第1話「有真手毬」(3)


「てかずっと同じ曲聴いて飽きないの⁉」


 と、さらに手毬てまりは声を張る。

 手毬てまりの声は無駄に大きい。加えて声が高く、俗にいう可愛いアニメ声なので、普通にびっくりする。まあ、その大きな声は手毬てまりの一番いい所だと僕は思うけど。

 明るく元気なとてもいい声。


 手毬てまりは途中から新曲鑑賞会に飽きてしまったようで、僕のベッドの上でスマホを見ながらゴロゴロしていたが、さすがに業を煮やしての所業だろう。

 僕はというと巨大ビーズクッションの上で寝ころびながら眼を閉じ(さすがにずっと正座はできませんでした!)、永遠と『たぶつき』の新曲をループしながら堪能していたわけだが──まあ、さすがにこの放置プレイはやりすぎてしまったかなと反省する。

 もっと感想を言い合うとかすればよかったかな。

 いやいや、でもね。


手毬てまりさん──飽きるわけないじゃないですか。神曲ですよ? 永遠に聴けます」

「ん……。ま、まあ、うん。いい曲だとあたしも思うけど……」

「ごめんごめん、僕が悪かったよ。新曲聴いたら、感想とか言い合いたいよね、わかるわかる。いや、僕もそうしたかったけど、あまりにも良すぎて聴きいっちゃってたよ」


 僕は流れる音楽を止め、ビーズクッションから起き上がり、手毬てまりを見つめる。

 同時に手毬てまりも身体を起こし、僕の方をみた。


「な、なによ」

「いやさ──滅茶苦茶いいじゃないですか、新曲」

「えっと、まあ、それは、うん」


 先程大声を出したからか手毬てまりの頬は紅潮していたので、僕が手毬てまりを褒めたみたいになってしまった。違う違う、僕が褒めたのはderellaデレラなので勘違いしちゃだめですよ‼


「その、ハル的にはどこがよかったの?」

「それなんですよ、手毬てまりさん」


 僕はよくぞ聴いてくれましたと言わんばかりに「いやね」と言って、一息つく。

 そして早口で捲し立てた。


derellaデレラの声は本当にいい。クールなんだけど優しさに満ち溢れた声。今回の新曲にも滅茶苦茶マッチしてるよね。いや、今までの曲全部にマッチしまくってるんだけどさ。『たぶつき』の曲ってderellaデレラが歌うためだけに出来上がっちゃってるよね。カラオケで僕なんかが歌っちゃだめなんじゃ⁉ っていつも思うよ。いや、好きだから唄うんだけど。で、まあ、今回の新曲もまさにそれだよね。derellaデレラのためだけの曲。作曲のhutハットさんもわかってるよねー。春ソングと言えばしっとり聴かせる系が多いけど、いつも通りファンを熱くさせるノリのいい曲に仕上がってて。そしてやっぱり歌詞もいい。僕が今回すごくイイなと思ったのは春ソングだけど、桜とか直接的な表現を使わずに春をすごく感じる詩に仕上がってるわけ。あと四月のイメージがある春ソングは出会いと別れを彷彿させがちだけど、それもなくて永遠の春をテーマにしてるこの歌詞を書いたderellaデレラ天才なんじゃないのだろうか。あとね──」

「ちょ、ちょっと待ってーーーーーーー⁉」

「ん?」

「ど、どれくらい褒めれば気が済むわけ⁉」

「いやいや、かなり興が乗ってきていたので小説にしたらあと10ページくらいは語れたけど」

「小説のページ数にすることで余計わかりづらいんだけど⁉」


 それにそんなに一人で語ってたら読者離れるよと手毬てまりは言う。

 たしかに。

 僕としては1ページ分も語っていないと思うし、まだまだ語り足りない気持ちだったけど聞く人のことも考えなくちゃ。手毬てまりが僕の語りに妙にうまい相槌を打っていたから文字通り調子に乗ってしまった。


「まあ、僕の感想はまだ1%くらいしか語れてないけど、おおよそこんな感じ! 手毬てまりはどうだった⁉ 『たぶつき』の新曲⁉」

「あれでまだ1%だったの⁉」

「正確には0.8%って感じかな。それより手毬てまりはどう⁉ どうどう⁉」


 僕が眼を輝かせて食い気味に問うと、手毬てまりは「こっわ!」と若干たじろいでいた。


「いや、えっと、うん──いい曲だな~って聴いてたよ。その……ハルみたいに熱く語れないけど、あたしも好きな曲。たくさんの人に聴いてもらいたいなって思った、かな」


 と、少し伏し目がちに答えてくれる手毬てまり

 僕の感想の膨大さに感想を言い難くしちゃったかな? 

