第4話「推したい気持ち/お慕い気持ち」(2)

「え? どうしたって?」

「いや、今日は元気ないな~って思って」

「そう? 僕は普通に元気だけど」

「……そうはあんまり見えないんだけど──やっぱり昨日のこと、気にしてる……?」

「ん。いや、その──」


 僕は答えに困窮してしまう。

 そこまで顔に出ていたのかと不思議にも思った。


 たしかに昨日のことが今も尾を引いている。

 僕にしては珍しく思い悩んでいると言えよう。

 とはいえ、嫌なことがあったとかの話でもないし、自分でもわからない謎の引っ掛かりだ。

 それをとても心配そうに声を掛けてくれたまりに、どう話せばいいのか困ってしまったのだ。


「いや~何かあったでしょ? いつもね、もっと謎の幸福感に包まれた顔してるもん。どうしたハルっち~?」


 と、軽い空気を纏った人がまりの背中からひょこっと現れた。


「いや、私っちもなんか気になってたし、丁度その話してるみたいだったから首を突っ込んだ次第です。邪魔なら去るよ!」


 こまちゃんはてへっと言った感じに舌を出した。

 こまちゃん──昨日は紹介がそこそこになってしまったが、フルネームは結(ゆい)南(な)こま。

 羊羹色のショートツインテでまりと同じくらいの身長で可愛らしい女の子。


 一人称が謎の「私っち」でお喋りが上手。僕のことも「ハルっち」と呼ぶし、○○っちが好きなのかもしれない。

 先日の挨拶からも察することができると思うけど、かなり自由奔放で愉快な性格だ。


 まりの親友で、僕とも仲良くしてくれている中学からの唯一の知り合い。今更だけど、地味に僕の中学のときの男友達はこの学校にはいない。

 というのも、高校デビューがしたかったとか、友達がいなかったという悲しい過去があるとかではなく、何故か僕の友達だった子はめちゃくちゃ頭が良い人ばっかりで、みんな有名進学校に行ってしまった。その時は、みんな頭が良くて僕も友達として鼻が高い! という感じだったけど、今思えば勉強を教えてもらえばよかったとも思う。

 ある意味悲しい過去だ。

 まあ最初友達はいなかったけど、この高校でははつと出会えたし、それにまりとも一緒だし、勿論こまちゃんとも一緒なので僕はこの高校に来られてよかったなと思っている。


 ともあれ。

 こまちゃんのおかげで軽い空気になったので、僕は軽く返答する。


「いや、別に邪魔じゃないよ。ね、まり

「うん。てか、こまも気になるくらいの深刻そうな顔してるんだよ、ハル」

「そうだ。いつもみたく、もっと幸福そうな顔をしないとだぞ、ハルっち」


 幸福そうな顔って。

 僕、いつもそんな顔してるのか……?


「え、というか、今、僕、どんな顔してる?」

「メールに『チケットをご用意できませんでした』って書かれてたときみたいな顔だねぇ」


 こまちゃんがとても残念そうにそう言う。


「それはかなり深刻なやつだ……!」


 絶対顔面蒼白じゃん。リセール通知即登録するやつ。


「そう──めっちゃ深刻そうなやつだ。いやさ、私っちも昨日元気そうだったのにって思ってまりっちに『なんかあったんかー?』って聞いたら、まりっちが死ぬ程心配してたから気になってたんだよね。ね! まりっち!」

「べ、別に⁉ ハルがいつもの幸せそうな顔で元気じゃないとあたしも調子狂うし⁉」


 まりがツンデレみたいな台詞を言って、ツンデレみたいにふんとそっぽを向く。

 リアルツンデレ幼馴染がここに……! 

 てか、そこまで心配してくれてたのか。それは申し訳ないな!


「まあ、僕としては今日もまりが元気そうでなによりだけど」

「なっ⁉ て、てかあたしの話じゃなくてハルの話なんだけど⁉ その……あたし達でよかったら話、聞くけど……」

「ん~~~~~」


 と、僕は再度悩む。

 そこまで心配して頂くような話ではない気がするし。

 でも、二人とも心配してくれたことは素直に嬉しいし、まりが僕のことを言うなら本当にいつもと違ったのかもしれない──僕の知らない、僕のわからない、僕の異変。


 幼馴染だもんな。

 まあ、こまちゃんですら異変に気付くくらいだし(はつは何も言わなかったけど)。

 そういえば今までも、自分自身の馴染みない部分はまりの方がよくわかっていたりしたし、まりなら僕が何に引っかかってるかわかるかもしれない。

 別に隠すような悩みでもないし──それに口にすれば解決するかもと思い、僕は悩みを打ち明けてみることにする。


「……いやね、まりは知ってると思うけど、昨日圓まどかさんに『推しと付き合いたいの? 逢ってどうするの?』って聞かれて悩んでたんだよね。改めてそう問われたら、あれ、僕ってどうしたかったのかな? って」


 僕が神妙な顔で話し始めたものだから、さぞ重い話でもすると思っていたのだろう──こまちゃんが一瞬ぽかんとしてからすぐ声をあげて笑い始めた。


「あはは、なにそれ! それはウケる!」


 と、こまちゃん。

 まりはというと、


「うん……」


 僕と同じくらい真剣な面持ちで、何故かすごく真面目に僕の話を聞いてくれていた。

 僕としては「それだけ⁉ いつものことじゃない!」なんて言ってツッコむ話なのかと思っていたので意外と言えば意外だ。

 しかし、僕もわりと真剣な悩みと言えば悩みになってしまっていたので(僕はそこまで悩むタイプの人間ではない!)まりのちゃんと向き合ってくれている姿勢に救われる。

 だから僕は真面目に話を続けた。


「いやね、僕も単純に推しと付き合いてー! なんて言っちゃうようなキャラだったとは思うけど──」

「いや、ずっと言ってたやん!」


 こまちゃんに笑顔でばしんと肩を叩かれた。

 そうか、言ってたか。言ってたな。


 僕はそういう人間だった!


