第一章 攻略対象①普代剣将

第6話 悪役令嬢と熱血キャラ(Ⅰ)

 乙女ゲーム『クワトロ・まりあーじゅ!』のキャラクターには、全員特定の命名法則があった。

 例えば、攻略対象となる男子にはそれぞれトランプのスートが名前に入っている。

 それぞれスペードハートクラブダイヤ


 その中でもパケ絵などでだいたいセンターを飾っているのがーー普代ふだい剣将けんしょう


 公式一押しの、熱血系キャラである。

 

 ▽▲▽


「--ということで、まずは剣将くんにコンタクトを取ってみたいと思いますわ!」


 フブキとの作戦会議の翌日。

 雪風わたくしは早朝の学園に颯爽とやってきたのであった!

 学園で武道系の部活が行われる武道館。

 そこへ向かう渡り廊下の真ん中に、私たちはいた。

 今朝4時起きでしたがおめめぱっちり、快調で元気万全ですことよ!


「うぅん、朝から大声はやめてくださいユキちゃん様ぁ。頭痛ぁい」


「あ、ごめんねアヤメちゃん」


 そう言って私は傍らで寝ぼけまなこをさすっている少女に謝る。

 私と同じ鶺鴒学園の制服を纏い、赤いまん丸な目を眠そうに細めている赤茶色のショートカットで小柄な幼げな風貌の少女。

 彼女の名前はアヤメ。

 フブキと同じ側付きのメイドのひとりで、年齢も同じであるから学園内での私のお世話を担当している。


「アヤはユキちゃん様みたいに寝起き良いわけじゃないよ、ホントならもうちょっと寝たかったよ」


「ご、ごめんね。朝の用事終わったらHRホームルームまで寝てていいからね! 授業始まる時に起こしてあげるからね!」


「絶ぇっ対ぃ、ですよ」


 欠伸を嚙み殺して涙目でこちらを睨むアヤメちゃんに、私は手を合わせて平謝りをした。

 ーーまぁこの通り、主従関係っぽさゼロな関係なんだけどね、私たち。


「それで、なんでこの時間に学園に?」


「そんなの剣道部の朝練をこっそり見学するために決まってましてよ」


 普代剣将くんは、剣道部に所属しているキャラクター。

 ならまずはここに来れば様子を観察できる、というわけです。


「見学だけですか? こう直でコンタクト取ったりしないんです?」


「--それは、その」


 もっともなアヤメちゃんの意見に、私は押し黙ってしまう。

 その姿を見て彼女は、ははーんと何かを察したような表情をした。


「ひとりで話せる自信がないんだぁ。だからアヤも連れてきたんです?」


 確信をついた言葉に、私は黙って俯きこくりと首を縦に動かす。

 剣将くんは、いわば「陽キャの王」みたいなキャラだった。

 ゲーム上で接するならまだしも、生身の人間として接すると考えると、真正陰キャの私はキツイものがある。

 --いやまぁ、別に彼以外でもキツイことはキツイのだが。

 真正陰キャを舐めないでほしい。


「アヤメちゃんは保険! とにかく今回は見学のみに留めーー」


「--なんの話だ?」


「「ぴやっ!?」」


 私のセリフにかぶせるように、真後ろから男性特有の低い声が早朝の渡り廊下に響く。

 聞き馴染みがあるようで懐かしく、それでいてこの世界では初めて聞くその声に振り向くとそこにはひとりの青年が立っていた。


 燃え盛る炎のような逆立つ深紅の髪と同じく深紅の瞳。

 とても高校一年生には見えない大人びた、それでいて高水準なきれいすぎる顔立ち。

 身長180センチを超える長身で、がっしりとした男らしい筋肉質な体つき。

 学園指定の紺色のジャージに身を包んだ彼の名前はーー。


「--剣将くん!?」


 乙女ゲーム『クワトロ・まりあーじゅ!』不動のセンターにして、だいたいのプレイヤーのを奪う男。

 普代剣将、その人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る