プロローグ 手毬編「恋語り」

 他人の恋の話なんてあまり興味がないかもしれないけど、少しだけ聞いて欲しい。

 あたし──有真手毬ありさだてまりは恋をしている。

 いや……正確にはずっと片思いを続けている。片思い──一人で勝手に思っているだけだ。何年も。何十年も──と、ならないようにはしたい。そろそろ十年にはなるけれど。


 そんなに好きならさっさと告白してしまえばいいと言われたことはある。

 でも、それは中々難しい。

 難しいというより、その選択肢があたしの中にはないからだ。

 これはあたし個人の問題で、あたし個人の価値観でしかないけど――まず、今の関係をあたしから壊すというのができない。

 告白をすれば、たとえ受けいれてもらっても、たとえ受け入れられなかったとしても、今の関係は終わってしまう。


 ──なんてあたしにはできない。

 何故か振られる前提だけど……。

 まあ、単純にあたしが臆病なのだ。

 仮に受け入れてもらえるなら、たしかに関係は壊れない──幼馴染という関係は壊れてしまうだろうけど。


 まあ、それは恋人という上位の関係になれるなら問題ない。

 恋人という関係もいつか壊れるかもしれないなんて怖いことを言う人がいるかもしれないが、あたしはそれに「絶対ない」と強く答えるだろう。

 永久に仲良しでいられる自信があたしにはある。

 もし受け入れてもらえたなら結婚前提のお付き合いだとあたしは思っているくらいだ。


 自分でも思う。重い女だ……。

 それくらい好きだと思ってくれたら嬉しいかな……。

 そういう謎の自信はあるけれど、やっぱり告白を自分からすることはできない。

 関係が終わってしまうという問題以外にも色々理由はあるのだけど──その一つがあたしは自分の好意を相手に強制したくないとずっと思っている。


 これはたぶん育ちに起因する──身勝手な恋愛というのに若干抵抗があるのだ。

 あたしは、一生、母のように身勝手にはなれない。

 今はもう何も思ってはいない。でも、幼心に傷ついていたんだろう。


 そういう経験があったからだと思う。

 自分の好意を相手に伝えることは──成功しても失敗しても、多かれ少なかれお互いを制限、強制することだとあたしは思うようになった。

 そしてそれはたくさんの人に影響、波及していく。

 おこがましい話なのだけど、あたしは今まで3人に告白されたことがある。あたしなんかを好きになってくれたことは本当に嬉しかったし、いっぱい驚きはあったけど──前述の通りあたしは重い女で、自分でも馬鹿だなっと思うくらいの好きな人がいたから、全員丁重にお断りすることになった。


 告白されるということは、本当は嬉しいことなのに──あたしは、を結局色々制限させることになってしまった。

 行動だったり、感情だったり。

 告白してくれた子はあたしがお断りしても、あたしのことを好きでいてくれる。たぶん他に好きな人ができるまで。もしくは気持ちが途切れるまで。

 断られたからすぐに好きじゃなくなる──なんてことはないだろうし。

 もしかするとそういう人もいたかもしれない。

 いや、そうじゃなかったからその男の子は言動を制限されてしまっていたのだと思う。


 好きなままだから──気まずい。怖い。だから話せない。近づかない。関わってもこない。

 それが申し訳ないなと、どうしても思ってしまう。

 あたし自身にも制限ができる。

 それが嫌だったということはないのだけど、やっぱり辛いし、悲しい。


 じゃないからだ。


 それまでずっと仲が良かったのに──あたしが話し掛けても辛そうな顔をするだけだった。

 その気持ちがわからないわけじゃない。

 いや、痛いほどわかる。

 でも、それがやっぱり辛い。

 勿論、仲良くしてくれる子もいるので一概には言えないけど。その子がたまたま特別で、たぶん──とても強い人だからだろう。尊敬する。


 あたしは正直強くない。

 だから。

 それをあたしが相手にしてしまうかもしれないと思うとすごく怖いのだ。

 そして嫌だ。

 あたしは自分の好きな人に辛い顔をして欲しくない。あたしのせいで悲しい気持ちになって欲しくない。


 一番はたぶん──あたしが話せなくなるのが辛い。

 まあ、だから何度も言うけどあたしが単に臆病なだけなのだろう。

 この話を友達にしたときにも言われた。


 手毬てまりは臆病すぎる、と。

 世界はもっと単純に動いているとその子は言っていた。実は意外とみんなそんなことはすぐ忘れて次の恋に行くのだと。

 そう言われるとそういう気もしてしまうけど、じゃあ、あたしの十年の恋心はどうなってしまうんだろうとあたしは思う。


 それがなくなるのも結局怖いのだ。

 それにあたしは重い女だから──絶対にあたしのことを好きになってもらいたい。

 というわけで、あたしの恋は何もないまま続いている。

 

 勝算は──現状ない。

 幼馴染で、仲が良くて、ずっと一緒にいた。

 それくらいだ。


 勿論好きになってもらう努力は色々しているつもりだけど、今のところは効果がないようだ。

 それにあたしの片思いの相手は────今、恋(?)をしている。

 恋(?)と言っていいかは謎だけれど、本人が「恋しちゃったんだ、たぶん気付いてないでしょ」と、言っていたので恋をしているのだろう。

 だからあたしはとうに失恋している──というわけでもない。

 あたしの片思いしている人の好きな人。


 その相手は──なのだから。


 さぞ意味不明なことを言っていると思われているだろうけど、それ以外に言いようがない。

 あたしはあたしに負けている。


 でも。

 そのおかげであたしは密かに好きを伝えることができていると思う。

 本当は自分から好意を伝えるのは、なしだと思っているけど……それだけは許して欲しいと思って──あたしは歌に、歌詞に、想いをのせている。


 さて、そろそろ情報解禁の時間だ。

 あたしの新曲の感想でも聞きにいこうかな。

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