第7話この世界に来た理由

「お茶です。あの……モーヴさん、いえ、モーヴ様のお口に合うか分かりませんが」

「モーヴ様だなんて止してよ! せっかく友達になれたのに!」

「と、友達!?」

 魔王という肩書を無しにしたら、ただの客人だと思っていた遥は、モーヴの「友達」という言葉にどきりとした。この街に逃げてからこれと言って親しい友人など出来ていない遥にとって、その言葉はとても新鮮だった。

 どぎまぎする遥に、モーヴは眉を下げる。

「もしかして嫌だった? 僕と友達になるのは」

「いえ、そんなことは無いです! 無いですけど、あんまり親しくするとあのカラスさんに怒られるんじゃないかな……」

「ああ、あいつね」

 モーヴはくちびるを尖らせる。

「口うるさい奴なんだ。使い魔……えっと、僕の世話係の一番偉い奴なんだけどね。小言ばかりで嫌になるよ。それより……」

 ずいっとモーヴが遥に顔を近付ける。

「遥、どうして君は使い魔の言葉が聞こえるの?」

「え?」

 どうして、と訊かれても困る。そんなこと、遥の方が知りたいくらいだ。

 うーんと首を傾げる遥に、モーヴが「もしかして……」と口を開く。

「どこかで使い魔に触った?」

「え?」

「本来、ああいう使い魔……遥の世界ではカラスだね。カラスは人間には言葉を拾われないように魔術を使っているんだ。けど、身体やその一部に触れられると、その効果は無くなってしまう」

「触ってなんか……あ」

 遥は自身の鞄を手に取り、中から黒い羽根を取り出した。

「カフェで、エプロンについてた羽根です」

「ああ! やっぱり触ってたか……遥、だからあのカラスの言葉が分かったんだよ。そうか……ごめんね、怖かっただろう?」

 頭を下げて詫びるモーヴに、遥は慌てて「顔を上げて下さい!」と促す。こんな場面をあの使い魔カラスに見られでもしたら、どんな恐ろしい目に合うか分かったものではない。

「そういえば……モーヴさんもカラスさんも日本語お上手ですね! 勉強されたんですか?」

 さっと遥は話題を変えた。モーヴは「いや……」と呟く。

「僕やカラスみたいに魔力を持つ者は、訪れた世界に適した言語を自然に話すことが出来る」

「へ、へぇ……」

「今は日本に居るから日本語を話せているんだ。この前はちゃんとフランス語で旅行していたよ。もう今は『ボンジュール』くらいしか覚えてないけどね。ちゃんと勉強したらこの人間界のすべての語学をマスター出来るかも」

 くすくすとモーヴは笑う。便利な能力だなぁ、と遥は少し羨ましくなった。

「えっと、質問しても良いですか?」

「うん。何でも訊いてよ」

 ぬるい緑茶を飲みながらモーヴが微笑む。遥は、緊張気味にモーヴに問うた。

「……魔王さんがこの世界に何故来られたんですか? まさか……侵略とか?」

「侵略!? まさか! 遥は面白いことを言うね!」

 けらけらとモーヴは笑う。

「あれだ、遥は魔王は人間を食べたり悪さをしたりするって思ってるんだろう?」

「えっと……はい」

「うん、正直でよろしい!」

 モーヴは手を伸ばして、ぽんぽんと遥の頭を優しく撫でた。

「そんな恐ろしいことはしないよ? それは人間たちが勝手に魔王につけたイメージだ。僕の魔界では、そんなことはありえない。だから、怖がらないでね?」

「う……はい」

「魔王って言ってもね、先祖代々魔王だから魔王を継いだって感じだし? それは勇者も同じって感じでね」

「勇者!? 勇者もモーヴさんの世界には存在しているんですか!?」

「居るよ? 勇者だってそういう職業だし。僕とは飲み友達だし」

 モーヴの住む魔界のことが、ますます分からなくなってきた遥だ。魔王と勇者は敵同士で、日々戦いを繰り広げているイメージしか無い。そんな二人が飲み友達だなんて、どう想像すれば良いのだろうか。

「じ、じゃあ、いったい何をしにこの世界に……?」

「……知りたい?」

 湯呑を置き、モーヴは真剣な表情で遥を見た。思わず遥の背筋も伸びる。

「僕が、この世界に来た理由。それはね……」

「……」

 遥は息を呑む。膝の上で握った拳に自然と力が入った。

「この世界で、僕は……」

「……」

「初恋を、初恋を探したいんだ……!」

「……へ?」

 予想外の言葉に、遥の口から間延びした声が零れた。

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