出会いと別れ

もと

別れと出会い

「春ってそういう季節だと思うんです。だから待ってただけです」

清々すがすがしいね、キミ」


「ありがとうございます! みんなやってますよね?」

「まあ、やってるけどもさ、ちょっと露骨過ぎたよね。曲がり角で全裸はマズいよ」


「だって、食パンをくわえた女の子がぶつかって来て即合体もあり得るじゃないですか」

「それは無いかな」


「女の子が空から降ってくるパターンも、空に向けておけば即合体です」

「それも無いかな。その、即合体は憧れとか何かなの?」


「マンガです。広告の試し読みのヤツです」

「なるほどね。で、なんで今日なの?」


「なんとなく僕の第六感が今日だ、今日来るぞって言うからソレに従っただけです」

「そうなんだ。とりあえず、まあ、ちょっと待っててくれる?」


「はい!」


 元気で明るく、聡明そうな少年だ。

 取調室を出てモジャモジャ頭をかき回す。


 ついさっき銀色の髪の女の子が全裸で空から降ってきたと通報を受け、保護してきたと思ったら今度は少年か。

 春だなあ。


「あ、センパイ、どうっすかソッチは?」

「食パン女子を待ってたんだってよ、そっちは?」


「じゃあやっぱガチっすね。女の子も曲がり角で全裸の男の子が待ってるかもって食パンくわえてたらしいんで」

「それで自分も全裸? 女の子なのに?」


「なんか世界がヤバいらしいっすよ。出会わせときます?」

「はあ、高校生だろ? まだ早いよ」


「いや合体はサセないっすよ、さすがに警察署でそれはマズいっすよ。なんかでも女の子は超一生懸命っすよ」

「超一生懸命か……まあ、全裸はこの二人だけだよな?」


「そうっすね。今年の食パン案件、目通しましたけど何十件あっても服は着てます。だからココがドンピシャなんすけど、ドッチかが道一本間違えたみたいっすね」

「はあ。お前、向こうの曲がり角から女の子出せ」


 ういーっす、と新米は食パン女子のいる取調室に戻って行く。アイツとは何度もやってるから阿吽あうんの呼吸、俺がドアを開けた音でスタートになる。


 全裸に羽織らせたスウェット上下の少年を連れて、ドアを開ける。

 俺は廊下をスタスタ歩いて後を付いて来させるだけの簡単なお仕事だよ、まったく。


「キャッ?! いったーい!」

「いってー!」


「ちょっとアンタ! 謝りなさいよ!」

「お前がぶつかってきたんだろ?!」


 始まった。春だなあ。


 食パン女子は連行して来た時とは打って変わってイキイキとしている。青い目が綺麗だ。

 少年よ、良かったな。

 キミの運命の相手は日本語ペラペラの、もしかしたら今年度一番の美少女だ。


 新米もヤレヤレと俺の隣でニヤニヤしてる。

 よく飽きないなお前は、この二人がココで何か始めても困るから下まで送ってやって、報告書には厳重注意とでも書いておけ。


 屋上に出て、一服。

 春の風は気持ち良い。煙草の煙で汚すみたいで申し訳ないが、一本吸わせてくれ。


「センパーイ、送って来たっすよ」

「そうか」


「キャーキャーしながら行きました、アオハルっすね」

「全裸で青春ねえ? ま、もう四月も終わりだ、今週いっぱいで落ち着くだろ」


「でもやっぱ、あの女の子は……」

「……ん? なんだよ、女の子は?」


「センパイ、あれ」

「あ?」


 目も口も開きっ放しの新米が指をさす方を振り向く。

 空から地上まで、光の束がゆっくりと降りて来ている。耳が裂けそうな聞いた事も無い音、地響き、これは……。


「センパイ、伏せます? 建物の中入ります?」

瓦礫がれきに巻かれる方が危険だ、このまま伏せろ、掴まれ、離すな!」


 新米の腕を掴む、腕を掴み返された感触が伝わると同時に爆風が吹き抜けた。


 警察署は三階建てだ、その屋上から飛ばされたら怪我では済まないだろう。

 来年の今頃には定年で悠々自適の生活が始まっているはずだった。妻とのんびり庭いじりでもやって暮らすはずだった。二人目の孫も生まれたばかりだ。


 新米も幼なじみのカワイコちゃんと来週末の休みに沖縄旅行だと言っていた。食パン案件にニヤニヤしているのは、小学一年生で食パンをくわえて突撃してきた彼女を思い出しているのだろう。コイツにも未来があるはずだ。


