もう一度、真夏の群青の夜を。
金澤流都
きみの瞳は群青色で
出会いというものは大体唐突だと僕は思う。
それは空がやたら青い夏の日、ゴミ捨て場で出会った「いのち」だった。
その「いのち」は少女の姿で、でも一目みて人間でないことが分かった。体には複雑なパーツの継ぎ目があり、この「いのち」が、だれかに不要だと判断されたのだな、と僕は想像した。
まだ、微かに「生きて」いる。僕はその日、その「いのち」を秘密基地に連れて行った。
秘密基地はこーたろが作って、ミミ子が内装をととのえ、僕が「ようちクラブキャンプ地」と名付けたもので、この近所の子供ならだれでも入っていい、と3人で決めた。でも実際のところこの「ようちクラブキャンプ地」に出入りしているのは僕ら3人だけで、それはおそらく見つけにくいからだと思う。僕らはみんな6年生で、下級生には優しくしようと学校で言われているので、入りたいと言われたらいくらでも入れてやるのだが、まあそれはともかく。
僕の拾ってきた「いのち」を見て、こーたろが口を尖らせた。
「シュンペイ。これ上町のお屋敷の人が捨てた、なんか……えっちなロボットじゃないか?」
「でも生きてるぞ。お屋敷のひとはロボットなんて使わないんだな」
「そりゃそうよ、いまの流行りはライブドールだってテレビで言ってた。冷たいロボットなんてもう流行らないのよ」
ミミ子は夏休みのあいだ、テレビのチャンネル権を手に入れたらしく、上町のお金持ちの人たちに流行っていることを自由研究にするのだと言っていた。
「とりあえずこのライブドール、動かしてみるか」
こーたろがそう提案する。ミミ子も、なんだかんだ動いているライブドールを見てみたかったらしく、起動することに賛成した。僕も、この「いのち」がなにを語るのか、期待して――ライブドールの首についている、首輪の電源ボタンを押した。
しばらくぶうううーんと唸る音がして、ライブドールは群青色の目を開いた。僕たちは、
「おおお」と歓声をあげた。
「この端末はストレージ不足です。新しいストーリーを入力したい場合は、初期化を行うかストレージの内容を移動してください」
「すとれーじ、って、端末のデータが残りどれくらい……ってやつだよな」と、こーたろ。
「じゃあ初期化しよう。ええっと、もしもし端末。ライブドールを初期化して」
僕が自分の端末からライブドールを初期化すると、ライブドールはまるで赤ん坊みたいに僕らを見て、
「だれ……?」と訊ねてきた。
「俺がこーたろ。こいつがシュンペイでこいつがミミ子」
「こーたろ、シュンペイ、ミミ子。わかった」
と、ライブドールは笑顔になった。
「お前、名前なんていうんだ?」と、こーたろ。
「ない。つけて」
3人でライブドールの名前を考えた。きょうは暑いので、ナツという名前をつけた。
それから、秋になるまで、僕たちは毎日ナツと遊んだ。かくれんぼをしたり、虫を捕まえたり、「ようちクラブキャンプ地」にゲームを持ち込んで一緒に遊んだりした。
ナツは神様みたいなすごい人が作ったはずなのにずいぶんと頭が悪かった。ミミ子曰く、「上町のお金持ちの男の人は、自分より頭のいい女の子がきらいなんだって」ということだった。
ナツが具体的に、どんなことに使われていたのか、僕らは薄ぼんやりとしか想像できない。僕ら下町の子供はだいたいお母さんしかいない。お父さんなんて学校の教科書にしか出てこない。じゃあ僕やこーたろは大人になったらどうなるのか、ということは、なるべく想像しないようにしていた。
9月1日、僕たちは学校に行く前に「ようちクラブキャンプ地」に向かい、ナツに「ここを出ちゃいけない」と言って、それから学校にいった。もちろん遅刻して、3人そろってお薬の罰を受けた。新学期早々飲まされたお薬は、案の定とんでもなく苦かった。
学校が終わって、僕たちは「ようちクラブキャンプ地」に直行した。ナツは大人しく、ラジオを聴いていた。ナツは馬鹿だから、ラジオの内容なんてよくわからないんじゃないだろうか。そう思ったけれど、ナツは美しい声で、いま流行っているという歌を歌ってみせた。
ナツの瞳は、歌を歌っているとき、キラキラ輝く。真夏の夜空みたいな、きれいな群青色だ。そこにまさに命が宿っている、そんな気がして、僕ら3人はうっとりとナツの歌を聴いた。
ナツは、間違いなく僕らの友達だった。仲間だった。ナツと、秋になったらトンボを捕まえて、冬になったら雪遊びをするところまで、僕らは想像していた。ナツは、僕らといっしょに、いつまでも仲良くできるものだと思っていた。
――ある日、学校が終わって「ようちクラブキャンプ地」に向かったら、さびれたお社の裏に作った僕らの基地が壊されていた。こーたろが、「うそだろ」と呟いた。ミミ子が壊れたラジオを見つけた。ナツはいなくなっていた。
僕ら3人はナツを探した。しかし小学生の脚でいける範囲のどこにも、ナツの姿はなかった。
諦めてとぼとぼと家に帰る。こーたろとミミ子は僕の家のそれぞれ両隣だ。ただいまあ、と家に入ると、母さんがチョコレート(学校にある本でみるそれとはずいぶん違う、白い錠剤だ)をかじりながらテレビを観ていた。
「速報です。大富豪ドルマンスタイン氏の屋敷を、エラーを起こして脱走していたライブドールが下町の神社で発見されました。機密情報はすべて削除されていたとのことです」
画面に映ったのは、ナツだった。間違えるわけがない、あのどこまでも綺麗な群青色の瞳。
僕は母さんに訊ねた。
「このライブドール、どうなるのかな」
「さあね。リセットされてまたこき使われるか、そうじゃなかったら壊されて捨てられるんじゃないの。お金持ちにはこんなのお小遣いで買えるようなものでしょ。馬鹿なこと言ってないで宿題しなさい。あとヤギに餌をやって」
母さんはチョコレートをばりばり噛みながらそう言った。
ナツとの別れは、唐突だった。
こんなに突然別れることになるなんて、考えすらしなかったことだ。僕らが大人になったら何になるのか、ということと同じくらい。
ナツがいなくなってから、僕はこーたろに、「ようちクラブキャンプ地」の再建を提案した。だが、こーたろは、
「いつまでも幼稚でいちゃいけないって、母ちゃんに言われた。俺たちには使命があるんだって」
と言って、ようちクラブの解散を提案した。
そうだ、僕らは春から中央に集められる。男の子は12歳になったら中央で勉強することになっているのだ。
それがなにを意味しているのか、僕はなるべく考えないようにしていた。
◇◇◇◇
雨が降っていた。僕は地面でどろに塗れて倒れており、頬を濡らす雨を浴びていた。
そうだ、夏だ。いまは夏だ。夕立に打たれて、僕は空を見ていた。12の春から失っていた自我を、少しだけ取り戻した僕は、もう少し頑張ればナツに会える、そんな気がしていた。
夕立は止み、空は夕暮れから次第に薄暗くなり、僕は満天の星空を見上げた。
腕を伸ばせば、ナツに届く。
こーたろは、どうしているだろう。ミミ子は。母さんは。
「……ナツ……」
それが、僕の絞り出した、僕としての最後の言葉だった。僕の「いのち」はそのとき激しく瞬き、ナツを呼んだ。ナツもまた、輝いていた。
もう一度、真夏の群青の夜を。 金澤流都 @kanezya
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