第1話「有真手毬」(2)

 ベランダから現れる女の子なんてアニメの中でしかみない設定だと思うだろうけど、現実にもいるのである。

 ちなみにここはマンションの5階なのだけど、上の階から降りてきたという危ない話ではなく、下の階からよじ登ってきたとかいう奇天烈な話でもなく、普通にベランダにある隔離壁の穴から来ているので安心して欲しい。

 僕と手毬てまりはお隣さんで、生まれた時からの幼馴染なのだ。

 手毬てまりはコンコンとノックしたあと、ドアを開けて僕の部屋に入ったと同時に、


「何この部屋⁉ てか何その恰好⁉ なんで家でサイリウム持ってるの⁉」


 と眼を丸め、とても良いリアクションで驚いてくれた。

 その顔が見たかったのだ。

僕はふふんと得意げに笑う。


「春休みになったし、部屋をderellaデレラ一色にしてみた‼ そしてこれはderellaデレラ♡Love法被だ。手毬てまりも着てみる?」

「え、そういうのって自分しか着ないってやつじゃないの⁉」


 わからないわからない! と、とても困惑した顔で手毬てまりは言う。

 僕は更に得意げに答える。


「ふっ、手毬てまりだけ特別さ。他の人とは同担拒否だよ」


 ビシッとサイリウムを手毬てまりに向け、僕はキメ顔をつくる。


「と、特別⁉ それって──」

「ん? いや、僕、同担拒否は男限定だからね。ガチ恋勢とはそういうものさ。女の子のファンは増えて欲しいくらいだもん。女の子ファンが増えないと色々グッズ展開とかがね、狭くなる気がするし。僕、女の子の友達なんて手毬てまりとこまちゃんくらいしかいないし、それに手毬てまりにもderellaデレラの良さをもっと知って欲しいし」

「……そう。いや、うん……えっとじゃあ……羽織るだけなら……」

「着てくれるんだ! やったー!」


 僕の幼馴染はノリがよかった。

 でも、そこが手毬てまりのとても良いところだと思う。

 僕は着ていた法被──ではなく、新品の予備法被を押し入れから取り出して手毬てまりに手渡す。


「なんでもう一つあるの⁉」

「いや、こういうのは常に予備を用意しとかなくちゃ。何があるかわらないし、こうして布教用にもなるしね。よかったらあげるよ、それ」

「え、え、くれるの……?」

「うん! 手毬てまりはね、もっとderellaデレラを好きになってくれると僕は確信してるからね! まあ羽織ってから決めてみても」

「う、うん」


 と頷いてから、手毬てまりは恥ずかしそうに僕のあげた色違いの法被を羽織った。

 ちなみにピンク色だ。僕のは黄色。


「お、いい感じじゃん。似合ってる似合ってる!」

「そ、そう……? めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……」

「わかるわかる。僕もこんなの一人で羽織って恥ずかしい奴だなと最初思ってたんだけど、これを常に着るようになってQOLが爆上がりしたよね。常に気持ちがあがり、マイナス思考にならず、勉強とかも捗る」

「…………ネコ型ロボットの道具よりすごいよね、それ」

「たしかに。アンキパンいらないもんな……! つ、つまりderellaデレラはネコ型ロボットを超えているのかっ‼ 令和のネコ型ロボットだよ、derellaデレラ! で、どう? テンションあがってきた?」

「う、う~ん……ま、まあ」

「だよなぁ~! お揃いの法被で応援するとかめちゃくちゃテンションあがるよな~~~! いやぁライブまじでしてくれないかな~~~!」

「お揃い……ね」


 手毬てまりが少し嬉しそうに微笑む。

 うんうん、わかるわかる。

 お揃いとか色違いで合わせて参戦するのが楽しいんだよね。

 よかった──手毬てまりも気に入ってくれたみたいだし、もしライブに行けることがあれば手毬てまりも誘うとしよう。


「というわけでプレゼントするから、いつかそれ着て一緒にライブ行こうな!」

「え⁉ あ、う、うん! …………てか、部屋ホントにすごいね。グッズだらけ」

「ふふん、いいだろぉ? 全然まだまだだけどね。これからも増やすぞぉ! そのためにバイトもしてるしな‼」


 まあ、今日休んだんだけど。

 いや、でも今日は仕方ないのだ。お金には代えられない大切な瞬間があるのだ!


