第3話「クラス替えガチャSSR」(1)

 4月9日──さすがにしつこいと思われてるに違いないけど、僕は何度でも伝える! 

 僕にはその義務がある! 


 本日は(←超大事)の春休み明け。

 1学期の開始。

 つまりは高校2年生最初の一大イベントが行われる日。

 そう、クラス替えである。


 僕が校舎3階──2年の教室がある廊下に着いたときにはすでにお祭り騒ぎだった。喜んでいる人がほとんどだったが、中には泣いてる人もいた。

 友達と違うクラスになったからだろうけど、大丈夫だろうか……可哀想に……。

 2年からは完全に理数系と文系に分かれる我がりつはつすずめがくえんは全部で6クラス。


 ちなみにだが、僕は勿論文系だ!

 数学は意味がわからない。

 たまに数学的考えは大人になってから重要だと言う人がいるけど、いや、別に数学的考えなんかせず僕は生きていくと断言しよう。


 とはいえ、学習指導要領の餌食なので数学もやらなくちゃいけないのだけど……。

 3クラスずつ理系と文系に分かれるためよっぽど運が悪くない限り、大抵は友達と同じクラスになれるのであまり心配していなかったけど、泣いている人を見ると自分もちょっと心配になってきた。さすがに2年になって新しい友達を作るというのも容易ではないだろうし(すでにある程度グループができあがってるわけだし)さて……。


 教室を見て回っていると──廊下を激走してる女の子が僕の前で急に立ち止まり、笑顔で声を掛けてきた。


「あ、ハルっち、おはっち~! 久しぶりに同じクラスになったよ!」

「おぉ、こまちゃん! 一緒なんだ! よろしく!」

まりっちも一緒だよ! またよろしくね、じゃあの~!」


 と、こまちゃんはニコっと笑って、すぐまた激走で廊下を駆けていく。

 およそ帰宅部とは思えないスピードだった。

 こまちゃん──僕とまりの中学からの友達である。まりも一緒だとこまちゃんは言ってたし、僕は胸をなでおろす。

 とりあえず、僕も泣かなくて済みました。

 そんな安堵の気持ちで歩を進めていると、ようやく2―5の教室に貼り出された紙の中に自分の名前を発見した。


 他に誰か知っている名前は──

 と。

 うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、よかったぁっ! 

 はつの名前を発見した‼


 ようはつ

 僕より身長が少し高く、髪は茜色アップバングショート。見た目にはかなり気を遣っているイケイケ男子。僕もはつを見習って外見に気を遣うようになったくらいだ。

 そして、高校に入ってできた親友。


 話せる友達は他にも沢山いるけど、親友と言って差し障りないのははつくらいだろう。なので、大体僕ははつとつるんでいる。

 というのも、はつは僕にとっての大先輩。


 そう──はつもガチ恋勢。

 僕と一緒。否、僕よりずっと長い間ガチ恋している。

 ガチ恋の相手はアイドルグループ『DDRREEAAMMダブルドリーム』のあいちゃん。そのちゃんのおっかけをする熱狂っぷり。

 古今東西イベントがあれば何処へでも──というやつだ。


 そのせいもあって僕に『DDRREEAAMMダブルドリーム』をしつこく布教してくるが、生憎僕は『たぶつき』一筋なので『DDRREEAAMMダブルドリーム』には全く興味がありません!

 興味はないけど、チケットを取るのも手伝ったりしているし、ライブ等は誘われたら一緒に行くし、まあ、行けばライブは楽しかったりする。


 ……いや、derellaデレラを裏切ってる訳じゃないよ! 誰でも他のライブに行ったりするよね⁉ 

 僕は推しが増えたりは絶対しないから‼ 推しDDを許すな‼ 誰でも大好き⁉ 怖いよ!

