脱走中
仲野ゆらぎ
脱走中
夜明け前、とある刑務所で警報が鳴り響く。
ここはエリア1、犯罪者たちが集まる地下牢獄。
そんな地下牢獄へと、警報を聞きつけた看守たちが一斉に集まってきて──
「脱獄だ! 脱獄者が出たぞ!」
──口々に騒いでは、看守たちがそれぞれの武器を手に取った。
看守Aが手にしているのは手錠型メリケンサック。
看守Bが手にしているのは警棒型スタンガン。
看守Cが手にしているのは拳銃型スイープライフル。
「今すぐに全エリアを封鎖しろ!」
トランシーバーを構えた看守Dの指示により、看守Eが手にしていたリモコンのスイッチを押す。
がががが! とやかましい轟音を響かせながら牢獄の壁が動いていく。
看守たちが駆け込んできた出入り口をのぞき、地上へ出ていくための全ての進入経路は塞がれた。
「脱獄者の体内に埋め込まれたGPSチップは機能しているか?」
「ああ!」
看守Dの問いに力強くうなずいた看守Fは、スマホ型フロアマップの赤い点を懸命に目で追いながら、
「脱獄者はエリア2を進行中だ!」
「エリア7まで到達されてはまずい。本当に刑務所を脱してしまう!」
看守Gが眼鏡を掛けながら、
「私のスキル・千里眼で追跡する。看守Hはスキル・瞬間移動で、看守Iを脱獄者のもとまで送り届けろ!」
看守Iはスニーカーを床できゅきゅと鳴らしながら、
「ああ、追跡は任せろ! 私のステータスは100メートル走8秒7だ!」
「捕獲は私に任せろ!」
看守Jが羽織っていたジャケットを脱ぎながら、
「このポリエステルネットで追いついた脱獄者を捕らえる!」
「ならば看守Jは私が運ぼう!」
スケボーをがらがらとひきずった看守Kが口を挟む。
看守Jがスケボーに足をかければ、ぶるると車輪がエンジン音を鳴らし始める。
看守Lと看守Mが、牢獄の外壁をべりべりと剥がしてあらわれた赤色と青色のバーを同時に下ろした。
壁から新たに出てきたのは、どこへ繋がっているかもわからないエレベーター。
「「エリア4に先回りさせてもらう!」」
看守Nと看守Oがほとんど同時に叫んで、
「エリア3にはすでに看守Pと看守Qが待ち伏せている! 看守A看守B看守Cも、看守Hの瞬間移動を使ってエリア5で待機しろ!」
「まったく、看守Sと看守Tはいったい何をしていたんだ? エリア2は彼女らの担当だろう!」
そう文句を垂れれば、終始フロアマップと睨みっこしていた看守Fが答えた。
「おそらく彼女らは共犯者だ!」
「なんだと!?」
「あの二人は特に首ったけだったからな! 籠絡されてしまったのだろう!」
だん! と壁に拳を叩きつけた看守Uが、
「抜け駆けしやがって……! 脱獄者を籠絡すべき看守が逆に籠絡されてどうするんだ!」
「起きてしまったものを嘆く暇はない!」
看守Uを叱りつけたのは看守Wだった。
「早く脱獄防止装置を起動しろ!」
「ああ分かってる!」
再び外壁から現れた黄色のバーを、看守Uが勢いよく下げた。
がががが……と何枚もの壁を挟んだはるか彼方で音がする。
エリア6に備えられた脱獄防止装置の起動を確認した看守Xが、
「あの装置は私が開発したんだ! 絶対にあの装置を攻略することなどできない!」
「どういう装置なんだ?」
看守Yがたずねれば、看守Xは自慢げに。
「量産型看守ロボットがひとつの箱から大量に放たれるんだ!」
「本当にお前の言うことを聞くんだろうな? 看守Sと看守Tみたいに操られたりはしないか!」
「私の開発に間違いはない!」
そんなやりとりを聞いていた看守Dが、トランシーバー片手に辺りを見渡して。
「……んん?」
看守Dは、怪訝そうに眉をひそめた。
「──看守Zは、いったいどこにいる?」
=====
7つのエリア内に、26人の看守が務めている刑務所。
そんな刑務所の最後の関門、エリア7に到達した脱獄犯の男はぜえぜえと息を切らしながら、
「あ……ありがとうな、看守Z」
自分の隣に立っている女に声をかけて、
「この門を抜ければ、外へ出られるんだな?」
「そうだ」
看守Zは答えた。
「今日のためにエリア1から直接エリア7まで移動できる魔法陣を用意しておいた甲斐があったな。私のスキル・完全凍結で、お前の体内にあるGPSチップもすでに機能を止めている」
「そ、そうか……」
「お前が刑務所にきてから三ヶ月か。まあ、少しだけ別れるのは惜しいな」
「ただでさえ俺は無実だってのに、地獄すぎるだろこんな刑務所!」
脱獄犯の男が額の汗を拭いながら、
「いくら俺しか男がいないからって、毎朝毎晩のように俺の牢獄に入り浸っては看守たちがアプローチをかけてくるとは……それも、毎日違う看守がだ!」
「
「モテること自体は俺だってそんなに悪い気しないけどさ、俺だって女のタイプとかいろいろあるんだよ。ここの看守、どいつもこいつもブサイクすぎんだろ!」
すると、男は息を整えながら、無表情で自分を見据えている看守Zを見返した。
端正な顔立ちをした看守Zに頬を染めながら、
「……な、なあ看守Z。外に出たら、俺と一緒に暮らさないか?」
すると看守Zは、顔色ひとつ変えず。
「私は既婚者だ。お前には一切合切興味がない」
そう答えるなり、手に持っていたリモコンのスイッチを押した。
エリア7の最後の扉が、がががとゆっくり開かれていく。
自由の扉を希望に満ちた瞳で見据える男に、看守Zは最後、こう告げたのだ。
「さらばだ『アンド』──もう二度と会うことはない」
=====
読んでくださりありがとうございました。
現行で連載している作品も含め、これからもぜひ、那珂乃の小説をいろいろと読んでみてください。
脱走中 仲野ゆらぎ @na_kano
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