「まあ……ハルがderellaデレラ大好きなのは知ってるし……今更驚かないけどね。ふーん、へー、これ自作? すご……」


 手毬てまりはそう言いながら僕の部屋を隅々まで感心したように見渡す。

 ご紹介が少し遅れたけど有真ありさだ手毬てまり──前述のように僕の幼馴染である。

 胡桃染色がとても似合うミディアムヘアーで、僕もそんな艶々の髪になりたいと思う程綺麗な髪。それと、幼馴染なので敢えてこれは言及するのだけど顔がめちゃくちゃいい。

 嫉妬しますよ、僕もそんな顔の女の子に生まれたかったなぁ! って。


 あと、何故か春休みで何も用事なんてなかっただろうに(僕の部屋を訪ねてくるくらいだし)小綺麗な格好をしていた。

 僕なんて滅茶苦茶ジャージに法被なんだけど。

 それ程にあらゆる意味で身なりが整っている。

 僕のあげたオタク丸出し法被を羽織ってもちゃんと綺麗だ。


 そして小さい。

 身長差が僕と20㎝程あるので本当に妹のような存在だった。


 というか──家族ぐるみの付き合い、否、をしているのでのような存在。

 詳しく言及すると手毬てまりのプライバシーを侵害する可能性があるので手短に話すと、手毬てまりは父子家庭。父親の有真ありさだひかるさんも仕事が忙しく、家にいないことが多かったので小さいときはよく一緒にご飯を食べたりして長い時間を共に過ごしていた。

 その関係は今も変わっていなくて、こうして自由に僕の部屋を訪れてくる手毬てまり

 まあ、僕も手毬てまりには自由にして欲しいという兄的感覚でいるので、僕の部屋のベランダドアは常に鍵を開けっぱなしだ。


 しかし――今、この瞬間は違う。

 自由にして欲しいとは思ってい。本当に思ってはいるのだけど、今の僕にはどうしてもやらなければいけないことがあるのだ。


「ところで。楽しくお喋りしてしまったあとだけど、何か用事? 折角来てくれたのに悪いんだけど、僕は今から人生よりも大切な用事があるんだけど……」


 僕がそう切り出すと、手毬てまりは不思議そうに僕を見る。


「人生よりも大切な用事? なにそれ、そんなものがこの世に存在するんだ……」

「ふっ。僕は自分の人生より人の人生を大切にしているからな」


 かっこつけて言ってみたけどderellaデレラの人生の1ページと言える新曲を聴きたいだけだった。

 まあ推しの新曲程大切なものはないからね。


「なるほど……? まあ、あたしは大した用事ってわけじゃないし。じゃあ、ハルの用事が終わるまでここで待たせてもらおっかな」

「いや、それは構わないけど」


 自由にして欲しいとさっき言った手前というわけではないけど、それならどうぞご自由に、だ。


「え、でも僕、今から『たぶつき』の新曲を堪能しまくるから……本当に何もしてあげれないけど」

「……そうなんだ。じゃあ、あたしも一緒に堪能しようかな」

「お? いいね! ヒュー! じゃあ今から『たぶつき』新曲鑑賞会だ‼ あ、サイリウム要る?」

「……それはいらない」

「まあ、僕も最初は正座して聴くけどね」


 言って僕は正座する。そしてスマホから『たぶつき』の新曲を流した。

 さすがに爆音にはしないけど。


* * *


「って本当にずっと無視かーーーーーーー⁉」


 三時間程経過したところで手毬てまりがそう大声で叫んだ。

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