第22話初めてのキス
アパートの部屋に入るなり、モーヴは遥のことを思いきり抱きしめた。モーヴからはふわりと良い香りがして、それが余計に遥の心臓を落ち着かなくさせる。
「も、モーヴさん……」
「遥……好きだよ」
言いながらくちびるを寄せるモーヴの胸を、遥が軽く押す。モーヴはまた不満そうな顔で言った。
「……今度は何? 僕、もう我慢できないよ?」
「いえ……俺、キスなんかしたことが無いから、上手に出来るか不安で……」
「遥……!」
どこか感激した様子のモーヴが柔らかい笑みで言う。
「大丈夫。教えてあげるから、全部……」
「モーヴさん……」
「目、閉じて」
言われた通りに目を閉じると、遥のくちびるに柔らかくて温かいものが当たった。
――ああ、キスしてる……。
遥は、遠くなりそうな意識でそう思った。頬に添えられたモーヴの手が、熱い。くちびるに触れているものは、もっと熱い――。
モーヴは何度かくちびるをくっつけたり離したりを繰り返してから、少し掠れた声で遥に言った。
「口、開けて。舌、出して」
「ん……」
緊張で遥は目を開けることが出来ない。なので、目をつぶったままでモーヴの言葉に従った。すると――。
「ん、んっ!?」
くちびるがくっつくのと同時に、何かが口の中に入って来た。それがモーヴの舌なのだと理解するのに数十秒かかった。初めての味わう深いキスに、遥の腹の奥がずくんと熱くなる。
「は、はふっ……」
「息、鼻でして」
遥の舌を、モーヴが掬い取る。ねちゃっ、ぐちゃっ、と唾液が混ざる音が耳に響いて恥ずかしい――恥ずかしいはずなのに、遥はその音に酔ったように聞き入った。もっと、もっとと、やがて自分からも舌を動かしてモーヴのものを求めてしまう。甘く、痺れるような感覚に、全身の血液が沸騰しているかのように思えた。
「遥……可愛い」
「ん、あ……」
「最高に、可愛い」
「ふ……」
モーヴがゆっくりとくちびるを離すと、互いのそこから銀色の意糸が引いた。遥の目はとろんと垂れ、うっとりとモーヴのことを見つめている。
「その顔は反則だよ……っと」
「んん……」
モーヴは軽々と遥を横抱きにすると、敷いてあった布団の上に横たえた。そして、寝かせた遥の上に覆いかぶさるようにして、またキスを再開する。今までのものは手加減をしていたのだろうか。今度のキスは、とても激しいものだった。
「ん、んっ……」
くちびるをむさぼるように押し付けられて軽く齧られる。舌で口の中をかき混ぜられて歯茎を刺激され、互いの唾液を混ぜ合わせると、また恥ずかしい音が耳を支配した。
「モーヴさん……ちょっと、ちょっと休憩……」
鼻で息をしろと言われても、初めてなので上手く出来ない。軽く酸欠状態になった遥は、とんとんと軽くモーヴの胸を叩いた。モーヴは眉を下げて「ごめん、ごめん」と言ってくちびるを離した。
「ごめんね。遥は初めてなのに……あんまり可愛いから、がっついちゃった」
「は……はっ……へ、平気です。その……気持ち良かったし……」
荒い息でそう返せば、モーヴは困ったように笑った。
「……そうやって、誘惑しないで? また遥のことを食べちゃいたくなる」
「た、食べ……!?」
けらけらとモーヴは笑った。
「ジャパニーズ、ジョークでしょ? カフェのマスターが言っていた」
「あ、ああ……」
顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。
――幸せだ。本当に、心の底から……。
余韻に浸る遥に、モーヴは「ところで……」と口を開いた。
「こっち、大丈夫? 苦しそうだけど」
「え?」
モーヴはズボン越しに遥の股間に触れた。遥の全身が跳ねる。言われるまでは気が付かなかった遥だが、そこはしっかりと反応を示していて、硬度を増していた。
「あ……」
「その……さっきから、僕の足に当たっていたから……気になって……」
「お、俺……す、すぐに鎮めますから……!」
真っ赤になってそう言う遥の身体に、モーヴは畳んであった毛布をかけた。
「仕方ないよ、男だし、ね?」
