第23話悪魔の襲来
「それじゃ、行ってくるんで、仲良くしていて下さいね」
玄関で靴を履きながら遥は振り向いて、モーヴとボリーに言った。彼らは心配そうに遥を見送るために立ち上がる。
「遥、一人で大丈夫? 僕も一緒に……」
「俺っちもついて行くから……」
「大丈夫ですよ。この一週間、何も起こらなかったんですから」
遥は微笑む。
モーヴの使い魔が予知夢を見てから一週間が経過していた。遥は恐怖を覚えて慎重に生活していたが、さすがにもう一週間経っているのだから、もう大丈夫だろうと気を緩めていた。
「使い魔さんの予知夢、きっとただの夢だったんですよ」
「いや……」
モーヴは手を顎に当てて言う。
「あいつの予知夢は百発百中なんだ。何も起こらないはずは無い」
「そうそう。気を抜かない方が……そうだ!」
ボリーがぱちんと指を鳴らす。すると、以前見た白く大きな鳥が目の前に現れた。ボリーの頭の上に乗って、白い鳥は凛とした声でボリーに問う。
「ボリー様、お呼びでしょうか?」
「うんうん。呼んだー。あ、遥っちにはまだ紹介して無かったっけー? これ、俺っちの使い魔!」
「人間の方……遥様、先日はちゃんとしたご挨拶が出来ず、申し訳ございませんでした」
「い、いえ。こちらこそ、どうも……」
遥は白い使い魔に向かって頭を下げた。ボリーは自分の使い魔に命令を下す。
「鳥っち、遥っちの護衛を命ずる! 遥っちがバイト先のコンビニに行って帰ってくるまでちゃんと守ること。そして、何かあったら俺らに知らせること! 分かった? アンダースタン?」
白い使い魔はばさりと翼を広げて「かしこまりました」と言い、遥の頭の上に乗り移った。
「遥様、しばらくの間、よろしくお願いいたします」
「え!? 良いんですか……使い魔さんもお忙しいのでは……?」
「ご覧の通り、ボリー様は休息中です。ボリー様の命令に従うのが私の使命。どうか、お気になさらずに」
「は、はい。ありがとうございます。よろしくお願いいたします……あ、そろそろ出ないと! それじゃ、モーヴさん、ボリーさん、お留守番よろしくお願いしますね!」
そう言って遥は白い使い魔と共にアパートを飛び出した。駆け足でアルバイト先のコンビニに向かう。夜の街は街灯の小さな光だけでいつも少し気味が悪くなるのだが、今日はボリーの使い魔が一緒なので心強かった。
遥の頭上で使い魔が言う。
「遥様、失礼ですが、いつもこんな夜遅くに働いておられるのですか?」
「いえ、いつもじゃないです。そんなにシフトを詰めているわけではないので」
「どうして昼間にお仕事をされないのですか? お節介かもしれませんが、このようなくらい時間に出歩くのは危険かと……」
「ああ、夜の遅い時間の方が時給が良いんです。それに、こう見えても俺は男ですから……深夜の時間帯に採用されやすかったんです。俺の務めているコンビニは、二十四時間営業なので」
「二十四時間も営業を!? なるほど……日本人が働きすぎているという噂は本当なのですね」
日本人が働きすぎているということは、良く海外の人間に言われていることだ。その噂が魔界にまで浸透しているとは驚きだ。遥は思わず苦笑する。
それから数分歩いたところに、遥の勤務先であるコンビニが見えて来た。遥は白い使い魔に言う。
「すみません、人間以外の生き物は店の中に入れなくて……」
「はい。存じ上げております」
使い魔は大きな翼を広げて遥に言った。
「お店の前の電線で見張っていますので、どうかご安心下さい」
「……ありがとうございます。本当に、何から何まで」
「では、お仕事が終わるのをお待ちしております」
そう言ってから、使い魔はばさりと電信柱に向かって飛び立った。
「……良い使い魔さんだな」
そう呟きながら、遥は店内に入ろうとした。だが、耳に飛び込んで来た怒鳴り声に思わず足を止める。
――あれ? この声……。
聞き覚えのある声だった。懐かしい。いや、二度と聞きたく無い、このしわがれた声は……。
「だから、風原遥を出せって言ってるだろうが!」
――っ!?
声の主は、忘れたくても忘れられない、遥の父親だった。最後に見たのは高校の卒業式の前日の夜。あの日に比べたら、ずいぶん老け込んでいる。頭髪には白い毛が多く見られ、顔もしわだらけだ。とても年相応に見えないその姿に、遥はぞっとして息を呑んだ。
「お客様、困ります!」
「ああん!? お客様は神様だろうが! ほら、さっさと風原遥を出せよ! ここで働いていることは分かってるんだからな!」
遥の父親は、怯えた様子の女性従業員に掴みかかろうとした。
――いけない!
