【掌編】運命の人~僕とつきあってください~【1,000字以内】

石矢天

運命の人 ~僕とつきあってください~


 時間は深夜2時を回っていた。


 男は深夜に散歩をするのが日課だった。

 その日、家から少し離れた公園で、男は出会ってしまった。


 春物のピンクのロングコートを着たその女性は、月の光に照らされて、まるで女神のように見えた。


 ふわりと漂う、かぐわしい匂い。

 巷で売っている香水やお香では無い。

 男の心の底を優しく、かつ情熱的にくすぐる。


「運命の人だ」


 男はつぶやいた。

 女が振り向いた。


 ああ、なんて魅力的な瞳だろう。

 男は一瞬で女のとりこになった。


(彼女は同類だ)


 そう確信した男は、女に近寄って告げる。


「不躾で恐縮です。僕とつきあってください」


 女は驚いた様子もなく、微笑みと共に返答する。


「私で良ければ、ぜひ」


 男はポケットに突っ込んでいた右手を、女の方に向ける。

 女もロングコートの袖に隠れていた右手を、男の方に向けた。



 2人の手には刃渡り30cmを超えるサバイバルナイフが握られていた。


 閑静な公園にキィン、キィンと、金属がぶつかる音が響く。


「ああ、なんて楽しんだ。こんなに幸せな時間は初めてだよ。君に会えて本当に良かった」


 男は満面の笑みを浮かべて、サバイバルナイフで女の心臓を狙う。


 これまで男は、このサバイバルナイフで14人をあやめている。

 人を殺せば一時的に気持ちは収まるが、満足感を得られたことは無かった。


「わたしもよ。名前も知らないあなただけど、きっとあなたは私の運命の人だわ」


 男の一撃を躱した女は、すれ違い様にサバイバルナイフを繰り出し、男の腹部をかすめた。


 鮮血がピンクのロングコートに跳ねる。


「君のコートが僕の色の染まっていく」

「もっと、もっとよ! もっとちょうだい!!」


 2人の腕が交差して、月明りが影を浮かばせる。


 男のサバイバルナイフが女の肩を、頬を、脇腹を抉る。

 女のサバイバルナイフが男の腕を、鼻を、太腿を抉る。


 辺りに血の匂いが漂う。

 男が女と出会ったときに、ふわっと漂ってきた香ばしい鉄のような匂い。


 アドレナリンとドーパミンが脳からドバドバ出ている気がする。


 そして、2人の影が重なった。


「ああ、熱い。君は本当に最高だ」

「天にも昇る気持ちってこういうことを言うのね」


 男のサバイバルナイフは女の心臓に。

 女のサバイバルナイフは男の心臓に。


 男と女はナイフから手を放して抱きしめ合う。

 サバイバルナイフはより深く、2人の心臓に突き刺さっていく。



 2人は運命の相手と最高の出会いをした。

 2人は自分達と相容れないこの世界と最高の別れをした。

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【掌編】運命の人~僕とつきあってください~【1,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya

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