出会いと別れはひとまとめ
御影イズミ
出会いは虹色、別れは灰色
異能力を扱う世界、エルグランデ。
中央諸島と呼ばれる島の真ん中に建っていた神殿に、彼はいた。
『生きた願望器』レイ・ウォール。――後の名をアニチェート・ヘル・ウォールと呼ばれる男。
彼は毎日、世界中の人々の願いを叶えるために灰色の空と灰色の景色を眺めながら『おつとめ』を行っていた。
奇跡の力と称されるその力は、本当に人の願いを叶えるもの。今まで叶わなかった願いなど1つもなく、全て綺麗に叶えていた。
生き物が死ぬことも、国が壊れることも、彼に願えば全てが叶うと言われるほど。レイの『おつとめ』は完璧に行われていた。
――けれど、レイの認識が少しずつ変わったのは……ある男が来たからだった。
「第8調査部隊隊長、ハルモニア・マーベル・アーティ・エンティールです。はじめまして、レイ様」
「……副隊長、フォンテ・アル・フェブル。っつか、なんでこんなガキに丁寧語使わなきゃならんの」
「まあまあ。一応、俺らより位は上だから。ね?」
「ね? って言われてもよぉ……」
大きくため息を付いた白髪の男。名をフォンテと称した男は、レイを見るなり子供じゃないかと言い切った。
子供。そう、子供だ。レイは奇跡の力を使えるとは言っても、まだ子供。故に彼にとってはこの神殿がすべての世界であり、神官たちから教えてもらったことすべてが知識。人が生きることも人が死ぬことも、彼にとっては些末な知識。
だからレイとフォンテが出会った当初は、レイはとても怯えた。顔つきの悪さもそうだが、態度の悪さがとんでもない男が来たもんだと。
ハルモニアの方は優しそうな男だったからすぐに馴染めたが、フォンテの方はどうにも怖くて近づけなくて、数日はなかなか仲良く出来なかった。
「なあ、ハル。俺、もしかして嫌われてる?」
「嫌われてるっていうか……お前、鏡見たことある?」
「あるぞ。最高のイケメンが写っていた」
「堂々たるナルシスト宣言ありがとう。とりあえずその最高のイケメンのせいで怖がられてるって気づけ」
「むぅ……」
何をどうしたらレイに怖がられないようになるのかを考えに考えたフォンテ。まとまった思考の中は、レイが自分を怖がる理由が顔にあることには全く触れず、こんな狭いところにいるのが悪い! と決めつけ始めたのは言うまでもなく。
そうと決まればと、フォンテはレイを担いで神殿の外へと連れ出した。恐怖のあまりにジタバタと暴れに暴れたレイだったが、吹き抜ける風、外の柔らかな光を目に入れると……途端にその動きは止まっていった。
突如現れた色彩あふれる外の世界。レイにとっては写真でしか見たことのない色がある世界は、匂いも、音もたくさん溢れかえっていた。
目の前に溢れた様々なものがすべて初めてだったせいか、レイは顔を歪める。いろいろな情報が脳に流れ込んできたものだから、処理が追いつかないようだ。
「フォンテ、下ろしてあげなよ。レイ様困ってるよ?」
「んぁ? なんだ、外に出るの嫌なのか?」
「いやいや、レイ様を外出させるのはこれが初なんだよ。神官の人達も言ってたでしょ」
「知らん。子供を閉じ込める連中のことなぞ知らん」
「もぉ。……でも、まあ、それがお前らしいというかなんというか。ちなみにコレはお前の独断行為ってことで処分しとくよ」
「あっ、テメ。自分の隊に被害が出ないようにしやがって」
「ははは、独自先行で適当やったやつの言葉なんてきこえなーい」
笑い合うハルモニアとフォンテの隣で、レイは今も脳を埋め尽くす色彩と、音と、感触に心が震えていた。
灰色しかなかった世界を変えてくれたのは、誰でもない、自分が勝手に怖がっていたフォンテだ。こういうときなんて言えば良いのかわからなくて、レイは彼を見上げるだけになってしまっていた。
けれどフォンテはその視線だけで十分だと、レイに笑いかけた。何も知らない子供が礼を言うなんてことは難しいだろうと。
「ま、これからどんどん成長していくんだ。常識とか諸々は、今後は俺らがしっかりと教えていってやるよ」
「けど、変なことは教えるなよ? お前、座学の成績悪かったろ」
「うぐっ……そ、それはー、ハルに任せると言うかー……」
「残念だがレイ様の世話はお前に一任されることを忘れるなよ? フォーリャ様のこともあったんだからな」
「うぐぇ……」
そんな色との出会いから始まった日々は、とても楽しくて、終わってほしくないと思っていた。
大きくなっても、ずっとこの色を見続けていたい。大きくなっても、ずっとフォンテと一緒に世界を見ていたい。
そんな願いが――……。
――叶わなかった。
フォンテ・アル・フェブルは、エルグランデから失踪した。
その情報が届けられて以後、神殿から人が少なくなり……レイ・ウォールを世話する人間が誰一人いなくなった。
ハルモニアも彼を探し出すために旅に出ると言っていなくなり。
神官たちもレイという存在に恐怖を覚えていなくなり。
最後、残された神官も……病死で亡くなった。
レイは願いを叶える力を使って人を殺し続けたことで、バチが当たってしまったんだと泣き叫んだ。
フォンテに言われて止めていたことだったけれど、『おつとめ』を止めるわけにはいかなかったから隠れてやっていたことがバレてしまって、バチが当たったんだと。
突然の別れに何をどうしたらいいのかわからなくなったレイは、やがて衰弱してしまう。
今まで食事を作ってくれた人も、今までたくさん話し相手になってくれた人も、もうどこにもいない。自分だけが神殿に取り残されてしまって、あとは死を待つだけ。
ふわふわとした意識の中、彼は最初で最後の『願い』を自力で叶えようとした。
『一緒にいてくれる友達が欲しい』という、小さいけれど必死な願いを。
******
「……なーんてことが昔あったんだけど、覚えてねぇよな、フォンテ」
「覚えてねーな。記憶、全部ぶっ飛んだし」
「ははは、だよなぁ」
アニチェートとフォンテは、ある世界の空の下で笑っていた。
あの日にエルグランデで死んで、ある神様の精神体となって大きくなったレイ・ウォール――アニチェートと。
あの日以前にエルグランデから失踪し、記憶と時間が逆行して大きくなったフォンテ・アル・フェブル。
すべての時間と事柄が複雑に絡み合って、今一度彼らは出会った。
今度は別れたくない。そんなアニチェートの願いや思いが積み重なって、今はまだ二人が別れる気配は何処にもない。
けれどいつしか、また別れる日が来る。その時まで、アニチェートは必死に生き続ける。
今度はきちんと、目を見て、別れることが出来るようにと。
出会いと別れはひとまとめ 御影イズミ @mikageizumi
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