黄梅の君
香居
女学院の校舎の傍で
咲き誇る黄梅の花。我が校の象徴であるこの花は、2年前の春に出会った彼女のようだった。友人となった彼女は、入学して間もなく『黄梅の君』と呼ばれるようになった。彼女を黄梅の花のように感じたのは、私だけではなかったらしい。
出自に加え生来の気質なのだろう。彼女は、いつもしとやかに微笑んでいらした。
あの頃は、出自に関係なく彼女と友人になれたことが、ただ嬉しく、心弾む毎日だった。
今は、同じ時期なのに……私は、あふれる涙を抑えられない。
「黄梅の君……本当に、行かれるのですか?」
「えぇ。あの方が渡欧なさる時には、妻として共に……という、お約束ですから」
「学院の過去最高点で、進級なさったばかりだというのに……」
「わたくしは、あの方をお支えするために、生まれてまいりましたから」
「……欧州なんて、遠すぎます……」
「どうぞ、お泣きにならないで。あなたのような優しい方と、お友だちになれたこと。この学院で、一番の宝物となりましたのよ」
ぽろぽろと涙をこぼす私の頬に、彼女があててくださったのは、ほのかに優しい香りがする絹のハンカチだった。
彼女は誰よりも、家柄にふさわしくあろうとなさっていた方だった。それを知っていながらも、私は子どものように駄々をこねた。
そんな私の泣き言を優しくなだめつつ、数日の後に、彼女は学院をやめてしまわれた。
ぽかりと空いた、一組の机。
皆、なんとなく目を向けては、落胆している。やんごとなき家柄にためらい、自ら話しかけることはできなくても、彼女がそこにいるだけで、どこか満たされていたのだ。
先生方もまた、今日はどことなく覇気がないように思う。学院で最も期待を掛けていらした生徒がいなくなってしまったのだから、そのお気持ちはよくわかるが。
すべてにおいて模範生でいらした、淑女の鏡のような彼女。
〝才色兼備〟を人というものに投影させたらこうなるのかと、感嘆なさる方も多かった。
ふと、目の端に黄梅の花びらが映った。
窓ごしではあるが、青空の下、あざやかな色が美しい。
……彼女は今頃、許嫁の方と共に出港した船の中にいらっしゃるのだろう。
これから先、良き妻、良き母へと、少しずつ大人の階段を上られるのだろう。
その繊手を伴侶となられる許嫁の方に預け、長い人生を共に歩まれるのだろう。
『黄梅の君』という呼称のごとく、しとやかに微笑みながら──
黄梅の君 香居 @k-cuento
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