 この手を離す訳にはいかない。


 右手は屋上の手すり、左に新米を掴む体が軋む、肩が外れた所で爆風が止んだ。


 見渡す限り、半壊か全壊の建物で全てが絶望的に映る。泣き声、叫び声、ああ、地獄が始まるのか。


「センパイ! 大丈夫っすか?!」

「大丈夫だ。お前が大丈夫か? 泣くなよ」


 かなり物も飛んで来ていた。何かかすったか、新米の額から血が一筋流れている。それ以外は無事そうだ。

 アイロンがピチッとかかった紺色のハンカチを渡して、光の束を振り返る。

 コキッと肩をハメて、すんません、アザっすと繰り返す新米を立たせながら。


日本ここでやるのか、まあ日本ぐらいしか残って無いもんな。はあ……」

「センパイ、アレもしかしてワルプルギスっすか? 歴史で習うヤツ?」


「だろうな、俺も資料しか見た事ないよ」

「マジっすか……なんか感動、胸熱っすね」


「バカ! 下手したら死ぬぞ」

「さーせん! え、じゃあ何すればイイんすか?」


「家族とか、彼女とか大事な人の所に行け。行く途中にもし警察官としてやるべき事があったらやれ。だが絶対に死ぬな、生き残る事が最大のやるべき事だ」

「……センパイ、ありがとうございます!」


「おう」

「あ! センパイ、あれ!」


 新米が指をさす方、アッチ向いてホイだったら俺は負けっぱなしだと思いながら、目をこらす。


 あの銀髪美少女らしき人間が浮いている。真っ白に輝く大きな翼を広げて。


 と、いう事は?


「おお?!」

「……はあ?」


「センパイ、ロボっすよ、巨大ロボ?! ワルプルギスって魔女系じゃないっすか?!」

「……だと思うんだがな、ロボットで何とかなるのか?」


「少年! 全裸少年が吸い込まれたっすよ!」

「……ああ、主人公っぽかったな、今思えば」


 煙草に火をつける。

 魔女バーサスロボットか。日曜日の朝、孫が見てるヤツだな。


 新米の背中を押して、警ら用の自転車に乗せてやって送り出す。泣きながら漕いでいるんだろうな、フラフラじゃないか……もう会える気もしない細い背中が見えなくなった。生きろよ、新米。


 俺は署内に残った警察官として、留置場や建物内に取り残されてるヤツがいないか確認、救出が必要な者を助けて回ろう。


 どうせ残り少ない人生だったんだ、最期まで警察官として燃やし尽くしてやる。


 もうその辺に捨てれば良いだろうに、と笑えてきた。律儀にも出してしまった携帯灰皿に煙草を丸めて、瓦礫を踏みしめ歩き出した二歩目。


 ドンッと背中に何か当たった。


「イタタタ! ふえーん!」

「……ま、待て、待ってくれ、俺は関係無い!」


「ひどい! ご主人様ますたーですね?! 探しましたよ!」

「人違いだ!」


「いいえ、わたくちの目に狂いはございませんわ! アナタは、ふんごっ」

「言わせねえよ?! 俺は警察官だ! 来年定年のジジイだ! ただのジジイだ!」


 シリモチをついてパンチラどころか丸見えの金髪猫耳美少女の口を食パンごと押さえる、シッポまであるじゃないか、なんで今、なんで俺なんだ?!


 ズシン、と地響きに振り向く。

 黒い魔女の前で、少年の巨大ロボットが膝をついている。


ご主人様ますたー、早くわたくちと契約を!」

「いや、だから俺は……」


「歴史を繰り返してはなりませぬ! 未来から来たわたくち達の覚悟を無駄にしないでくださいませ! この世界で、この時代でワルプルギスを止めるのです! 食パンフラグの要らない未来を作りたいのです!」

「……俺は、俺には……そうだな、俺は警察官だ。食パンは毎年手を取られて厄介だからな、頼りない後輩ヤツらの為にも片付けるか」


ご主人様ますたー! ありがとございます! 大好きです!」

「そういうのは要らない。まず何をすればいいんだ、猫耳?」


「ネコミミ?! わたくちには立派な名前が……」

「そういうのも要らない、知っておくべき事だけを手短に話してくれ」



  おわり。

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