第3話「クラス替えガチャSSR」(2)

「てまりんんんん! おっそい!」

「ごめんねぇ……! 今日も朝辛くて……」


 そうなのだ。

 まりは朝が弱い。昔はよく朝起こしに行ったなぁと僕は感慨に耽る。

 普通逆なのでは──と思ったこともあったけど、まりの朝ぐずぐずしているところは何気に面白いので役得ではあった。

 中学になった頃からまりが恥ずかしいから来ないで(思春期ってやつだなと僕はすぐ理解した)とお願いされたので、久しく朝起こしに行ったりはしてないけど。


「てまりんが遅いからわたし、変な男に絡まれちゃった」

「えええ、大丈夫⁉ 変な男通報した⁉」

「うんん、まだ。今しようと思ったとこ」


 そう言って、まどかさんはスカートのポケットから本当にスマホを取り出していた。


「おいおいおい、マドカルちゃん本気で通報とかしないでね⁉ マドカルちゃんは芸能人だから真実味がありすぎるんだよ……絶対俺ら補導されるから……マジでやめてくれぇ……」

「え⁉ 変な男ってハルとはつくん⁉ だ、大丈夫だよ! 二人ともちょっと変わってるけど、イイ人だよ!」

「……そう。てまりんがそう言うなら仕方ない。でもはるながだけはあとでわたしのマネージャーに『実はあいつ時空犯罪者だから』と報告しておくから」

「マネージャーはタイムパトロールの人なのか⁉」


 柄にもなくツッコんでしまった。


「そうですが何か?」

「タイムマシンは存在したんだ……!」


 そう──こんな感じで何故か僕だけに厳しい。そして謎に呼び捨て。

 でも、まりにはすこぶる優しいのだ。猫可愛がりとは正にこのことと言わんばかりに甘い。

 今もずっとまりの頭を撫でている。


「えっと……ハルは昔からあたしと一緒にいるから未来の人じゃないけど……!」

「あらそう。てまりんが言うなら間違いない。訂正して報告するね。犯罪者だって」

「なんで⁉ 大丈夫! ハルはこれで意外と常識人だから!」

「むむ。てまりんが言うなら、まあ報告は見送ることにしようかな。あ、そうだ! 代わりにてまりんを要チェック人物として報告しておくね。てまりんも一緒にモデルになろ」

「ええっ⁉ あたし⁉ いや無理無理‼ スタイル全然よくないもん!」

「モデルって言う程スタイル関係ないよ。わたしもスタイルはどちらかと言えばよくないし。胸が大きすぎるから。というかモデルは可愛ければ大丈夫。てまりんは可愛い」

「うむ。俺も可愛いと思うぞ。まりちゃんは」

「僕も可愛いと思うよ、まりは」


 いつの間にか、みんなで一斉にまりを褒める会になっていた。

 まりはというと──勿論。


「いやいやいやいや⁉ 何⁉ こわっ⁉ てか一体なんの話してるの⁉」


 めちゃくちゃ照れていた。

 顔も真っ赤を通り越して真紅。

 きっと、こういう所がみんなに可愛いと思われるところだと僕も思う。

 本当に妹のような存在だと改めて思う。みんなの妹──という感じかもしれない。


「いや、実は推しにどうしたら逢えるかってはるながキュンの悩みを芸能人であるマドカルちゃんに相談してたとこだよ」


 と、はつが華麗に話を元に戻した。

 僕の親友は司会進行に向いているのかもしれない。そういえばあいちゃんへのフラスタ幹事とか率先してやっているし、リーダーに向いているのだろう。


「へー、そうなんだ」


 まりまりで上の空だった。

 絶対今のはつの言葉は頭に入っていない。

 僕はわかるぞ。さっき褒められすぎて頭の回転力が落ちているのだ。

 僕の幼馴染はとてもわかりやすい!


「そう。どうしたらはるながが推しを諦めるかの話をしていたの」

「へー、そうなんだ……え⁉ 諦めるの⁉」

「いや、待って。僕は絶対死んでも諦めないぞ‼」


 どさくさに紛れてなんてことを言うんだまどかさん。


「あらそう? じゃあちょっとはっきり言わせてもらうけど」


 まどかさんの顔は変わらない。

 僕への視線はずっと冷たいままだった。そんな表情のまままどかさんは──



はるながはどうしたいの? ?」



 と強く言った。

 その言葉はとても意味深で──僕の心に何故か強く刺さる。

 まどかさんは小首を傾げる素振りを見せ、話を続けた。


「というか、そもそもderellaデレラって本当に女の子なの? その辺は謎──男の子かもしれないんでしょ? はるながは男の子でもいいの?」


 僕はこれに即答する。

 明確な答えがある。


「僕はderellaデレラが好きなんだ! 性別は全く関係ない‼」

「……ふーん、そう」


 まどかさんはつまらないという顔をした。

 その顔でまどかさんは僕を見詰め、じゃあ──と、更に問う。


「逢うことに意味があるの? はるながは応援していると言っていたし、それで──それだけでいいんじゃぁないの? 逢うことは応援になるの? わたしには理解できないのだけど、本気で恋してるって言ってるだけじゃぁないの? そういう自分に酔ってるだけじゃぁないの?」


 そこでまどかさんは一旦ふぅと息を吐き、見下げたように──



 と平坦な口調で言った。


「……いや、えっと、それは──」


 そのまどかさんの言葉に、僕は即答できなかった。



 逢って──僕はどうしたかったんだ?