「言ってましたね。いや、だからこそ悩んだんだよ。自分で言ってる時は何も思ってなかったけど、他人にそれを本気で問われたとき──何か引っかかるなって思っちゃったんだよ」

「うんうん」


 と、まりがタイミングよく相槌を打ってくれる。


 いつも僕が語るから、僕の話に合わせるのが上手い──僕も喋りに調子が出てきた。


「あとなんか、推しと誰かが付き合うとかって、なんていうか普通にショックじゃん? みたいにも思えてきて。それがたとえ僕でも違うくない? って……色々考えたり」

「あ~、それはよくわかる。自分が~とかの妄想はしないけど、私っちも好きな芸能人の文春記事とかわりとショックだもんな~」


 こまちゃんが感慨深そうに漏らす。

 そしてそれは同意見だ。


「それな! derellaデレラの記事とか出たら僕ホントに死んじゃう!」

「関係ないけど、推しぴの配信でいきなり元カノの話されたときはびびっちゃったよね。やっぱ居るよね~って。膝枕が好きだったって言ってたな~」

「…………」


 なんかすごい話なんだけど……。

 リアリティある。

 僕、そんな話を配信でderellaデレラからされたら赤スパ投げて「その話やめて下さい!」って言っちゃうかも。厄介勢だと思われたら嫌だから流石にそれはしないけど。

 まあ深入りしづらい話題だったので僕は自分の話を続けることにする。


「だから僕は付き合いたいのかと真剣に──真面目に聞かれたとき、僕にその資格があるかとかも考えたし、自分は本当はどうしたかったんだろうな~ってめちゃくちゃ悩んじゃったんだよ。推しとは? ただ推したい? 推せばいいだけ? でもこの逢いたいって気持ちは? 好きって気持ちは? じゃあ──僕はderellaデレラに逢ってどうしたかったんだって」

「そうだったんだ……」


 と、まりは再度うんうんと頷き、僕の悩みにまっすぐ耳を傾けてくれる。


「ふむ。ん~、でも実際芸能人と付き合うなんて絶対無理じゃない? それなら身近な人と付き合っちゃえばその気持ちはクリアになって推し活動に専念できるんじゃない? 身近にきっといい人いるよ。ね、まりっち」

「え⁉ あ、えーっと、うん……たぶん」


 こまちゃんも僕の話が真剣だとようやく気付いてくれたようで、少し考えこむ素振りを見せてからこんな解決策を提示してくれた。

 でも、僕はそれに反論する。


「いや、こまちゃんの言う通り無理というのもわかってるんだよ。心の奥の何処かでは。でも更に奥では好きだから付き合いたい、結婚したいとかって気持ち、きっとあるんだろうな……というのもあるんだよね。それに僕、derellaデレラが好きなのに──他の誰かと付き合うとかって浮気じゃんって思うし。正直、推し大好きとか言ってるのに恋人いるとか引くし。はあん、君の推しへの気持ちってその程度なんだって。二度と推しの話をしないで……ってね。だから……derellaデレラ以外僕にはなくて──」


 僕は熱く語る。

 そうなのだ。

 話してみて自分の気持ちが氷解したというか、二律背反なんだということを理解する。自分の中で矛盾が生じているから悩んでいる──そんな感覚。

 付き合いたいのかと問われ──付き合いたいし、付き合いたくなかったんだ。


 


「僕はderellaデレラが大好きで、世界で一番好きなんだ。好き。大好き」


 僕は続ける。


──。推しなのか。恋なのか。愛なのか」


 推しとの関係というやつだろうか?


 何も考えてないときはderellaデレラ好き好き愛してるーって言えるけど。


 改めて自分と推しとの関係を考えたとき、果たして僕はどうしたかったのだろう?


 推しを推し続けるのが正解? それともやっぱり逢うための努力をするべき? 推しに──好きになってもらう努力をすべき? 

 なんて考えたんだ。

 そうしたら正解がちょっとわからなくなってしまって、珍しく──いや、きっと人生で初めてこんなに悩んでしまったんだと思う。

 

 好きの限界突破。


 ずっと自分はガチ恋と言い続けていた。

 でもようやくここで理解する。


 ようやく──ようやく答えに少し近づいた気がする。

 

 推しだけでも。恋でも。愛でもない。

 やっぱり、僕はなんだと。


 そして、この気持ちが、本当のガチ恋──なんだろうか、と。


 逢いたいし、付き合いたい。

 でも逢うのは怖いし、付き合いたくない。だって相手は推しで。僕は一般人で。付き合えないのは理解わかってる。おこがましいにも程がある。


 でも。


 どうしようもなく大好きで──。

 絶対嫌われたくなくて──。


 だから誰のものにもなって欲しくない。そう思ってしまう。それでも推しの幸せは願っている。

 だって推しだから。僕らは推し続けるしかない。

 これからも、それに変わりはない。

 そして──そこに、自分が世界で推しを一番愛していると断言したいのだ。


 否。

 愛していると断言するのだ。

 だから同担拒否もしてしまうのだろう。


 一生好きで、世界の誰より、世界で一番愛してる。𝓑𝓲𝓰 𝓛𝓸𝓿𝓮。

 

 そう──僕は、やっぱりderellaデレラにガチ恋してる。

 ……めちゃくちゃめんどくさい巨大感情だな、これ。


 でもきっと、これが一番正解に近い──

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