転職先は異世界転移者の監視センターでした
八百十三
第1話
都内のとある会社の総務部フロア。そこで一人の女性社員が、同僚から花束を受け取っていた。
「相田さん、公務員への転職おめでとう!」
「寂しくなるけど、元気でね!」
「頑張ってね!」
口々に激励の言葉を投げかけながら、拍手を送る社員たち。その中心で、花束を受け取った女性社員、
「ありがとうございます! 頑張ります!」
彼女はこの3月でこの会社を退職し、新たな仕事場へと踏み出すのだ。既に内定も得ており、4月1日からすぐに働ける。
と、頭に角を生やした竜人の部長が、顎髭に手をやりながらニコニコと言った。
「しかし、すごいねぇ。国家公務員試験に合格して、春からは公務員だなんて」
部長の周りには二足歩行した猫がいる。人狼がいる。そうした異世界出身の亜人種も、すっかり会社のメンバーとして馴染んでいる。
夢美もなんにも疑問を抱くことなく、にこやかに部長に言葉を返した。
「はい、勉強めっちゃ頑張りました! 今から楽しみです」
その返事に、他の社員も揃ってニコニコ笑顔だ。
夢美が公務員を目指していたことは、部内の誰もが知っている。仕事の合間に公務員試験のための勉強を重ね、面接があれば有給休暇を取って面接に向かい、とうとう公務員のキップを掴んだのだ。
人狼の社員が、表情を緩めながら夢美に問いかける。
「頑張ってね。どこに行くかはもう決まってるの?」
「はい、異世界転移庁に就職することが決まっています!」
そこにすぐさま返事を返す夢美。すると先程までも沸き立っていたフロアが、わっと一気に沸き立った。
「中央省庁じゃないか! 大躍進だ!」
「すごい! しかも異世界転移庁なんて一番ホットなところじゃない!」
誰も彼もが夢美を称え、手を握って握手している。
異世界転移庁はこの地球から異世界に転移していった人々、あるいは異世界から地球に転移してきた人々について、管理や対応をする国の機関だ。夢美は4月から、ここの事務部員としての就職が決まっている。
昨今、異世界への有能な人員の流出、並びに地球の文化に明るくない異世界人の流入はどの国家でも喫緊の課題だった。
国は早くから異世界転移庁を立ち上げ、対応に当たっているが、年々増える異世界転移に日々頭を悩ませているのだ。
「えへへ……頑張った甲斐がありました」
そこに、夢美は飛び込んでいく。異世界人を相手に密にやり取りする仕事をしたい、という夢が、ようやく叶う。
と、部長が太い尻尾を高く持ち上げながら拳を突き上げた。
「よーし、今日は相田さんの門出を祝してお祝いだ!」
「もう、部長! 今は会食とか難しい時期ですよ」
部長補佐の社員がそっとたしなめるが、その言葉は優しげだ。部長補佐もきっと、大々的に送別会を催したいのだろう。
「ふふっ、でも」
と、そこで笑いながら夢美が言葉をこぼす。部署内の面々の注目を集めつつ、夢美は苦笑しながら言った。
「ちょっと寂しいですね、もう皆さんと一緒に働けないから」
その言葉に偽りはない。何年も一緒に働いてきた仲間と離れるのだ。寂しいのは当然である。
すると夢美とよく話をしていた女性社員二人が、夢美の両脇から声をかけてきた。
「それは私たちもよ、ほんとに」
「相田さんがいなくなったら寂しいわ」
彼女たちの言葉を聞いて、こくりと夢美は頷いた。そして改めて、フロアの面々に頭を下げる。
「ありがとうございます。皆さんとの思い出を胸に、私、頑張ります!」
挨拶する夢美に、フロアの社員から改めて、万雷の拍手。
そんなふうに挨拶したのも数日前。今は4月1日だ。拍手の音を思い出しながら、夢美は新たな職場に真新しいスーツで向かっていた。
「えへへ……言っちゃった、私、あんなこと」
ニコニコと微笑みながら、夢美は沸き立つ気持ちをそのままに歩を進めていた。
新しい職場、新しい仕事。ワクワクする心は止まらない。
「さーて、ここから私の公務員ライフ! 異世界出身のイケメンな亜人種さんとお知り合いになれたりとかするかなぁ」
新たな出会いと仕事の中での出会いに期待しながら、ぐ、と夢美は拳を突き上げる。自然と笑みもこぼれるというものだ。
「えへへ……」
角を曲がれば真新しいビルが目に飛び込む。異世界転移庁の建物だ。ビルの入り口のところで、一人の女性がこちらに手を振っている。
「あ、転職されてきた相田さんですね? 初めまして!」
「初めまして、相田夢美です! よろしくお願いします!」
彼女に頭を下げながら、夢美は朗らかに返事をした。これからきっと一緒に働くことになる人間、第一印象は大事である。
果たして、夢美よりも幾分か年上の女性がにこやかに言ってきた。
「うん、よろしくお願いします! 異世界転移庁転移者監視室の湯本です」
「あ、ちなみに、私の配属はどこに……? まだ知らされていなくて」
湯本、と名乗った女性に、はたと思い出して夢美は問いかける。そう、配属先について彼女は何も聞いていないのだ。「最初の出社日にご案内します」と言われただけで。
と、湯本が待っていたとばかりにコクリと頷く。
「あ、それでしたら今日正式に辞令が降りて、転移者監視室配属に決まったそうですよ」
「へー……え?」
そして湯本が話した部署を聞いて、キョトンとする夢美だ。転移者監視室、そんな部署が確かあった記憶はあるが。
「転移者監視室?」
「そうです。地球から異世界に転移していった人や、異世界から地球に転移してきた人のモニタリングを行う部署ですね。私はそこの室長なので、つまり私の部下です」
軽く部署の仕事の説明をする湯本だが、彼女の説明を聞いていた夢美は見る見る表情が暗くなっていった。
監視業務とか、絶対出会いとか無さそうではないか。問い合わせ受付とかそういうふうなのを期待していたのに。
「あー……そうですかぁ……」
「あ、あの、どうしました、がっくりしてますけど!?」
あからさまにガックリする夢美に、戸惑いがちに湯本は声をかけた。
これからちゃんと働いていけるのか、早速不安になる夢美だったが、詳しい仕事内容を湯本から説明され、仕事現場にやってきて状況を把握したときには、一転して期待に満ちた笑顔になっていたとか、いなかったとか。
転職先は異世界転移者の監視センターでした 八百十三 @HarutoK
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