第21話告白
地下鉄に乗ってたどり着いたのは、初めてモーヴと出かけた場所である、縁結びの神社だった。昼食時だからだろうか、参拝客の姿は見えない。
参道の端を歩くモーヴの背中を、遥は黙って追いかけた。
「えっと、二回お辞儀をして……」
五円玉を賽銭箱に入れたモーヴは、急ぐ様子でマナーに従い手を合わせた。そのまま、しばらくの間動かなくなったモーヴのことを、遥はじっと見つめていた。
どれくらいの時間が経っただろう。さすがにやりすぎだと感じた遥は、モーヴに声をかけようとした。だが、その前にモーヴが目を開けて、ぺこりと頭を下げる。遥は出かかった言葉をごくりと飲み込んだ。
「……今日はお礼を言いに来たかったんだ」
「お礼?」
「そう。僕の祈りをちゃんと聞いてくれた神様に、お礼のご挨拶をしたかった」
さらさらと春の風が遥とモーヴの髪を揺らす。
――ああ、そうか。
遥は儚げに笑う。
「初恋、見つかったんですね」
「うん。見つかった」
「……おめでとうございます。これで――」
魔界に帰れますね。
その言葉を言う前に、遥はモーヴに正面から抱きしめられた。
――は、え……?
突然の出来事に、遥は固まった。意味が分からない。どうして――どうして自分は今、モーヴに抱きしめられているのだろう。遥は震える手で、モーヴの背中を軽く叩いた。
「モーヴさん……? どうしたんですか?」
「……き、だ」
「え?」
「遥、僕は、君のことが好きだ」
遥は顔を上げてモーヴを見る。その表情は冗談を言っているようなものでは無かった。紫色の瞳が、真剣に遥を映している。
――モーヴさんが、俺のことを好き……?
信じられない。そんなこと……信じられない。けれど――。
……嬉しい。
遥は、顔をモーヴの胸に埋めた。その頭を、モーヴは優しく撫でる。
「恋とは恐ろしいよ。気付いたら、遥。僕は君の中に落ちていた」
モーヴはさらに強く遥のことを抱き寄せる。
「スミレさんやボリーと仲良くしている君を見て、彼らに嫉妬した。遥の笑顔を独り占めしたくて……大人気なく僕は妬いていたんだよ」
「え……?」
気が付かなった。まさか、モーヴがそんな感情を抱いていただなんて、知らなかった。遥は「実は……」と口を開く。
「俺も、スミレさんやボリーさんのことが羨ましかったんです。モーヴさんの隣にいても違和感の無い二人のことが、どうしようもなく羨ましかった……」
「違和感? 遥も違和感なんて無いよ?」
「ありますよ……俺、小さいし、童顔だし……コンプレックスだらけなんです。けど、スミレさんもボリーさんも堂々としていて……格好良い人の隣には、精神的にも格好良い人が相応しいって思って……」
「そんなの、関係無いよ。可愛い人、僕の……大切な初恋の人」
モーヴはその場に跪き、そっと遥の手を取ってキスをした。遥の心臓が跳ねる。
「遥、僕の初恋は、遥だよ」
「……俺なんかのどこが良かったんですか?」
遥の問いかけに、モーヴは微笑みながら答える。
「まず、真面目なところ。それから、僕のことを考えて一生懸命動いてくれたところ。優しくて太陽みたいなところに、料理が上手なところ。それから……」
「ああ、もう良いですっ!」
聞いていて恥ずかしくなった遥は慌ててモーヴの言葉を遮った。だが、モーヴは止まらない。
「遥、君はコンプレックスだと言うけれど、その愛らしい容姿も好みだ。表情がころころと変わる瞳も美しい……時々、作り笑いをする癖は止めて欲しいのだけれど」
作り笑いすらもモーヴにはお見通しだったようだ。遥は苦笑する。
モーヴは立ち上がり、遥に向かって深々と頭を下げた。
「遥、僕にたくさんのことを経験させてくれてありがとう。これで、悔いなく魔界に帰れるよ」
「モーヴさん……」
「では、さようなら。愛しい人、お元気で!」
「……え!? ちょ、ちょっと待って下さいよ!」
唐突に魔界に帰ろうとするモーヴのジャケットの裾を、遥は必死で掴んだ。
「俺の! 俺の気持ちは訊かないんですか!?」
「え? 遥の気持ち……?」
モーヴ目を丸くする。
「遥の気持ちって、何を聞けばいいの? これ以上、辛いのは嫌だよ、僕は」
「辛いって……どういう意味ですか?」
モーヴは口ごもる。
「だって……初恋って叶わないものなんだろう? そう恋愛指南書に書いてあったんだ。だから、遥、君へのこの熱い思いを大切にしたまま、僕は魔界に帰りたい」
「……は?」
「大好きだよ、遥。けど、遥は違うよね。僕のことを好きじゃ無いよね?」
「好きですけどっ!? 俺もモーヴさんのことが大好きですけどっ!?」
思わず遥は叫んでしまった。なんともムードの無い告白の仕方だと思う。けれども、勝手に話を終わらせようとしたモーヴに対して、このくらいの感情をぶつけないと気が済まなかった。
モーヴはぱちぱちと瞬きを数回繰り返した後で、震える声で言った。
「……本当? 遥、本当に僕のことが好き?」
「はい! 好きです! 本当に……好きです!」
「遥……!」
二人は見つめ合って、抱きしめ合った。
――嬉しい。こんなに嬉しいのは……初めて。
同じ気持ちになることが、こんなに心を満たすものなのか。遥はぽかぽかとする心でそう思った。
「遥……」
目を細めて顔を近付けてくるモーヴの胸を、遥は必死になって押した。
「……どうしたの? キスは嫌い?」
むすっとした様子でモーヴが訊く。遥は低い声で言った。
「ここは、神社です。神聖な場所で、キスは禁止です」
「ええっ!? まぁ……そうだね。神様の前でいちゃいちゃするのは良く無いか……」
それじゃあ、とモーヴは遥の手を取って早足で歩き出した。
「早く帰って、いちゃいちゃしよう!」
「は? ええっ!?」
モーヴに引っ張られるようにして、遥は来た道をたどる。くすくすと、縁結びの神様がどこかで笑っている気がした。
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