 箱は許す‼ 二次元も──許す‼


 とまあ、裏切っていないことをはっきり宣言できたので話を戻すと──アイドル現場のヲタ芸やファンとしてのあり方みたいなものは大体初はつに習ったと言っても過言ではない。

 そんな趣味仲間でもあるのだ。


 とりあえずはつが一緒で良かった。

 他に誰かいるかなと見ていると、よく喋る友達ははつ以外離れてしまったようだ。


 まりと、先程のこまちゃんの名前も発見した。

 まりとこまちゃんと同じクラスになるのは──中学2年の時以来かな。久しぶりに同じクラスだ。なんとなく嬉しい気持ちになる。


 あとは──有名人のまどかさんの名前も目に入る。

 あのまどかさんと一緒……ふむ……。

 一抹の不安を感じながら教室に入ると、はつが窓側の一番後ろの席に居たので、僕はすぐに声を掛けた。


「ハローはつ! 一緒のクラスでよかったー!」

「おぉ、はるながキュン! 俺も嬉しいっ‼」


 僕が駆け寄ると、席に座っていたはつは立ち上がり──僕らは抱き合った。朝から抱き合って喜んだわけだが、まあ過剰な喜びようだった気もする。

 それくらい仲が良いのです!


 そしてはつは開口一番「聞いてくれ! 『DDRREEAAMMダブルドリーム』の新曲が来月発売だ‼ キタなキタなキタな!」と言ったので、僕は対抗して「ふっ! 『たぶつき』は丁度1週間前に新曲発表だったんだぜッ! それにラ・イ・ブだぁぁぁっ‼」と張り合った。

 張り合う意味は特になかった。

 しかし! 僕らはこういう関係なのだ!


「いや、それ見たとき絶対春はるながキュン絶頂してるだろうなって一人で笑ったわ。よかったな、初ライブ」

「ありがと~~~‼ いやもうホント絶頂して一瞬死にかけた。あ、嬉死みたいな」

「わかるわかる。俺も毎回ライブ告知の時、絶頂するし。その度に生を感じるね。なんなら次の新曲のリリイベのことで今からドキドキしてる」

「リリイベ……‼」


 僕はその単語を聞いて率直に「いいなぁ」と思った。

 リリイベ──リリースイベントのことだけど、僕には縁がない話だ。


「高頻度でイベント最前参加してないと顔忘れられそうだしな!」

「あぁ~……‼」


『たぶつき』は顔出しNGなので基本そういうイベントはない。残念で仕方ないけど、納得はできる。納得はできるけど、欲は出てしまう。

 だからだと思う。

 僕はふとはつに聞いてしまっていた。


「なあ、推しに逢うにはどうすればいいと思う?」


 こんなことをふと、本当に無意識のうちに口から出していた。

 それを聞いたはつはにやりとした。


「お? はるながキュンもこっち側の世界についに来た……ってコト⁉」

「急にちいかわごっこしないで。いやいや『DDRREEAAMMダブルドリーム』の子じゃないからね。なんだか僕はこないだから、無性にderellaデレラに逢いたくなってしまってね……」

「やはり擬態型じゃなかったか。まあ、はるながキュンが急に推し変したとか言い出したら俺は正気を疑うとこだった。あのはるながキュンが⁉ 浮気者には死を……制裁を……天罰を……」

「ふっ。僕が浮気をする時はderellaデレラに浮気しろと命令された時だけだ!」

「かっこよく決めてるけど、その性癖のderellaデレラは嫌だな……。俺の脳が破壊されちゃうからやめてくれ……」


 まあ、そんなことは絶対ないんだけど。

 ちなみに、まだ僕らは抱き合ったまま話している。流石にそろそろ周りから怪しいと思われかねないので、僕はおもむろにはつから離れた。


「というわけで僕はderellaデレラに逢いたいんだよ。どうすりゃいいかねぇ」

「ガチ恋極まってきたねぇ! よろしい! でもなあ……逢うとなれば出待ち一択だが、これはやってはいけない。マナー違反もいいところだ。なんなら犯罪だ。いくらはるながキュンといえども、俺はそれをしているのを目撃したら通報するぞ。いいか? 絶対するなよ。絶対に、だ」

「やるでしょ? みたいな振りで何故言ってるのかわからないけど、僕は推しに迷惑だけはかけたくないからそれだけは絶対にしないぞい! そんなことをしているやつをみたら僕も通報するね」


 あと急に声掛けたり、腕掴んだりするやつ。

 僕はそういう人を絶対許さないのだ!

