第1話「有真手毬」(4)
あたしは自室に戻ってすぐベッドに飛び込み、枕に顔を埋めて無駄に足をバタつかせた。
「ぁぁぁぁぁぁああああああ」
と、声にならない声をあげてしまう。
バッと顔をあげ、ベッドに置いてあった手鏡で自分の顔を確認する。
メイクよし、ばっちりだ──じゃなくて。
ニヤけてなかったか⁉ 嬉しすぎて泣いてないか⁉
手で頬をぺちぺち叩いてみる。眼も赤くなっていないか確認する。
う、うん……大丈夫かな……?
なんとか堪えたと思うけど、さすがにあそこまでベタ褒めされると我慢しようとしていても、どうしても顔が緩んでしまう。
それにあたしの意図にも気付いてくれたようだし。
気付いてくれなくてもよかったけど、気付いてくれたらやっぱり嬉しい。
そう──あれは私信だ。
というか。
「はぁぁぁあああ」
あたしは深く息をつく。
逢いたいとか無茶言わないで欲しい。
だって
名づけはあたしだけど、単純に元々シンデレラが好きだったというのもある。勿論、魔法をかけてもらったから──本当のシンデレラにはまだなれない、シン・デレラじゃない。
だから
ちょっとメルヘンチックに言ってしまったけど、単純にそういう契約なのだ。
あたしが未成年だということもあるし、流行りだというのもある。あたし自身がそう望んだということもある(あたしなんかが顔を出して唄うのは恥ずかしいので……)。
誰にも言ってはいけない秘密。
あたしと、あたしのパパだけが知る秘密だ(厳密には業界の人はたくさん知ってはいるけど)。
そしてもう一つ大きな秘密がある。
これは誰にも言っていない、あたしだけの秘密。
「ああ、もう……」
と、あたしはもう一度顔を枕に埋めた。
ハルにいっぱい褒められてめっちゃ嬉しかった……。
まさかあんなに褒められるとは思ってもみなかった。
ハルのことだから、すぐに聴いて感想でも言ってくれるかなと期待して部屋を訪ねちゃったりしたわけだけど(あたしの大したことない、けど大切な用事はこれだった)、予想以上の熱量にびっくりしてしまった。
あと、泣くとは思わなかった。
正直焦った。
ライブ告知も、予約投稿にしてハルが喜んでくれる姿を見てみたいなという軽い気持ちだったのだけど、まさか泣いて喜んでくれるとは……!
ライブの日を自分の一番大事な日にしたのはあたしのちょっとした我儘でもあるのだけど、ハルのおかげで素直にライブ頑張ろうと思えたし、絶対いいライブにしたいなと思う!
最高のライブができたら、また、ハルも褒めてくれるかな……?
そのあと、ハルがお誕生日を祝ってくれて、いつもみたいにハルの『ハッピーバースデー』を聴けたら──それがあたしの一番の誕生日プレゼントになる。
…………。
プレゼントで思い出したけど、最初の法被プレゼントからの放置プレイはさすがに予想外すぎだった!
思い出して、あたしはふふっと笑う。
あのときはツッコまずにはいられなかったけど。
あたしは未だ羽織っていた法被を脱ぎ、ぎゅっと抱きしめた。
えへへ、法被。お揃いだって。ハッピーだね。
なんてまた顔が緩んでしまった。
一人だから許されるけど、傍からみたらかなりヤバい人間じゃないか、あたし。
そうです……これがあたしのもう一つの大きな秘密。
お察しの通り、片思いの相手──あたしはハルのことが好きだ。
うそ、大好きだ。
好きの位がどのくらいかと言えばハルが
いや、負けてないと思う。
それに年数が、年期が違う。ハルなんて
あたしは、あたしの恋はもう10年は続いてるんだから。
ハルの好き度が100ならあたしは100×10で1000だ!
そういう意味では絶対あたしの方が好き度は高いはずだ!
って……あたしはなにを張り合ってるんだ……。
ま、まあ、それくらいあたしはハルのことが好き!
いつから好きだったのかはっきりと思い出せないくらいずっとこの思いは続いている。最初は本当に優しいお兄ちゃんのように思っていた。
ハルは本当に優しいお兄ちゃんだった。
あたしの家庭はちょっと複雑で(今時よくある話だろうけど。母が不倫をしてパパと離婚した。それだけの話ではある)小さい時はずっとハルの家──
ハルのご両親も本当に優しくて、あたしを家族同然に迎え入れてくれた。
いや、たぶん家族以上にあたしを受け入れてくれていた。
無論、パパがあたしを放置していた瞬間は一度もない。
母も──最後以外はあたしを捨ててはいなかったと思う。そう思いたいのか、昔のことだから忘れてるのか、よくわからないけど。
そういう事情があったにせよ、いや、おそらくなかったにせよ
ハルもずっとそうだった。
だから最初は幼馴染というより本当にお兄ちゃんだと思っていた。
思っていたのだけど。
もうホント……いつからか好きになってしまっていたんだ。
その思いは強くなるばかり。
でも。
でもだ。
あたしはこんなにハルのことが好きなのに──ハルのことが大好きだって言うのに‼
「はぁぁあああ」
また深い溜息が出てしまう。
そうです。
何故かハルは──
いや、ホント何故だ……。
最初それを知った時、卒倒しそうになった。
嬉しいという気持ちもあったけど、それ以上にあらゆる意味で驚きしかなかった。
勿論あたしは何も言ってないし、あたしだと絶対バレないように動いている。
だから何も知らないはずなのにいつの間にか
ハルが『たぶつき』のことを早い段階で知っていたことにも驚いたけど(ハルの言動から興味を持ったのは本当に偶然。偶然怖すぎる。神様はあたしのこと嫌いなんじゃない? 嬉しかったけど……!)自分の好きな人がいつの間にかファンを超えて、ガチ恋勢になっていたことにも、だ。
喜んでいいのか、悲しんでいいのか本当に謎だ。
だって──
この世にいるけど、この世にはいない。
あたしであって──あたしじゃない。
勿論言う気はない。
絶対ない。
約束や契約というよりも、これはあたしの問題でもある。
あたしは──ハルにあたしを好きになってほしいからだ。
「はあ……」
自然と溜め息が出てしまう。漏れてしまう。
謎の三角関係だ。
ハルが好きなあたし。
あたしは
もうホントに……どうしてこんなことになっちゃったんだろう……。
でも頑張る‼
絶対にハルに──有真手毬を好きになってもらうんだから。
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