男と女

綾月百花

男と女

 出会いは偶然だった。


 互いに大学生になったばかりで、居酒屋でアルバイトを始めた。


 互いに生活が苦しくて、互いに独り立ちしたばかりだった。


 同じ大学で、同じ職場で、仲良くなるのに、それほど時間はかからなかった。


 仕事の帰り、彼は私の部屋に帰り、一緒に過ごすのも日課のようになっていた。


 彼は、私の初めてを捧げた相手になった。


 漠然と、大学を出たら結婚も視野に入れるのかしら?と思える会話も出ていた。


 私は彼を好きになった。


 恋をしている自分に酔っていたのかもしれない。


 ある日、大学の食堂で、彼が可愛い女の子とランチをしていた。


 いつもは私とするランチを、わざわざ急用が出たから、ごめんなんて、LINEに送ってきて、私は友達と友達の彼氏と一緒にランチを食べに来たところだった。


「彼氏、浮気をしているの?」


「違うと思うけど」


「気をつけた方がいいよ、あいつと高校時代同じ学校だったけど、女遊び激しかったから」


 胸の中に、不快な思いが充満してくる。


 本当に、自分は愛されているのだろうか?


 不安を抱えながら、アルバイト先に行くと、彼はアルバイトを辞めていた。


 私は愛されていると思っていた。


 彼も同じ気持ちだと思っていた。


 けれど、どうやら違ったようだ。


 LINEの返信が徐々に減っていき、最近では返事も帰ってこない。


 私は大学で、待ち伏せした。


「ねえ、淳君、アルバイト辞めたのね?」


「ああ、もっといいアルバイト先見つけたんだ」


「もう、うちには帰ってこないの?」


「元々、付き合っていたわけじゃない。勤め先が同じで、ついでに性欲も満たせてくれたから、家に通っていただけだろう」


 私は悔しくて、拳を固めた。


「唯は付き合った女の中で、いい女の部類だったよ」


「貴方は最低ね。荷物は捨ててもいいのかしら?鍵も返して」


「荷物は今日、取りに行くよ」


 愛しく見えていた彼の顔は、今は、もう二度と見たくない顔になっていた。


「荷物は玄関の外に出しておくわ。鍵は今すぐ返して」


 彼はキーケースを出した。


 キーケースの中には、たくさんの鍵が入っていた。


「その鍵の数だけ、女がいるのね?」


「まあね」


「最低」


 私の純情を踏みにじった彼に、私は拳を腹に打ち込んだ。


 手が痛いだけだった。それでも、腹立たしい。


「変な男に騙されるなよ」


「あんた以上に変な男なんていないわよ」


 私も彼に鍵を返して、この交際に終止符を打った。


 それから数年後、学校を卒業した先で、また彼と顔を合わせることになったが、私は彼のことは無視している。


 職場まで一緒だなんて、不幸すぎる。


 彼は職場でも、女の子に声をかけている。


 彼は孕ませた女に捕まった。


 手を出す相手が悪かったのだろう。


 上司の娘と結婚して、家庭に縛られている。


 とうとう年貢の納め時かと思った頃、会社に愛人が押し寄せてきて、信頼はガタ落ちになった。


 上司の娘は、すぐに離婚の手続きに取りかかった。


 多額の慰謝料と養育費を請求されたようだ。


 馬鹿な男は、華やかな都会から左遷されて、田舎にある会社に勤めることになった。


 この先、多額な慰謝料と養育費を払っていくのだろう。


 彼が使っていたデスクは、海外勤務だった男性が使うことになった。


 彼と目が合った瞬間、出会いの予感がしたけれど、今度は騙されないように、慎重に交際をしていこうと思った。

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男と女 綾月百花 @ayatuki4482

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