ラブレター
夏緒
ラブレター
「今日でこの生活もおしまいね」
「あなたがいなくなると思うとせいせいするわ」
「だってすごく大変だったんだもの」
「本当に浪費家で、だらしがなくて、いい加減で、自分の好きなことばっかり優先して」
「わたしが具合を悪くしたときなんて、必ず俺も具合が悪いなんて言い出して。わたしあれだいっきらいだった。人の看病を理由に仕事サボってわたしよりもぐっすり眠っていたわ」
「腰が痛いなんて言ってかばうような仕草して、わたしがいないところでスタスタ歩いてたの知ってるんだからね」
「自分の好きなものはなんの相談もなく勝手に買ってきて」
「わたしが欲しいものにはケチをつけたくせに」
「わたしの五千円の服を買うのは渋ったくせに自分の十五万の時計は即決したの、わたしは未だに根に持ってるんですからね」
「 」
「出したら出しっぱなし」
「置いたら置きっぱなし」
「投げたら投げっぱなし」
「あの時計、どうせ未だに捨てられたことにも気づいてないんでしょ」
「捨てたわよ。埃かぶってゴミと一緒に投げてあったんだから」
「売らなかったわよ。捨てたの。腹立たしかったんだもの。どうせ今の今まで気づいてもなかったんだから、どうでもいいじゃないの」
「ああ、文句しか出てこないわ」
「 」
「最初はこんなんじゃなかったのにね。今じゃ文句ばっかり」
「ねえ、最初の頃を覚えている?」
「初めて会ったとき。どうせ覚えていないんでしょ。わたしは覚えているわよ。初めて会ったとき、あなたはべろべろに酔っていて、いきなりわたしに抱きついてきたのよ」
「信じられないでしょう」
「でも知り合ってからここに来るまで、早かったね」
「いろんなことがあった」
「まあ、デートにまめだったのも最初だけだったかしらね」
「ねえ、初めてしたのはお風呂場よ。お風呂場! 覚えてる?」
「あとは、一緒に桜を見に行ったわ」
「ミニチュア展にも行った」
「水族館も行ったわね」
「動物園も行った」
「遊園地も、海を見に行ったりもしたわね」
「美術館にも行ったわ。温泉にも。あとは、アウトレットとか?」
「車のなかでキスをしたことも覚えているわ。どうせあなたは覚えてないでしょ。大丈夫よ、はなからそんな期待はしていないから」
「ボードゲームもたくさんしたわね」
「ドラマもわりと一緒に見たかも」
「パズルはあなたがいつも先に放り出していた。完成させるのはいつもわたしばかりで」
「思えばあなたは家のことなんてなんにもしなかったわね」
「だめだ、また腹が立ってきた」
「とにかくもう今日でおしまいよ」
「あなたも楽になったでしょう」
「明日にはこんがり焼いて骨にしてやるんだから。怖いから途中で生き返ったりしないでよ」
「 」
「あーあ。あなたのおかげでわたしの野望が台無しだわ」
「わたしには野望があったのよ」
「あなたの嫌いな柚子を食卓に出し続けたでしょう。嫌がられても出し続けたわ」
「わたしが先に死んで、あなたはひとりでジャンクフードばかりになって、たまたま寄った惣菜コーナーで、いつもわたしが食卓に出していた柚子大根の酢漬けを見つけるのよ」
「惣菜だったなんて知らなかったでしょう。恋しく思うなんて思わなかったでしょう。苦々しい気持ちで買って帰って、嫌いな柚子大根を泣きながら食べればよかったのに」
「あなたが先に死んだおかげで台無しよ」
「わたしは柚子大根食べても泣かないしね」
「 」
「どうして先にいってしまったの」
「まだ追いかけたりしませんよ」
「そのうちわたしもそっちに行ったら、また出会いからやり直せるかしら」
「わたし明日あなたの骨を拾わないといけないのよ」
「どうしてくれるの」
「冗談じゃないわよ」
「これでまた会ったときに別の人と仲良くしてたら刺し殺すわよ」
「 」
「 」
「 」
「ま、骨になったらぜい肉全部なくなるから、スリムになっていいんじゃない」
「もうちょっと待っててね」
「取り敢えずさよなら」
おわりっ
ラブレター 夏緒 @yamada8833
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