 絶対するなよ! 僕が許さないからな‼


「そもそもderellaデレラ、顔出ししてないから出待ちしてもきっと一生出会えない。あの子がderellaデレラ? この子がderellaデレラ? って一生僕はその場にいるに違いないね。まあ、妄想できてありかもしれないけど」

「……それ、わりと深いし面白い遊びだな。う~ん……とは言え、逢うって普通に無理だからなぁ。握手会だのあれば逢えるんだけど、まぁそれもないだろうし」

「ですよねぇ。いや、なんかリリイベ羨ましくてつい聞いてしまっただけだよ。ごめんごめん」

「ふむ。しかし、そういうことならマドカルちゃんにちょっと聞いてみたらどうだろう?」


 とはつは言って、視線で僕の眼を誘導した。

 誘導された僕の目線の先には勿論マドカルちゃん──まどかさんが一人で教室の机に座って本を読んでいた。

 間違っていない。文字通り教室の机の上にである。

 しかも教室のど真ん中の席だ。


 いや、僕はあまり今風の座り方(?)とかに詳しくないけど、一人でいる時って大抵は椅子に座るものなんじゃないだろうか? 誰かとお喋りするときに限り、他人の机の上に座って、その机の持ち主の男子をドキドキさせるものなんじゃないだろうか……。

 全然ドキドキしない。変わった人だ……。


 さておきマドカルちゃん。

 マドカルちゃんとははつが言っているだけで、僕は普通にまどかさんと呼んでいる。

 はつまどかさんと同じ中学だったので仲もそこそこ良いみたい。

 僕はと言えば、特別交友があるというわけじゃないけどまりの友達だし、何より学校で一番の有名人なのでさすがに知っている。


 まどかさん──まどかと言えばお母さんも有名人。加えて雑誌『KADOMATU』の専属モデル。

 雑誌『KADOMATU』は名の通り和を推した雑誌で、その和コンセプトに完璧に一致した存在がまどかさんだろう。髪は綺麗な黒のセミロング姫カット。身長も女子にしては高め。スタイルも抜群。

 お淑やかさや華やかさも抜群で、流石モデルさんと言った感じだ。

 モデルをするくらいなのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。

 とまあ、それくらいの美人がいたら学校でも有名になるのは当然のことだと思うし、誰でもちょっとお近づきになりたいと思うだろう。


 でも──僕は彼女のことが少し苦手だった。

 そんなことをはつに言うこともできず、僕はなす術なく手を繋いで連行される。

 ちなみに手は恋人繋ぎだ。何故!


「マドカルちゃん、マドカルちゃん」

「何かしら? キモオタちゃん」


 はつが馴れ馴れしく声を掛けると、仲がいいのか疑わしくなる程とても辛辣なお言葉がまどかさんから返ってきた。一応呼びかけたら本を読むのをやめて、こちらを向いて話してくれるあたり嫌われているわけではないようだけど。

 はつのあだ名なのかな?


