第30話エピローグ

「タキシード、良く似合っているよ」

「ふふ、モーヴさんも格好良いです」

 純白のタキシードを身に纏い、二人は式場の中に居た。まだ招待客の居ないそこは、神聖な静寂に包まれている。

「遥……今、どんな気分?」

 どこか硬い声でモーヴが問う。遥はそんな彼を見上げながら答えた。

「式の本番が待ち遠しいです。モーヴさんは、どうなんですか?」

 遥の問いに、モーヴは苦笑する。

「実は、めちゃくちゃ緊張しているんだ」

「そうは見えませんけど」

「そう見えないように頑張ってるんだよ? 僕はこれでも魔王だからね! 本番じゃ、威厳たっぷりのオーラ―を出すよ?」

「ふふ、それは楽しみです」

 遥は天井を見上げる。そこには美しいステンドグラスがあって、天使のデザインが施されていた。

 ――今日、ここで俺は……。

「遥」

 名前を呼ばれて振り返ると、モーヴが手を差し出していた。遥はそれをそっと握る。

「モーヴさん、どうしたんですか?」

「遥、貴方は魔王であるモーヴに永遠の愛を誓いますか?」

「……え?」

 首を傾げる遥に、モーヴは「予行演習だよ」と小声で言い、もう一度、同じ台詞を口にした。

「貴方は魔王であるモーヴに永遠の愛を誓いますか?」

「……誓います」

 遥も真似をしてモーヴに言った。

「モーヴさん、貴方は人間の遥に永遠の愛を誓いますか?」

「誓います」

「……」

「……」

「……ふふっ」

「……くくっ」

 笑いながら、互いに抱きしめ合った。好きだ、この人のことが、どうしようもなく好きだ――。遥はモーヴの胸に顔を埋めながらそう思った。

 遥を抱きしめながらモーヴが「そういえば……」と呟く。

「遥って、僕のどこに惚れてくれたの?」

「えっ?」

「今まで聞いていなかったなぁって……教えてよ。僕のどこが好きになったの?」

「そ、それは……」

 モーヴの好きなところはたくさんある。優しくて、頼りがいがあって、仕事に真面目で……時に甘えてくるところも可愛くて好きだ。たくさんあって、挙げていくときりがないが、強いて言うのなら……。

「魔王様っぽくないところですね」

「え、ええっ!?」

 モーヴはショックを受けたように口元を手で覆った。

「そんなに僕って威厳が無い!?」

「そう言うんじゃなくって……モーヴさんは、一度も俺に偉そうな態度を取ったりしませんでしたよね。そういうところが良いんですよ」

「ふーん……遥のツボがいまいち分からないな……」

「それは、これからじっくり時間をかけて理解していって下さい」

「……そうだね。新婚生活、楽しもうね。もちろん、新婚じゃなくなっても、遥、僕は君を愛し続けるよ?」

「それは、俺も同じ気持ちです」

「あっ、そうだ! 今日もこれを持って来たんだ!」

 モーヴは胸のポケットから、縁結びの神社で買ったピンク色のお守りを取り出した。それを両手で包み、モーヴは祈るような素振りを見せる。その姿は、ステンドグラスの天使よりもはるかに美しい。

「……何を祈っているんですか?」

「結婚式が無事に成功しますようにって。それからね……」

 モーヴは遥の耳元で囁いた。

「遥と、一生、幸せにくらせますように、って……」

「……そういうお願いは、神様じゃなくって、俺に願えば良いんじゃないでしょうか」

 そう告げた遥に、モーヴは目を丸くする。そして、くすっと笑って遥に言った。

「それもそうだね。遥、君は出会った頃と比べて、格好良いことを言うようになったね」

「そうですか?」

「そうだよ。可愛くて、格好良くて、素敵な人」

 見つめ合って、二人は触れるだけのキスを交わした。

 ――ありがとう、モーヴさん。俺に出会ってくれて、本当にありがとう……。

 人間界で出会った、カフェのマスター、サクラ、スミレ……どれも素敵な出会いだった。遥は一生、この出会いを、思い出を、忘れることは無いだろう。

 そしてこれからは、モーヴ、ボリー、クロ、シロ……彼らと共に新たな人生を切り開く。彼らだけでは無い、もっとたくさんの出会いがきっと待っている。そう思うと、遥の胸はぽかぽかと温かくなった。

 ――怖くない。何も怖くない。俺には、大切な人が、ずっと居てくれるから。

「モーヴさん、俺の初恋になってくれて……嬉しいです。ありがとうございます」

 遥の言葉を聞いたモーヴは微笑む。

「こちらこそ。僕の初恋になってくれて、ありがとう……幸せだ」

「一緒に、幸せになりましょうね」

「ああ、もちろん!」

 もう一度、キスをしようとしたその時、式場の入り口の方でざわざわと音がした。招待客か、もしくはボリーかクロあたりがやって来たのかもしれない。

「あーあ、キスはおあずけか」

 残念そうなモーヴに、遥が笑いながら言う。

「もう少ししたら、誓いのキスをするじゃないですか。それまで、我慢ですよ」

 遥の言葉に、モーヴは微笑む。

「そうだね。皆の前で、盛大にキスをしようね!」

「もう、どんなキスをするつもりですか」

 くすくすと笑い合う。その間にも、入り口からの足音が近付いて来る。もうすぐ、式の本場だと思うと、遥の背筋は自然と伸びた。

「それじゃ、お客さんたちに挨拶をしに行こうか!」

「……はい!」

 差し出された手を、遥はそっと取り、ぎゅっと握った。

 もう、この手を離さない。このぬくもりを、ずっと傍で感じていくんだ。そう思うと、遥の表情は自然と柔らかくなった。

 ずっと、初めて恋をした気持ちを忘れずに生きていこう。

 モーヴの体温を感じながら、遥はそう強く心に誓ったのだった――。



(了)


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魔王様は初恋を手に入れたい 水鳥ざくろ @za-c0

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