第1話「有真手毬」(1)
夢の中でこれは夢だと確信するときがある──それが今だ。
だって僕の身体が小さい。
これは、きっと──
小さい頃の夢。
僕が歌を唄っている。
観客は一人。小さな女の子──とても嬉しそうに笑っている。
僕なんかの歌で。
ただのお誕生日の歌なのに。
* * *
「んんっ」
寝惚け眼を擦り、身体を起こす。僕は今、春の休みを満喫していた。あまりにも満喫しすぎて、どうやら居眠りしてしまったらしい。おかげでいい夢が見れたけど。
本日は、3月33日。
寝惚けているわけでもなく、僕の頭がおかしいわけではない。
注釈させて頂くと、僕がイントロだけ聴いて号泣してしまう程大好きな曲『マシロ・ハート・ダイアリー』の歌詞にある「3月33日まであればよかったのに──」を引用させてもらっている。
残念なことに僕のカレンダーは3月33日にはなってないので、僕がカレンダーに「3月33日」と書き直しているけど、普通に今日は4月2日だ。
その
花丸のついた「5月10日」は──
その日に何かあると予告されているので今からドキドキだ。
恐らく新曲かアルバムの発表!
それともう一つ──大事な日。
その日は僕の幼馴染の誕生日でもある。
もうすぐだからあんな夢を見たのかな?
しかしまあ。
3月33日まであればよかったのに……?
なんて泣ける歌詞だ…………好きすぎる…………………………。
ちなみに『マシロ・ハート・ダイアリー』は初めて
この曲が初作詞だったのにこんな素敵な歌詞をかけるなんて神じゃなかろうか。
いや、
お祈りしよう──僕は壁に貼り巡らされた
「ありがとう、
なんて。
馬鹿なことをやっていると、床に置いてある僕のスマホからタイミング良く『マシロ・ハート・ダイアリー』のイントロが爆音で流れてきた。
そう。
僕は今、自室で優雅にクッションにもたれながら『たぶつき』爆音音楽鑑賞を行っている最中である。
その途中あまりにもテンションリラックスしすぎて眠ってしまったようだけど(
ただ!
この曲のイントロだけでテンションマックス(たぶつきの曲は高揚効果もあるんだよな~~~!)。
さすがに何億回と聴いている『マシロ・ハート・ダイアリー』なので、こうして普通に聴く分には涙しない。涙はしないのだが。
僕はパンと手を叩き──
「キタァァァァァァァァ!」
と叫びながら、床に放置されていた
これを隙があればやってしまう。好きだから‼
「うぉぉぉぉぉぉ‼」
イントロから全開でUOをグルグルと回す僕。
一人で。イントロなのに。別にそういう曲調の歌でもないけれど。
高まってしまうから。
でも、みんなは真似しちゃダメだよ。マナー違反だからね!
僕は一人家でしてるだけだからセーフ!(というか
いやでも──最高すぎる~~~~~~~~‼
ちなみに今、僕は
勿論自作だ。これでもう完全ライブ気分の僕。一人でもノリノリ。高校一年生、最高の春休みを満喫中。
「マシロ・ハート・ダイアリー~~~~♪ うおぉぉぉ、やっぱり最高だなぁぁぁ!」
一人カラオケもやりたい放題である。
爆音音楽鑑賞から察しがつくように現在家には僕しかいない。
両親は不在。
別に父親が地球防衛機構軍の大佐で忙しいとか母親がニュースキャスターで忙しいというわけではなく、父親は普通に会社員で、母親は僕が高校生になったと同時にパートに行くようになったので働きに行っているだけである。
所謂ごく一般的な一人っ子の家庭というやつだ。
家に誰もいなくて自由──というのは本当に最高だ。
さすがにこの姿を親に見られると、色々な意味で心配されそうなので一人の時しかやっていない。ゆえに一人の時はこうして思いっきりやりたい放題しているというわけだけど。
そんな僕も、もうすぐバイトに行かなければならないのでこの最高の時間はそろそろ終わりにしないといけない。
と。
スマホから通知音がこれまた爆音でなった。
さておき、僕は未だ爆音鳴り響くスマホを急いで取り、瞬時にイイネとリツイートをしてから内容を読んだ。
たぶつき【公式】@tabu_tuki≪告知です! 今日は『マシロ・ハート・ダイアリー』の日ですね! それを記念して新曲『
「ふわぁぁぁぁぁぁぁああああああああ⁉」
思わずデカい声が出てしまった。ついでにスマホも落としてしまった。
一瞬ショートしたが、なんとか復帰。
僕はパンと両手を叩き──
「ヨッシャキタァァァァァァァアアアアア‼」高い声で「ウワヤッタァァァァァァアアアアアア‼」と、叫んだ。
慌ててスマホをもう一度手に取る。動悸がすごい。手もぷるぷる震えている。
え、待って。
し、新曲⁉
いや、新曲予測はしていたけど、まさかこのタイミングでくるなんて……神すぎる。
つまりだ。
このタイミングで披露する曲があるということは、5月10日の予告は……?
まさか……? いや、まさか……なんて考えが過り、胸が躍る。ときめいてしまう。
ふふふ。
もっと好きになってしまうじゃん!
いやいや、そんな妄想ばかりしてる場合ではない。
早速新曲を聴かなければと思ったが、バイトの時間まであと1時間だった。
普通に考えると、選択肢としては──
① ちょっとだけ聴いてテンションをあげてバイトに向かう。
② 今は聴かずに帰ってきてからゆっくり堪能する。
この二つだと思うけど、僕はどちらも選ばなかった。
第三の選択肢‼
僕は未だスマホから爆音で流れる音楽を止めて、すぐさまバイト先に電話をする。
「お電話ありがとうございます。『喫茶ヤギヒツジ』です」
ワンコールの後、優しいお姉さまの声がした。
よし、当たりを引いた。僕の運は良いみたい。いや、
ありがとう
「あ、僕です。
「あぁハルくん? どうしたの?」
「大変申し訳ないのですが、その、急用ができまして……」
「……ははん? その唐突な感じ、さては『たぶつき』関係だな?」
察しが良くてめちゃくちゃ助かる。日頃の言動の賜物かもしれない。
いいぞ日頃の僕!
声の主──
「いいよいいよ。ハルくんが『たぶつき』に命かけてること知ってるし。それに今日暇だし、このまま私が頑張っちゃうよー」
「うぉぉぉぉ! マジっすか! ありがとうございます‼ この恩はまたきっとお返し致しますので……」
「あはは、いいっていいって。というか私の方が代わってもらった回数、10回は多いし。お互い様ってやつですよ」
「いやまあ、今回は急だったので……」
「大丈夫大丈夫。じゃ、何があるかは知らないけど楽しんで~!」
「ありがとうございます‼ じゃあまた明日!」
「ほ~い! じゃあまったねー!」
と、
僕は胸をなでおろす。
優しくて理解のある先輩で本当によかった。
僕はとても恵まれている──神に感謝しなくては。
この場合の神も
さて、これで今日一日ゆっくり新曲を堪能できるぞ‼
ああ、もう滅茶苦茶嬉しいな……最高……
誰もいないはずの扉から──ではなくベランダドアの方から。
そこに居たのは勿論サンタさんとかではなく(わざわざノックをしてくれるサンタさんがいるなら逢ってみたいくらいだ。それが
僕の幼馴染──
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