アリーティアの部屋

磯風

ようこそ、そしてさようなら

そこは不思議な部屋だった。

雑多な装飾品がじゃらじゃらとあちこちに飾られ、安っぽい占い師の館みたいな胡散臭さがあった。

「ようこそ。私はアリーティアと申します」

そう言った金色の瞳の女はにっこりと微笑み、丸テーブルでお茶を飲みながら話しかけてきた。


「珍しいですね、ふたり同時にお越しとは…あ、恋人同士…ですか?」


そう言った彼女はニコニコとしてはいるが、声に熱が無くどことなく冷たい。

どうやら空いている椅子はなく、俺達を座らせる気はないみたいだ。


「どうして…急にこんな所に来たのか解らないんだか?」

「あたし達生きてるの?」

そう、俺達は心中したんだ。

ふたりで、もうどうしようもなくなって、死を選んだ。


「はい。おふたり供無事に亡くなったようですね。ここは『最期の部屋』です。ここではあなた達にふたつの道を選んでいただけます」


選ぶ?

俺達が、死んだ俺達が、これからの道を選ぶって?


「ひとつ、記憶を全て消して相応しい姿でこの世界に生まれ変わる。ふたつ目、記憶も姿もこのままでこの部屋から出て行く」

このままで?

「あ、でもこの部屋の外は所謂『異世界』ですから、馴染めないと思いますので私としてはひとつ目の選択を推奨いたします」


つまり、生き直せるのか?

何もかもやり直せるのか、俺達!

「おい、新しい所でやり直せるんだぜ?このまま……」

「生まれ変わります!」

え?


「生まれ変わりたいですっ昔の事なんて全部忘れたい!」

心中までした女が…俺を忘れる事を選ぶのか?

俺を裏切るのか!


「彼女さんと一緒に生まれ変わりますか?」

俺は…俺は、このまま出ていく、と決めた。

アリーティアはやれやれ、と言うように溜息をつく。

「ここに来た人は…大概『そのまま』を選ぶんですよねぇ…まぁいいでしょう」


では、先ず彼女から…と、アリーティアは彼女にお茶を勧めた。

「これはこの『生』の最期のお茶です。生まれ変わるために飲み干してください。途中で止めたりすると、苦しんで全部ぱぁになっちゃいますからね」


「…ごめんね、でもあたし、やり直したいの」

彼女はそう言ってお茶を迷うことなく飲み干す。

こいつは結局自分の事が一番で、俺の事なんてどうでもよかったんだ。

ああ!

なんでこんな女と死のうなんて考えたんだ!

だが、もう間違えない。

この記憶があればやり直せる。

今度こそ、本当に愛し合える女と出会うんだ!

目の前から彼女の姿がかき消え、カップがガシャン、と床で割れた。


「…彼女さんの生まれ変わり…上手くいったみたいですね」

この世界の…どこに、誰に生まれ変わったんだろう…。

幸せになんかなったら…ムカつく。


「あいつに二度と出会いたくないんで…生まれ変わり先、教えてもらえませんか?」

絶対無理だろうと思ったのに、いいよ、とあっさり了承され目の前に映像が映しだされた。


「え……?これって…」

「言ったでしょ?『相応しい姿』に生まれ変わったんですよ」


得体の知れない不気味な森の中で、泥まみれの獣のような生き物から赤子が産み落とされた。

その赤子は…そのまま、放置されて泥の中を這いずり回っている。

これが…これがあの女の『相応しい姿』なのか?

はははっ!

ざまあみろ!

俺を裏切った報いだ!


「彼女…随分酷い事をした割には、この程度で済んでよかったですねぇ。もしかしたら生き残れるかもしれませんね」

「なん…だと?」

「同族殺しやめちゃくちゃな暴力行為もしていた割には、ちゃんと『産まれ』られたんですから。あ、でもこれから大変かもしれませんけどね」


アリーティアは俺に向き直って口元だけで笑う。

この女は、きっと悪魔がなんかだ。

駄目だ、今すぐここから…ここから逃げなくては!


後ずさる俺にアリーティアが最後ですから、と話し始める。

「その扉を開いてここを出たら、二度とここには来られません。選択を変える事も出来ません。それでよろしければ、どうぞ」

俺は扉を開ける。

一歩、外へと足を踏み出す。

そうだ、新しい世界で、俺は俺のまま生きていけるんだ!

俺の選択は間違っていない!


閉まっていく扉の向こうから、声が聞こえた。

「さようなら、永遠に」




ここに来る人が記憶を残したままいたいと思う気持ちが、私には全然解らないわ。

死んだ後まで残る記憶なんて、呪いでしかないというのに。


どうして『そのまま』出ていく事を選ぶのかしら。

異なる世界で、そのままで『生きて』いけるなんてどうして思えるのかしら。

ここが自分を『受け入れてくれる世界』だなんて、考えている方が愚かなのよね。

ええ、確かに人間と同じ形をした生命体の世界ではあるわ。

だけど『異物』は認識されない。

だって、死者なのに『生きていける』と思うなんて馬鹿でしょう?


さっき出ていった男も、誰からも認識されなくて慌て始めたわ。

あ、車に弾き飛ばされた。

あーあ、次々に轢かれちゃって…でもだーれもその存在に気付かない。

あら、彼女の方は泥の中で腐っちゃったみたい。

早く楽になれてよかったわね。

この程度の痛みと苦しみで済むなんて、あのふたり、ついてるわ。


私の『最期の部屋』に来るのは全ての世界から生まれ変わりを拒否された、穢れた魂だけ。

浄化される事もなく、魂を粉々に擦り潰されるための選択をさせるの。

どうやって、全ての世界から消えたいか、選ばせてあげるのが私の役目。


私に『最期に出会う』ような生き方、なかなか出来ないと思うのだけど最近増えてきたのよね…。

本当、面倒で嫌になっちゃうわ。


あら…また誰か来るみたい。

永遠に、全ての世界から廃棄される魂が。



「ようこそ『最期の部屋』へ」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アリーティアの部屋 磯風 @nekonana51

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