出会い厨

碓氷果実

出会い厨

 出会いがない、と冗談半分、本気半分で愚痴ったら、

「でも不意に舞い込んだ新しい出会いなんて、良いもんじゃないよ」

 とYさんは言った。



 行きつけのでたまたま隣に座ったのがYさんだった。

 平日の夜なのにパーカーにジーパンというラフな格好で、ジャケットを脱いでネクタイを緩めている僕からすればうらやましい。聞けば在宅で働くプログラマーだと言う。

 こんなところに来るからにはお互い怖い話が好きで、ホラー映画や怪談本の話でしばし盛り上がったが、ふと冷静になると、にこんな薄暗いけどムードのない(人体模型とかが飾ってるのである意味ムード満点だが)店で、男二人むなしいですねと、冒頭の発言につながった。

「新しい出会いなんて、あればあるだけ良いじゃないですか」

 僕の言葉にYさんは眉間にしわを寄せて首を振る。そしてもったいつけるように一呼吸置いて、話し始めた。

「去年の夏頃かな。LINEに友達申請が来たんだよ。それが、高校時代の同級生と同姓同名だったから、ああ、あの子か、と思って許可したんだ」

 相手の名前を仮にAさんとしよう。Aさんは特別可愛いというわけでもないが、男分けへだてなく接するタイプで、女子の友達が多くなかったYさんにとってはほぼ唯一仲の良い女の子だったそうだ。

「で、しばらくは元気だった? とかってやりとりして。向こうもYくん久しぶり〜とか送ってきて、今の仕事とか趣味の話とかで意外に盛り上がって。でも途中から、なんか話がみ合わなくなってきたんだ。で、話を整理してみると、相手は俺の知ってるAちゃんとは同姓同名の別人で、向こうも俺を同姓同名の別人と勘違いしてたんだと」

「へえ! そんな偶然、なんか恋愛ドラマの導入みたいじゃないですか」

「俺もそんなことあるんだ、って思ったよ、その時は。それまでのやりとりで結構仲良くなってたし、ブロックとかはせずにそのままにしてたんだ。それからは、趣味関係の情報交換でたまに連絡を取るくらいだったんだけど、ある時、その子から着信があった」

 女の子の方から電話までかけてくるとは、かなり脈アリなのではないか? 僕自身は本当に女性に縁がなく、連絡があったかと思えば勧誘だったりと散々な経験ばかりなので、内心Yさんに嫉妬した。

「その時は電話取れなかったから、気付かなくてごめん、どうしたの? って送ったんだ。そしたら、」

『間違って電話かけちゃったみたい! 気にしないでください』

「って。なんだぁ、と思って気にしてなかったんだけど、そこからその子の態度がちょっと変わって……」

 Yさんは思い出したのか少し嫌そうな顔で

「連絡が増えたんだ」

 と言った。

「……それはいいじゃないですか別に」

 モテ自慢か? と、つい不満がにじんだ声を出すと、Yさんは苦笑する。

「いや、まあ最初は俺も悪い気はしなかったよ。でも会ったこともないのに、今何してるんですか? みたいなのが何度も来ると、ちょっと気持ち悪いというか。ほら、距離の詰め方がおかしいやつっているでしょ? そういう感じで違和感が出てきて。返信も二回に一回、三回に一回とちょっと減らしてみたりしたんだけど」

 Aさんからの連絡は増える一方だったらしい。無意識に想像していた清楚せいそで可愛らしいAさんのイメージが、徐々に陰気な、執念深そうな女性に変わっていく。

「しばらくしたらまた電話がかかってきて。今度はその時に気付いたから、ちょっと悩んだけど出てみたんだよね。直接話したほうがいいかなと思って。で、応答したら」


 ザザッ、ガッ、ゴソゴソ


「ノイズだった。もしもし、って呼びかけても特に返事もなし。誤発信かな、と思って、そっちの声聞こえないから切るね、とだけ言って切ったんだ」

 そこでYさんは一旦話を止め、飲み物を頼んだ。僕も一緒に注文をする。

「それから、メッセージはなくて、着信だけが来るようになった。何度か取ってみたけど毎回ノイズだけ。それで俺からメッセージ送ったんだ。着信、ずっとノイズだけどどうかした? 誤作動だったらごめんね、的な感じで。その返事が」


『Yくんの声聞きたくて……迷惑かな?』


「ん? と思ってさ。こっちはノイズしか聞こえてないけど、向こうでは俺の声聞いてるの? と思って、『聞いてるならなんか喋ってよ(笑)』って送ったら、『いつも喋ってるじゃん』って。それで一回俺からかけてみたんだけど、通話状態にはなるんだけどやっぱり聞こえるのはノイズだけなんだ。意味がわからないからさ、その後は着信は取らないようにしてた」

「それ、大丈夫なんですか……?」

 羨ましいという気持ちは完全に吹き飛んだ。Aさんはいわゆるメンヘラというやつなのではないか? 無視なんかしたら、余計悪いことになる予感しかしない。

「うん、大丈夫じゃなかった」

 運ばれてきた新しいカクテルを一口飲んで、Yさんは肩を落とす。

「なんで出てくれないの? みたいなメッセージがわんさか届いて、最後には『もういい、あいにいく』って」

「こわっ!」

「俺も正直ビビったけど、まあ住所とか知りようもないし大丈夫だろと思って未読スルーにしてた。今思えばこの時点でブロックしてれば良かったんだけどなあ」

 突撃予告を受けた週の、日曜日の昼間には起きたのだという。

「家でぼーっとしてたら、スマホがぶんぶん鳴り出して。なにかと思ったら、そのAさんのアカウントから、鬼のように着信が入ってるの。えっどうしよう怖い! と思って、無視するか、出て怒鳴りつけてやるか、迷ってたら鳴り止んで。それで俺、何を思ったのか、こっちからかけ直したんだよ」

 通話ボタンを押してスマホを右耳に当てる。呼び出し音が聞こえる。と、反対の耳でなにか異音を察知した。ぶーん、ぶーんというバイブの音。

「例のメッセージもあったから、まさかと思って。反射的に音の方を向いたんだ。そしたら」


 窓の外に、女の顔があった。


 その日は快晴で、抜けるような青空と近所の公園の緑は鮮やかなのに、女の顔はモノクロ写真のように彩度が失われ、窓ガラスに張り付くようにこちらを見ていた。


「思わず悲鳴を上げたよ。それでパニックになって外に逃げようとしたんだけど、その時、俺パンイチだったんだ。玄関開ける直前にそれに気付いて、どうしようもないから部屋に戻って、意を決して窓を確認した。当然、女なんかいなかったよ」

 俺の部屋、四階なんだけどね――Yさんはため息を吐くようにそう言った。



「……女の子との出会いの話じゃなくて、おばけの話じゃないですか!」

「だって君、おばけの話好きでしょ?」

「まあそりゃそうですけど……それで、AさんとのLINEはその後どうしたんですか?」

 なんの気無しにそう訊くと、Yさんはああ、と言ってなぜか力なく笑った。

「それが、その直後にAさんのアカウントからメッセージが来たんだ」


『ごめんなさい、ちょっと思ってたのと違いました』


「ってさ。それで、多分向こうからブロックされた」

「ええ……」

「どう、怖い話でしょ」

 自虐じぎゃく的に笑うYさんに答えられずに、僕はジントニックの残りを飲み干した。

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