 まあいい。僕は深く何度も頷く。


「だよな~~~‼ わかるわかる。全人類に聴いて欲しいよな~~~! 今から全人類向けで放送されないかな」

「……それがYouTubeなんじゃ?」


 ご指摘通りだった。

 いやでも、全人類同時視聴とかしたいじゃん~~~‼


「来ないかな、宇宙からの敵とか。そしてこの『たぶつき』の新曲を全人類で歌唄うことによって伝説の力が発動して敵をやっつけるとかになればいいのに。そしたら全人類聴くよ」

「発想が恐ろしいんだけど⁉」


 まあでも──と、手毬てまりは続ける。


「そんな歌になればたぶんderellaデレラも本望だろうね」


 僕のとんでも発言に手毬てまりは笑顔で答えてくれた。

 理解のある幼馴染で嬉しくなる。また調子があがってきた。


「しかし今回の曲、歌詞も曲も勿論最高だけど、それに完璧にマッチしているタイトルがいいよな~~~!」


 僕がそう言うと手毬てまりがぴくっと反応した。

 おやおや? その反応は?


「……タイトル、うん、いいよね。あたしも好き」


 僕にっこり。ちゃんと手毬てまりもタイトルの良さに気付いていたわけだな。

 でも、言いそびれていたと。ういやつういやつ。


「僕は永遠の春って想像もつかなかったんだけど、なるほどって感じでderellaデレラの世界観にすごく入り込めたよ。これが永遠の春なのかってね。いや、永遠の春、はるながく──」


 と、僕はそこまで言ってようやく気が付いた。

 あまりにも歌詞に真剣オタクになっていたのでタイトルのに気付くのが遅れていた。なんてことだ。大失態! 万死に値するレベル!

 いや、でも、まって。そんなことあるだろうか?