遥は咄嗟にコンビニの中に飛び込んで叫んだ。
「待て! その人に触るな!」
「ああん!? 誰だお前は……遥? お前、遥か!?」
「……そうだ。俺が風原遥だ!」
父親は遥のことをしっかりと認識した後、叫びながら遥に殴りかかった。
「遥ァ! よくも俺から逃げやがったな! この親不孝者め!」
「っ!」
上手く避け切れず、遥は父親の拳を腹で受けてしまった。ふらりと倒れた遥の髪を、父親は乱暴に掴んで引きずり、店内を大股で歩き出す。
「遥、俺とお前はどういう関係だ?」
「……」
「何か言え! 親子! そう! 親子だろうが! それなのに、お前は逃げやがった! 俺を捨てようとしたな!? だが、そうはいかないぞ!」
「……どうして、ここが分かったんだ」
痛みを堪えながら遥が問う。父親は勝ち誇ったように笑いながら遥の髪を掴んでいる手の力を強めた。
「探偵サンに頼んだんだよ。便利だよなぁ。あいつら、金さえ払えばなんだって探し当ててくれる。家出した不良息子を探してくれって言ったら、一週間で見つけてくれたってわけよ」
「探偵なんて……そんなお金……」
「バアサンが残した金に決まってるだろ! 遥、これからお前はあの家に帰って俺の世話をするんだ。将来的には介護もな! 子供なら、当然だろう?」
「……そんなことは、しない。俺は、自分の人生を生きる……!」
そう言った遥に、父親は血走った目を見開いて遥の腹を蹴った。
「この馬鹿息子! もとをたどれば、お前が生まれて来たから俺の人生は狂っちまったんだ! だから遥、お前の人生も潰してやる! 覚悟しろよ!」
そう言いながら父親は空いていた手を大きく振りかぶった。
――殴られるっ……!
そう思って反射的に目をつぶった遥の耳に、大きな声が聞こえた。
「警察だ! 暴漢が出たと通報があった! お前か!」
「そこを動くな! 撃つぞ!」
遥が目をゆっくりと開けると、そこには二人の警察官が拳銃をこちらに向けて立っていた。
――ああ、レジの子が通報してくれたのかな……。
警察官の姿を見た遥はほっと安心して、身体の力がふにゃふにゃと抜けた。父親は「クソっ!」と呟くと、遥の髪から手を放して警察官に体当たりするかのように勢い良く走り出した。それを警官二人は避ける。父親はよろめきながら夜の街に飛び出して行った。警察官たちは目配せをすると、二手に分かれ、一人は父親を追いかけて行き、一人は倒れている遥のもとに駆け寄った。
「大丈夫ですか!? 怪我はしていませんか!?」
「……っ」
「しっかりして下さい! しっかりして……遥……!」
「……え?」
どうして自分の名前を知っているんだろう。そう思って遥は警察官の顔を見た。警察官の瞳の色は、見覚えのある紫色で――。
「モーヴ、さん……?」
「そうだよ、遥っ……来るのが遅くなってごめんね……!」
モーヴはぎゅっと遥を抱き寄せた。そして、ぼさぼさになった遥の髪を、丁寧に自分の手のひらでゆっくりを整える。
「どうして、ここに……?」
弱い声で訊ねる遥に、モーヴは小声で答えた。
「ボリーの使い魔が知らせてくれたんだ。遥が男に襲われているって……あの男に見覚えはある? それとも初対面……?」
「……父親です」
それを聞いたモーヴは絶句する。遥は身体を起こしながらモーヴに言った。
「前に話した……実の父親です」
「そんな……実の子供に、こんなに酷い暴力を振るうなんて許せない……!」
モーヴの瞳は怒りに満ち溢れている。遥は肩を落として「そういう奴なんです。あの男は……」と力無く言った。
「とにかく、今日は帰ろう」
そう提案したモーヴに遥は首を横に振る。
「平気です、俺は……こんな暴力、日常茶飯事だったから」
「駄目だよ。絶対に連れて帰る」
モーヴは遥の身体を支えて立ち上がらせ、レジの前で固まってしまっていた女性従業員に向かって、鋭い声で言った。
「君! この彼は怪我をしているから病院に連れて行く! 良いね?」
「は、はいっ!」
「それに、調書を取らないといけないからしばらくは帰せない。ここの責任者にそう伝えておくように! 良いかい?」
「はい! 分かりました!」
力強く警察官姿のモーヴにそう言われて、女性従業員は緊張気味にそう答えた。モーヴは満足そうに微笑み、遥に向き直る。
「さあ、行こうか」
「は、はい……って、わ!」
遥は軽々とモーヴに横抱きにされた。遥は足をばたつかせて抵抗する。
「歩けますから! 降ろして下さい!」
「駄目。怪我人は大人しくしていたまえ」
帰ったら、ぜんぶ治してあげるからね。そう言うモーヴの声を、遥は顔を真っ赤にしながら聞いていた。
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