 単純に逢いたかっただけ?

 付き合いたかったのか?


 さっき、ふと僕は逢いたいなと願ったけど──僕にはそれに対する答えが、ちゃんとした僕の応えを、今、持っていないことに気付く。


「たしかに、逢うことが……応援になるわけじゃないとは思うし、付き合いたい……とかじゃないんだけど、やっぱり僕は本当に好きだし、好きだから逢いたいって気持ちになるんだと思うけど……」


 僕はしどろもどろの返答しかできない。


「わたしなら逢いたいだけの人には逢いたくないかな。逢ってもつまらないでしょ」

「…………」


 いつもなら完敗した、言い負かされた──と思うところだけど。

 そういうわけじゃなく、本当に言葉に詰まって何も言い返せなかった。

 きっと、言いたいことはたくさんある。言わなきゃいけないことがある。


 でも、それが出てこない。

 まどかさんの言っていることは正しい──正論だ。

 逢いたいだけの人なんてつまらないし逢いたくないだろう。

 僕もちゃんとあるはずなんだ。逢いたい理由が。でも、それが見つからない。

 逢って──僕は何を求めていたんだ……?


 そんな何も言えない僕を見兼ねてか、僕の代わりにはつが反論してくれた。


「いやいや、たしかに、マドカルちゃんの言ってることはよぉくわかる。ほぼ正解に近い気もする。ただ俺らは自分に酔ってないし──俺は本気であいちゃんと結婚したいと思っているよ。結婚したい人を応援するという矛盾は自分でもわかっている。わかっているけど逢いたいし、応援するんだよなぁ」

「へー。普通にキモチ悪い。それに、わたしにはやっぱり理解できないかな。というわけで、わたしからあげられるアドバイスはない。あるとすれば死んで転生して推しの子どもになることくらい? そういうのみんな願ってるんでしょ?」

「ぐ……!」


 はつも言い負かされていた。


 なんかすまん……!

 心の中で謝罪した後、僕はハッと思い出した──実際、はつが僕に「どうせ金持ちの実業家とかといつか結婚するんだよな。悔しい……悔しいから転生して子どもになりてぇ……!」と言ったことがあったことを。

 おそらくはつもそれを思い出し、反論できなくなってしまったのだろう。

 つまり──死ぬことを推奨されてしまったわけだけど……。


 最初からこの答えになることを予見して僕に死ねと言っていたなら、まどかさんに勝つ未来はこないだろうな……なんて僕は思った。

 と。

 男二人が沈黙したのを嘲笑うかのように、ホームルームを始めるチャイムが丁度鳴る。


「さあ、てまりん行こう行こう。わたしの席の前がてまりんだよ」

「え⁉ あ、うん‼」


 と、まりまどかさんに頷いてから、ちらっと僕の方を見た。


「えっと、あ、あたしは逢いたいって気持ちはわかるよ。憧れの人には逢ってみたいって思うし……、あとはつくんもキモチ悪くはないよ」

「「お、おう! そうだよな!」」


 まりの慰めの言葉に、男子二人が全く同じ反応をしてしまった。

 まあ、どう見てもめちゃくちゃ凹んでる男子二人だもんな。慰めたくもなるだろう。


 ありがとう、まり──少しだけ救われた。

 きっとはつも救われてるだろう。

 まりまどかさんに「ほら、そんなアホ二人放っておきなさい」と言わんばかりに強引に連れられ、自分達の席へと移動していった。


 というか今更だけど、まどかさんの席ここじゃないんだ……。

 何故ここに座っていたんだ……。

 はつもポンと僕の肩を軽く叩いてから自分の席へと戻っていく。

 その肩を叩きたくなるはつの気持ちが、僕にはよくわかる。そうだよな、お互い強く生きていこうな。まだ死ぬわけにはいかないのだ。


 そういえば。

 朝、はつにすぐ声を掛けにいったので自分の席を確認するのを忘れていたなと思い、僕は黒板に張ってある座席表を確認しに教壇まで移動する。

 

 僕の席は──教室のど真ん中の席だった。

 

 …………。

 さっきまでまどかさんが座っていた机の席が僕の席だった。

 僕は違う意味でドキドキしてきた。仮にはつに声を掛けずにこの席に辿り着いていたら僕は一体なんて話し掛けたのだろう……?

 そして僕は一体何を言われたのだろう。

 たぶん、きっと、「死ね」だと思う僕だった。


 ちなみに。

 僕の席の後ろがまりで、その後ろがまどかさんだ。

 命拾いしたな、僕。

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