
▽▲▽
さっそく始まった中堅戦。
モブ雄先輩は姿勢こそちゃんとしていたが、やはり体力が気力に追いついて居ない様子。
素人目にも動きに精彩が無い。
対戦相手は、手練れとはいかないまでも真面目に部活を頑張ってしっかりと実力をつけてきた選手だ。
モブ雄先輩の疲労と隙の多さには、既に気が付いている。
地力でも差があるのに、コンディションで更に差がついている。
このままだと負けまっしぐらだろう。
「仕方ないなぁ」
ボクはそう言って背中で隠しながらスマホをこっそり起動させる。
そして、遠隔であるモノを起動させた。
すると、次の瞬間ーー。
「ーーッ!?」
相手選手が声にならない声を上げて、思いっきり明後日の方向を向いた。
ちっ。
剣道は礼節を重んじるスポーツ。
試合後のガッツポーズ一つで失格になるような厳格なスポーツだ。
ーーここで奇声を上げてしまえば一発不合格で此方の勝ちになったモノを。
ギリギリで声を抑えやがった。
しかし、その後も大変動揺した様子で視線をあちらこちらに飛ばしている相手選手。
明らかに集中を欠いた状態に陥った相手選手。
ーーいや、
君についてもしっかりリサーチを終えてるよ、ボクは。
さて、突然ですが世の中に
指向性とは、空中に出力された音や電波の伝わる強さが、方向によって異なる性質のこと。
指向性スピーカーとは、その名の通り指向性のある音声を出力する装置だ。
まぁ、ザックリと説明するなら
本来は周囲に騒音が多い場所での使用や、また大勢の人が集まった場所で個人用に使用するとかの用途を想定した技術である。
しかし、技術には正の面もあれば負の面もある。
ーー悪用方法もある。
現在、この武道館の隅の方に各自が荷物を纏めて置いている。
その中にボクの持ってきた大きめのボストンバックがあり、その中にスマホを一台とそれに接続した指向性スピーカーが仕込んである。
事前に位置関係を色々実験しつつ調整し、特定の位置に立った時のみ
そう、今ちょうど江釣子選手が立っている位置のみに届くようにね。
剣道の試合動画とかをよく研究し、立ち回りの予測をある程度立てたからこそ出来た芸当だ。
我がことながらよくやった!と褒めてやりたい。
まぁ、褒められたことはしてないけど。
さて、肝心の江釣子選手はどんな音声を聴いているのか?
それは、こんな感じの音声だ。
『あ、待って。やっぱり駄目だよハルトが試合しているのに』
『君の方から誘ってきたんだろう? 付き合ってみたけど部活ばかりで構ってくれなくて、不満だって言ってたじゃないか』
『ーーいいよ、優しくして♡』
最近彼女と付き合いたての江釣子ハルト君。
突然こんな声が聞こえたら、気が気じゃ無いよね?
ちなみに女性側の音声は、ボイチェン使ったボクの声。
男性側は適当なアダルト作品から抜粋。
この二つをいい感じに繋げ合わせて、徹夜で作品に仕上げました。
まぁ、こんなことしといてアレだけど普通に考えてみたら他校で彼氏が試合してる最中に、声が聴こえるほど近くで彼女が浮気なんかする筈がない訳で。
結局は江釣子選手が彼女と信頼関係をしっかり結んでいれば、多分引っかからない筈だ。
だからまぁ、恋愛を明日からもうちょい頑張れ。
そんな何様だよって感想を抱きながら、モブ雄先輩の面が綺麗に決まる瞬間をボクは見届けた。
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