朝、窓越しに出会い、別れる。
@aqualord
第1話
どんよりとした朝。
いつものように窓を開けて歯磨きをしていると、ごそごそという草をかき分けるような音が聞こえた。
風の音でないとすれば、心当たりは小動物しかない。
何がいるのかと若干の期待を込めて私は窓に顔を近づけた。
またごそごそという音がして、細長い茶色い体の小動物が見える。
猫だ。
私は少し意外だった。
この辺りに住んでいる野良は、白黒のハチワレだけだと思っていたからだ。
「おい。」
恐がらせないように、軽く声をかけた。
猫は、立ち止まって振り返った。
「おはよう。」
もう一度声をかけても、猫は私の顔を見るだけだった。
返事もしなければ立ち去りもしない。
まあ、いいや、と思い、私は窓から顔を引っ込めた。
そういえば、2,3日前から、夜、猫の求愛の鳴き声が聞こえていた。
私はてっきりハチワレの声だと思っていたが、あるいはこの猫の声だったかも知れない。
この猫はいつの間にか私の家の周りに生活圏を築いていたのだろう。
今の遭遇はこの猫との初めての出会いであり、これからしばらくはこの猫とつかず離れずのお付き合いすることになるのかもしれない。
そう思い至って、私はもう一度窓に顔を近づけてみた。
「よろしく。」と声をかけるつもりだった。
だが、既にあの猫は立ち去った後だった。
ハチワレはどうしたのだろう。
最後に見たのは、あれはいつだったのか。
たしか、ハチワレも今日と同じように朝、この窓から視線を交わしたのが最後だったように思う。
思えばあれがハチワレとの別れだった。
最後になるとわかっていたなら「さようなら。」と声をかけてやりたかった。
私は,既に姿を消していたが、茶色の猫に言うつもりで窓の外に声をかけた。
「また逢おう。」
と。
朝、窓越しに出会い、別れる。 @aqualord
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