「マドカルちゃん、芸能人としてこっちのガチ恋くんにもちょっとアドバイスをしてやってくれよぉ」

「嫌です。死ね」


 まどかさんは僕を見て、真顔で僕に死ねと言った。

 そうなのだ。僕が苦手な理由はこれなのだ。


「僕は死ぬわけにはいかない……何故なら僕はderellaデレラをこれからもずっと応援しなきゃいけないからだ‼」


 僕は真面目に返答する。

 十中八九、こういう返しをするから嫌われてるんだと思うけど。

 そもそも初対面の時からまどかさんは僕に対して何故か当たりが強かったからなぁ……。


 僕は思い出す。

 高校1年生も半ばを過ぎた頃、偶然手まりと一緒に帰ることになった時のこと。

 なにせ家は隣だし帰り道も一緒である。待ち合わせたりして帰ることはめっきり無くなっていたけど、タイミングが合えば僕たちは一緒に帰っていた。


 その時、まりと一緒にいたのがまどかさんだった。

 まりまどかさんはとても仲が良く、よく一緒に帰っているみたい。

 まりからも色々話に聞いていたし、有名人だったので存在は知ってはいたけど、当時僕は話したことは一度もなかった。

 その頃から勿論僕はderellaデレラ一筋、たとえ同じ学年にモデルの子がいたとしても一切興味がなかったわけだ。

 とはいえ、一緒に帰ることになったわけだから挨拶くらいはしないと──そう思い、


「どもども。まりの幼馴染のせいはるながです。よろしくね」


 軽く挨拶を試みる。

 するとまどかさんは凄むようにこう言った。


「は? 死んでほしいんですが。あ、まどかです。よろしくはしないですけど」


 僕は面食らうと同時に、ちゃんと名乗りはするんだと思った。

 ちゃんと挨拶できて偉い! 


 じゃなくて。

 僕は彼女に何かしたことあったか……?


「えっと……僕、何か悪いことしました……?」

「ええ。とても。女の敵ね」

「……なるほど、目の敵ってことですね。でも僕は無敵ですよ!」


 あまりにも重い空気だったので僕は和むかなと思い、こんな返しをした。

 案の定──場は更に凍ったけど。

 まどかさんは冷ややかな眼で僕を見てから、


「あらそう。油断大敵ね。わたしはあなたの恋敵だから」


 と、不敵に笑う。

 面白さで彼女の圧勝だった。あまりにも完敗してしまったのでまりに助けを求める目配せをしてみたが、まりは苦笑いしているだけだった。

 そのあと三人で仲良く(?)帰ったのだが、それ以降も僕と喋るときは何故か圧が強いまどかさん。まりにそれとなく何か悪いことしたかを尋ねてみたら「あ、う~ん……かるたんは男の人苦手みたいだから」と言っていた。

 まあ、それなら僕にあまり非はなさそうだしいいかと思い、極力喋りかけないようにしようとしていたわけだったのだが……。


 そして今に至る。


「そう。じゃあ死ななくてもいいけど、今すぐ応援しに行って頂戴。ずっと応援するんでしょ? 勿体ないよ。今、この一瞬でも、応援した方がいいと思うの」

「ぐ……僕は常に応援の念を飛ばしているのさ。僕、実は進化人類だからね。そんなこともできる。きっとこの思いはderellaデレラに届いてる」

「あらそう。じゃあ逢わなくてもいいじゃない」

「…………」


 完敗した。というか僕らの話、聞いてたんだ。

しかし、ここで負けては男が廃る!


「いや、まどかさん──」


 僕が反撃しようとした時、異様に大きい声が教室に響いた。


「かるたんおはよぉぉおお! よかったぁぁぁあああ、かるたんとまた一緒のクラスでっ! ハルもおはよっ! 久しぶりに一緒のクラスだね!」


 異様に大きい声の主──まりはとても嬉しそうにまどかさんに抱きついていた。

 まりまどかさんにぴったりくっつき笑顔で頬ずりする。

 そのまりの行為にまどかさんも本当に嬉しそうに笑った。

 さすがモデルをしているだけはあるという、絵になる笑顔。

 先程まで僕に冷たい視線を送っていた女の子とは到底思えない──それくらいまどかさんも嬉しそうだった。

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