卒業式の日に、憧れだった女教師に告白してお別れをしたら、出会いの始まりでした

さばりん

高校最後の告白は、別れであり出会いである

 桜の花びら舞い散る三月の卒業式。

 季節も春の彩を見せる中、俺、岡本淳也おかもとじゅんやは一人国語準備室を訪れた。

 コンコンと扉をノックすると、中から『はーい』と声が聞こえてくる。


「失礼します」


 スライド式の扉を開けて中に入ると、卒業式でに身に着けていたスーツ姿の加奈かな先生が机に座っていた。


「あら、淳也君」

「どうも……」

「いらっしゃい。何か飲む?」

「いえっ……今日は先生に言いたいことがあって来ただけなので」

「ん、私に言いたい事?」


 加奈先生は、きょとんと首を傾げて、俺が何か言ってくるのを待っている。

 俺は一つ息をついてから、深々と頭を下げた。


「三年間、本当にお世話になりました」


 俺が加奈先生へ感謝の意を込めてお礼を言うと、先生はふっと笑みをこぼした。


「いえいえ。淳也君も、卒業おめでとう」

「ありがとうございます」

「この三年間、よく頑張ったわね。私も三年間淳也君が卒業できてうれしいわ」


 俺が顔を上げると、嬉しそうに微笑む加奈先生を見て胸がキュンと締め付けられる。あぁ、もう加奈先生の姿をこうしてみることもないんだなと思うと悲しい気分にさせられてしまう。

 だからこそ、俺は一つ大切な事は言わなければならなかった。


「加奈先生」

「ん、何かしら?」


 俺は大きく息を吸ってから、今出来る最高の笑顔で言い放った。


「俺、先生の事が好きです。教師としてではなく、一人の女性として」

「……淳也君」

「振られるのは承知の上です! でも、どうしても最後にこの気持ちだけは伝えておきたくて……今日を逃すと、もう会える機会もないですし。後悔するから……」


 俺がぐっと感情を堪えながら言いきると、椅子から立ち上がった加奈先生がこちらへと向かってくる。

 そしてお互いに向かい合うと、加奈先生はふぅっとため息を吐いた。


「私はあなたの事、三年間一生徒として教えてきたつもりよ。だからごめんなさい、あなたの気持ちに答えることはできないわ」

「そう……ですか」

「でもありがとう。告白してくれて」

「いえっ……その、三年間お世話になりました」

「こちらこそ、ありがとうね」

「それじゃあ……失礼します」


 俺が項垂れつつ立ち去ろうとすると、突然ガシっと手を掴まれた。

 何かと重い顔を上げた途端、俺の唇に柔らかい感触が触れる。

 目の前には、加奈先生の顔があって……。

 俺は混乱したまま、加奈先生のされるがままにキスをされていたのだ。


「せ、先生⁉」

「ふふっ……ギュゥゥゥゥッ!!」


 すると加奈先生は、俺に思いきり抱きついてきた。


「ちょ、か、加奈先生⁉」

「ごめんなさい淳也君。私は一ついけない罪を犯したわ」

「罪……ですか?」

「そう……本当は、私の方から言わなきゃいけなかったわね」


 そう言って、俺の首に手を回したまま、真正面に顔を近づける加奈先生。

 軽く香ってくる大人びた香水の匂いが、俺の鼻孔をくすぐる。


「今日であなたとはお別れ。でも今日家に帰ったら、あなたとの出会いなの」

「えっと……どういうことですか?」

「私はね、生徒としてのあなたとは付き合えないけど、淳也君という男の子であれば、お付き合いしてもいいってことよ」

「えっ……」


 まさかの展開に、俺は素っ頓狂な声を上げることしかできない。


「だから……」


 そう言って、加奈先生はポケットから一つ紙切れを取り出したかと思うと、それを俺のブレザーの胸ポケットに仕舞い込んだ。


「これが私の教師としての唯一の罪よ。内緒にしておいてね♪」


 可愛らしくウインクする加奈先生を見て、俺は目をぱちくりさせてしまう。


「帰ってから見るのよ? それじゃ私は、職員会議があるから先に行くわね」


 加奈先生は俺から離れると、準備室を先に後にしてしまう。

 一人取り残された俺は、見るなとは言われていたものの、胸ポケットに入れられた紙切れを取り出して中身を覗き込む。

 そこには、加奈先生の連絡先と住所が添えられていて、P.Sには――


『今度の休日、この住所に来て頂戴。いつでも歓迎するわ』


 と書かれていた。

 俺は思わず脱力してしまう。


「なんだよこれ……ははっ、はははははっ」


 変な笑い声が出てしまうのも無理はない。

 なぜなら俺は、先生にOKを貰ってしまったのだから。

 恐らく、加奈先生にとっては生徒としての別れであり、一人の男としての出会いの始まりであったということなのだろう。

 ただ、この紙切れだけは、俺がまだ生徒の時に渡してしまった罪だと推測する。

 そして、俺はふと自身の口元を押さえた。


「ってか、キスも反則では?」


 そんなことを思いつつ、家に帰ったら絶対に加奈さんへ連絡をしようと誓うのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

卒業式の日に、憧れだった女教師に告白してお別れをしたら、出会いの始まりでした さばりん @c_sabarin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