第1話「有真手毬」(2)
ベランダから現れる女の子なんてアニメの中でしかみない設定だと思うだろうけど、現実にもいるのである。
ちなみにここはマンションの5階なのだけど、上の階から降りてきたという危ない話ではなく、下の階からよじ登ってきたとかいう奇天烈な話でもなく、普通にベランダにある隔離壁の穴から来ているので安心して欲しい。
僕と
「何この部屋⁉ てか何その恰好⁉ なんで家でサイリウム持ってるの⁉」
と眼を丸め、とても良いリアクションで驚いてくれた。
その顔が見たかったのだ。
僕はふふんと得意げに笑う。
「春休みになったし、部屋を
「え、そういうのって自分しか着ないってやつじゃないの⁉」
わからないわからない! と、とても困惑した顔で
僕は更に得意げに答える。
「ふっ、
ビシッとサイリウムを
「と、特別⁉ それって──」
「ん? いや、僕、同担拒否は男限定だからね。ガチ恋勢とはそういうものさ。女の子のファンは増えて欲しいくらいだもん。女の子ファンが増えないと色々グッズ展開とかがね、狭くなる気がするし。僕、女の子の友達なんて
「……そう。いや、うん……えっとじゃあ……羽織るだけなら……」
「着てくれるんだ! やったー!」
僕の幼馴染はノリがよかった。
でも、そこが
僕は着ていた法被──ではなく、新品の予備法被を押し入れから取り出して
「なんでもう一つあるの⁉」
「いや、こういうのは常に予備を用意しとかなくちゃ。何があるかわらないし、こうして布教用にもなるしね。よかったらあげるよ、それ」
「え、え、くれるの……?」
「うん!
「う、うん」
と頷いてから、
ちなみにピンク色だ。僕のは黄色。
「お、いい感じじゃん。似合ってる似合ってる!」
「そ、そう……? めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……」
「わかるわかる。僕もこんなの一人で羽織って恥ずかしい奴だなと最初思ってたんだけど、これを常に着るようになってQOLが爆上がりしたよね。常に気持ちがあがり、マイナス思考にならず、勉強とかも捗る」
「…………ネコ型ロボットの道具よりすごいよね、それ」
「たしかに。アンキパンいらないもんな……! つ、つまり
「う、う~ん……ま、まあ」
「だよなぁ~! お揃いの法被で応援するとかめちゃくちゃテンションあがるよな~~~! いやぁライブまじでしてくれないかな~~~!」
「お揃い……ね」
うんうん、わかるわかる。
お揃いとか色違いで合わせて参戦するのが楽しいんだよね。
よかった──
「というわけでプレゼントするから、いつかそれ着て一緒にライブ行こうな!」
「え⁉ あ、う、うん! …………てか、部屋ホントにすごいね。グッズだらけ」
「ふふん、いいだろぉ? 全然まだまだだけどね。これからも増やすぞぉ! そのためにバイトもしてるしな‼」
まあ、今日休んだんだけど。
いや、でも今日は仕方ないのだ。お金には代えられない大切な瞬間があるのだ!
「まあ……ハルが
ご紹介が少し遅れたけど
胡桃染色がとても似合うミディアムヘアーで、僕もそんな艶々の髪になりたいと思う程綺麗な髪。それと、幼馴染なので敢えてこれは言及するのだけど顔がめちゃくちゃいい。
嫉妬しますよ、僕もそんな顔の女の子に生まれたかったなぁ! って。
あと、何故か春休みで何も用事なんてなかっただろうに(僕の部屋を訪ねてくるくらいだし)小綺麗な格好をしていた。
僕なんて滅茶苦茶ジャージに法被なんだけど。
それ程にあらゆる意味で身なりが整っている。
僕のあげたオタク丸出し法被を羽織ってもちゃんと綺麗だ。
そして小さい。
身長差が僕と20㎝程あるので本当に妹のような存在だった。
というか──家族ぐるみの付き合い、否、家族同然の付き合いをしているので本当の妹のような存在。
詳しく言及すると
その関係は今も変わっていなくて、こうして自由に僕の部屋を訪れてくる
まあ、僕も
しかし――今、この瞬間は違う。
自由にして欲しいとは思ってい。本当に思ってはいるのだけど、今の僕にはどうしてもやらなければいけないことがあるのだ。
「ところで。楽しくお喋りしてしまったあとだけど、何か用事? 折角来てくれたのに悪いんだけど、僕は今から人生よりも大切な用事があるんだけど……」
僕がそう切り出すと、
「人生よりも大切な用事? なにそれ、そんなものがこの世に存在するんだ……」
「ふっ。僕は自分の人生より人の人生を大切にしているからな」
かっこつけて言ってみたけど
まあ推しの新曲程大切なものはないからね。
「なるほど……? まあ、あたしは大した用事ってわけじゃないし。じゃあ、ハルの用事が終わるまでここで待たせてもらおっかな」
「いや、それは構わないけど」
自由にして欲しいとさっき言った手前というわけではないけど、それならどうぞご自由に、だ。
「え、でも僕、今から『たぶつき』の新曲を堪能しまくるから……本当に何もしてあげれないけど」
「……そうなんだ。じゃあ、あたしも一緒に堪能しようかな」
「お? いいね! ヒュー! じゃあ今から『たぶつき』新曲鑑賞会だ‼ あ、サイリウム要る?」
「……それはいらない」
「まあ、僕も最初は正座して聴くけどね」
言って僕は正座する。そしてスマホから『たぶつき』の新曲を流した。
さすがに爆音にはしないけど。
* * *
「って本当にずっと無視かーーーーーーー⁉」
三時間程経過したところで
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