【KAC20227】白髪の死神

小龍ろん

白髪の死神

「やあ、はじめまして」


 ヴァルデン男爵家当主であるラドレスの執務室に音もなく現れたのは白髪の男だった。中肉中背でどこにでもいそうな平凡な男。穏やかな笑みを浮かべているものの、そこに温かみは感じない。冷たさも感じない。全くの熱を感じさせないほど、存在感が希薄だった。


「なっ! 誰だ!」


 あまりの現実感のなさにラドレスの反応が一瞬遅れた。屋敷には警護の人間がいる。当然ながら、目の前の男のような不審者を通すはずがない。警備の手を躱したのか、それとも無力化したのか。いずれにせよ、無許可で貴族家当主の執務室に押し入るような人間がまともなはずもない。さきほどの誰何も答えを期待したものではなく、ただの条件反射だ。


「さて、一応は聞いておくか。アンタがラドレスで間違いないな? 三年前、借金を棒引きするために、とある商家を盗賊の犯行と見せかけて惨殺したと聞いているが」

「なっ……!? 何を言っている! 私は知らんぞ。証拠でもあるのか」

「ああ、いやいや。別にアンタがやった、やらないはどうだっていいんだ。アンタがターゲット本人ならね。その反応なら、本人で間違いないだろうし、あとはどうだっていい」


 過去の悪行が暴かれラドレスは焦りを覚えた。あの商家の関係者は全て始末したはずだったが、どこかに漏れがあったのか。目も前の男は、関係者に雇われた暗殺者ということだろう。


「貴様……、もしや白髪の死神か?」


 白髪の死神。それは、とある暗殺者につけられた二つ名だ。どんな厳重な警備をも搔い潜り、目標に確実に死を与える仕事人。手口は不明。周囲の人間もいつ事を成したか気づくこともなく、ただ対象の死という結果のみが残る。下手人は白髪だったという噂から白髪の死神と名付けられた。


「そう呼ばれてるみたいだな。目撃者もいないはずだし、ターゲットは確実に殺してる。それなのに、どうして知られるようになったんだかな」


 嘆いているかのように見えて、男の顔に張り付く笑みに変化はない。知られていようがいまいが気にしていないのだろう。

 それも当然だ。男の異名は手口につながるようなものではない。白髪というだけでは特定されることもない。つまりは仕事に支障がないのだ。


 本来ならば、絶体絶命の状況。それでもラドレスにはまだ生きる目はあると考えていた。相手が暗殺者ならば、義憤による行動ではなく金が目的のはず。ならば、交渉の余地はある。


「いくら欲しい? 代わりに私が貴様を雇おう」

「ふぅん? いや、金ならアンタを殺してから奪えばいいだろ」

「この屋敷に置いてある金などたかが知れている。私に雇われるなら今の雇い主の数倍は払おう」

「商家を潰して得たような汚い金で、か?」

「貴様がそんなことを気にするとは思えんが?」


 そんな潔癖な者が暗殺家業に手を染めるはずがない。問題があるとすれば、職業意識やプライドだろう。一旦受けた仕事を反故にしないという人間は確かにいる。しかし、ラドレスは、その手の人間とは違う印象を目の前の男に持っていた。そもそも、この男が自分を殺す気ならば声を掛ける必要がなかったのだ。それでも声を掛けてきたからには、交渉の余地があるはず。それがラドレスの考えだ。


 ラドレスの言葉を受けて、目の前の男はニタリと笑った。今までの、仮面のような笑みではなく、明らかな感情の動き。だが、そこにある感情は読み取れない。


「なるほどね。いや、楽しませてもらった。死を前にした行動というのはなかなか個性があってなかなか楽しめるのさ。ああ、さっきの話だが、悪いが俺は金に興味はない。そもそも依頼主からも受け取ってないからな」

「なんだとっ!? では、何が欲しい?」


 男の目的は金ではなかった。その時点でラグレスの目論見は崩れたように思えるが、それでも食い下がる。なりふり構わなければ、金で大抵のものは手に入れることはできるのだ。


 しかし、男の要求は思いもよらないものだった。


「俺が欲しいのはカルマだ。その回収が俺の仕事だからな。暗殺者って立場は便利でな。暗殺対象か依頼主か、はたまたその両方か。カルマをたっぷりと貯めこんだ奴の情報が勝手に転がり込んでくる。おかげで、俺は死神界でもトップクラスの成績を収めるエリートってわけさ」

「き、貴様、何を言って……」

「問題があるとすれば、二つ名だな。死神と知られることは規約的にまずいんだが、異名ならギリギリセーフだろう」

「まさか……、まさか本物の……死神?」


 妄想のような考えがラドレスの頭をよぎった。普段なら一笑に付すような馬鹿げた考えが脳裏に焼き付いてしまったかのように離れない。否定してほしい一心で、ラドレスはそんな妄想を告げた。告げてしまった。


 男の口の端が再び吊り上がる。


「その言葉を口にしてしまったか。さっきも言ったが規約として死神の活動は人に知られてはならない。これでアンタは確実に始末する必要がある」

「い、言わない! 誰にも言わないから……」

「そうじゃなくても、俺はこれでも真面目な男でな。仕事はきっちりとこなす性格なのさ」

「ひい!?」


 ラドレスはなりふり構わずに逃げ出した。相手は死神かも知れない存在。だが、武器を持っているようには見えない。虚を突けば逃げられる。そう信じてラドレスは走った。そう信じるしかなかった。


 ラドレスの背後から男の声が聞こえる。


「やれやれ、ご苦労なことだ。だが、残念ながら、さようなら・・・・・だ」


 その瞬間、ラドレスの意識は真っ黒に塗りつぶされ――二度と戻ることはなかった。


 死神からは逃げられない。

 死に神との出会い。それはすなわち、現世との別れに他ならないのだ。

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