 偶然に違いない。偶然なんだけど──


「いやいやいやいやいや⁉ このタイトル、僕じゃん‼」


 自分でも意味不明なことを言っていると思ったが、それしか言いようがなかった。

 なので、もう一回言っちゃお。僕じゃん⁉


「あー。ホントだね。『はるながく。』──漢字が春永はるながだね」

「うぉぉぉぉぉぉ⁉ マジか⁉ え⁉ ライブとかで『じゃあ『はるながく。』略して春永はるなが歌います!』とかって言っちゃったりする⁉」

「なんで略すの⁉」


 そんな歌手見たことないわ、と手毬てまりは呆れた。

 僕も見たことないし、さすがにそれはないと思ったけど。


「じゃあ『はるながく。』春永はるながくんと歌いますってなるかな⁉」

「特定の個人といきなり歌いはじめると思ってるの⁉」


 元気に全部ツッコミを入れてくれる手毬てまり。別に僕はボケたつもりはないのだけど……全部本気なんだな、これが‼


「本気の方が怖いんだけど」

「僕の心を読まないで」

「いや……顔を見たら何を考えてるのかくらいは察しがつく」

「うぐぅ……」


 まあ、幼馴染だしね。

 僕もまあ手毬てまりのことは大体理解しているつもりだ。


「いやでも、これ……私信じゃない……? 私信すぎない? 僕、自分の名前が春永はるながで本当によかったと生まれてきて初めて思ったよ」


 ありがとう、お父さんお母さん。

 一生この名前を誇っていくね。


「ま、あたしもハルの名前、すごくいい名前だと思うよ。よかったね、春永はるながくん♪」


 と、手毬てまりはおどけたように言う。

 この場合きっと揶揄われているのだろうが、今の僕は無敵だった。もっとその名前で呼んで欲しい。

 いや? 僕は妙案を思いつく。


手毬てまり、悪いんだけど、今後僕のことは『はるながく』と呼んでくれ」

「なんでハルがそっちに寄るの⁉」


 呼ぶかーっ! と、拒否られた。

 ダメか。そうか。まあ、僕はハルと呼ばれるのも好きなのでそれはいいということにしよう。

 自分の名前はお気に入り。


「しかしでも、こんな私信貰っちゃったらもっと好きになっちゃうよな……」

「私信ではない──と思うけど」

「はあ……。この感謝の意を一度でいいから直接逢って伝えたいよ。derellaデレラに逢えないものかなぁ……」

「……逢えるわけないじゃん」


 手毬てまりは小さく溜息をつく。

 僕も嘆息。

 そうなんだよな……derellaデレラは顔出ししてないし。

 顔もわからないなら逢える確率は──0に近いだろう。

 でも逢いたいよなぁ……僕が心の中でそう願ったとき、また爆音でTwitterの通知音がポンポンと鳴る。

 僕はまたも即時にスマホを手に取り、即リツイートといいねを押してからツイートの中身を確認した。


 たぶつき【公式】@tabu_tuki≪緊急告知! 5月10日に『たぶん、きっと、月の下』初配信ライブが決定‼ 詳細は→tabu_tuki.com/≫

 たぶつき【公式】@tabu_tuki≪新曲『はるながく。』はどうですか? 好きになってくれたら嬉しいです!  そして配信ライブが決定しました‼ やったー! よかったら遊びに来てくださいね♡(derellaデレラ)≫


 ???

 

 ????????????

 

 死んだ。


 嘘、死なない! 絶対死なない‼


「ぎゃああああああああああああああああああああああああ‼ でれ、でれえええええええ!」


 と、僕が突然立ち上がって発狂していると手毬てまりがビクっと驚いていた。


「な、何⁉ どうしたの……?」

「て、て、て、手毬てまりさん……逢える……逢えるぅぅぅうう!」


 はあはあと息の荒い僕。

 動悸が、心臓が──そんな僕を見て手毬てまりは少し心配そうに言う。


「……え、大丈夫? えっと、逢える?」

「た、た、た、た、たぶ、たぶ、たぶつきが配信ライブするんだって……………………」

「急にテンション下げないで⁉ でも、そうなんだ、よかったね」

「うん……生きててよかった…………」


 ついには涙を流す僕。

 非常にテンションがおかしい。


「え⁉ 泣かないで⁉ うん……そこまで喜んでくれる人がいたら、たぶん、たぶつきの人も嬉しいと思うよ……?」

「そうかな……? この今の気持ちをderellaデレラに届けたいよ……」

「あはは、届いたらいいね。その……ハルも一人で喜び噛みしめたいだろうし、そろそろあたしは帰ろうかな。ハルの面白い感想も聞けて楽しかったよ。あ、法被ありがと。貰ってくね。じゃあね」

「え、あ、おう」


 僕の感情が忙しくなっている間に、手毬てまりはベッドから降りて手をふりふりしながらベランダから帰っていった。

 というか、あれ? 何か用事があったんじゃなかったのだろうか?

 まあ大した用事じゃないって言ってたし、何かあればまた来るだろう。

 家、横だし。

 それに法被も気に入ってくれたようでなによりだ。


 ともあれ、『たぶつき』の新曲はマジでよかった。

 そして初配信ライブの決定。

 これで感情がおかしくならない方がおかしいと僕は思う。


 配信ライブ──か。

 勿論現地ライブを所望しているけど、derellaデレラは顔出ししないを公言してるし配信になるのは仕方ないだろう? 

 まあ、今はライブがある――それだけで感謝。


 次の5月10日。

 人生で一番大切な日になると僕は確信する。

 カレンダーの花丸に僕は初ライブと書き足す。

 ふむ。僕の中で5月10日と言えばずっと手毬てまりの誕生日だったので、カレンダーにはもう書くことがなくなったのだが、偶然にも色々重なってしまったな。

 もうこの日、世界平和デーとかにならないかな?

 これはどっちも盛大にお祝いしなきゃな。


 それにしてもライブかあ(まだ思いを馳せたいのだ!)。

 すでに結構な人気になりつつある『たぶつき』だけど、もっと羽ばたいて欲しい……いや、でもこれ以上人気になると──なんて葛藤も生まれたりする。

 まあ!

 それでも変わらないのは僕の好き、否、大好きという気持ちだけ。


 新曲の私信もあったし。

 いや、別に私信じゃなくてもいい。

 さすがに私信だと僕も本気で思ってるわけではない。いや、嘘です、私信であってくれ! とは本気で思ってるけど。

 それでもこの新曲は本当に好きな曲だった。新曲、毎回神曲だ。

 今日手毬てまりが一緒に居たからさすがに泣かなかったけど(ライブ告知は不意打ちだからノーカンで!)、一人で聴いていたら確実にまた泣いてしまっていただろう。


 …………。


「うん。泣いちゃうか」


 僕は一人そう呟いて、もう一度スマホから新曲『はるながく。』を流した。

 

 当然。

 ボロ泣きしてしまった。

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