「も、モーヴさんは平気ですか?」
「まぁ、僕はまだ大丈夫。もうちょっと続けていたら、遥と同じようになっていたと思うけど」
「そう、ですか……」
経験が豊富な人は違うんだなぁ、と遥はしみじみと思った。そんな遥の頬を、モーヴがつんつんとつつく。
「今、僕のことを慣れてる奴だって思っただろう?」
「お、思っていません」
「本当に?」
「……経験が豊富なんだなぁ、とは思いましたけど」
「一緒だよ、それ」
モーヴはふっと笑って遥に言った。
「確かに僕は……経験が豊富な方だけど、こんなに心から人を好きになったのは遥、君が初めてなんだからね? そのことは忘れないで欲しいな?」
「ふふ。分かってます。俺だって……こういう恋はしたことが無いですし」
「え? じゃあ、遥の初恋は僕ってことで良いの?」
「そうですね。そういうことになりますね」
遥の言葉を聞いて、モーヴは涙を浮かべて横たわっている遥に抱きついた。
「遥っ! 大好きだよ!」
「ちょ、待って下さい! まだ鎮まってないから……」
「鎮めてあげようか?」
「っ……! モーヴさんの馬鹿!」
「あはは! 冗談だよ!」
「……もう!」
笑い合いながらじゃれあっていると、こんこんと玄関のドアが鳴った。ドアを叩いた主は遥の返事を待たずに勝手にドアを開けて中に入ってくる。やって来たのは、ボリーだった。彼は慌てた様子で靴を脱ぐ。
「大変だって遥っち……って、何やってるん? 二人で」
「あ、いや……」
「ボリー、城の主の返事を待たずに勝手に入ってくるなんてマナー違反だよ?」
「メンゴメンゴ! 俺っち急いでてさーって、急がなきゃいけないのは遥っちなんだけどなー!」
「……どういう意味?」
眉をひそめるモーヴに、ボリーが説明する。
「俺っち、黒い使い魔っちに会ったんだけど、あの使い魔っち、予知夢を見たんだって!」
「予知夢?」
「そーそー。その夢によると、遥っちがめっちゃピンチになるらしい!」
「お、俺が?」
身体を起こして遥が問う。ボリーは深く頷いた。
「何か、悪魔がやって来るって言ってた! 遥っち、何か心当たりある?」
「え……悪魔なんて、そんな知り合い居ないですよ……」
「だろーな……よし! 俺っち、遥っちの護衛をする!」
「はぁ!? 護衛!?」
声を上げたのはモーヴだ。彼は遥のことを背中から抱きしめながらボリーに言う。
「護衛なんて要らないよ! 何かあれば、魔王である僕が遥のことを守ってみせるからね!」
「……ははーん。お二人は……ははーん……」
にやにやとしながらボリーは言う。
「一人より二人の方が、遥っちのことを守れるっしょ!」
「まぁ、それはそうかもしれないけど……」
「安心したまえ、モーヴっち!」
ボリーはぐっと胸を張って声高らかに言い放った。
「君ら二人の邪魔はしないから!」
「な……」
「どれだけ隣でいちゃいちゃされてもー、俺っちは何も見ていません、聞いていませんー! きゃあ! すけべ!」
「馬鹿! そんなことするわけ無い……だろう?」
そういうモーヴはどこか自信無さ気だ。遥は苦笑する。
「えっと……どんなことが起こるのか分からないですけど、魔王様と勇者様が傍に居てくれると心強いです。ありがとうございます」
「良いってことよー! 苦しゅうない!」
そう言ってボリーは、遥の手を取りそこに軽くキスをした。
「貴方のことは、私が全力でお守りします」
「な……」
「こら! 馬鹿ボリー!」
「あっはは! おもしろいことになったなー。一生からかってやろう。ぐふふ……」
けらけらと笑うボリーを、モーヴはきっ、と睨みつけた。遥は苦笑する。
――悪魔ってなんだろう……。
一抹の不安が遥の胸をよぎる。けれど、この二人が居れば、大丈夫。そう遥は確信していた。
――どうか、大変な事態にはなりませんように……。
そう祈りながら、言い合う二人の間に割って入る。この日の夜は賑やかに更けていったのだった。
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