We Surrounded by The fxxkin' Wolves(クソみたいな狼共に囲まれて)

./Round.19

「思ったより派手だったな」


アメリカ合衆国・カリフォルニア州。

シリコンバレーと呼ばれるこの地域の中でも一際巨大なビルの最上階で男はそう言った。

調度品全てがシンプルなデザインながら、最高級の品々で揃えられていることも一目でわかる。そして壁際の花瓶に差された赤いバラが、モノトーンの部屋に刺激的なアクセントを加えていた。


窓際に立つその男は、見るからに値段の桁が違うようなネイビーのスーツに身をつつみ、金髪をオールバックに撫でつけている。40代くらいだろうか。しかし、野心と才能に裏付けられた動物的な獰猛さを孕むその瞳は、やや異常なくらいに若々しさを放っている。まるで毛並みのいい飢えた狼のようだった。


もっとも、彼の獰猛さはそれほど稀有なものではない。この街ではそう言う人間しか成り上がれないからだ。22世紀になってもこの国にはアメリカン・ドリームがあり、200年前から変わらずシリコンバレーはITベンチャーで夢を掴もうとする人間が多く集まる聖地だ。労働から解放されコクーンに引きこもりがちな今の人類にとって、むしろ珍しい場所と言えるだろう。


夜景を見下ろしながらグラスに注いだウイスキーを味わうこの男は、部屋の傍にいるアンドロイドに話しかけた。


「お前も飲むだろ?」

「アンドロイドは酔えませんよ」

「味は分かるだろ。スペアの体とは言え、お前の味覚センサーにもうちの技術が注ぎ込まれてる」


デキャンタを手に取り、男自らがアンドロイドに酒をグラスに注ぐ。アンドロイドはそれを受け取り、男のグラスに当てて音を鳴らした。


「日本の海上都市で史上初の大規模犯罪、狙われたディンベルグ社日本法人。幹部社員が一名死亡。一時期は株価も下がったが、その後の事件対応でうちのアンドロイドが活躍。日本警察とも連携し、犯人を無事に逮捕。株価も事件前より上昇、と」


もっとも逮捕された犯人は金ででっち上げた生贄の羊だが、そんなことは民衆も警察も気にしなかった。事件が解決したというニュースがあればいいのだから。


「この騒動のおかげで前社長は退任し、俺は晴れて日本法人から本社のトップに君臨。ククク、ここまで派手になるとは正直思っていなかったさ。なぁ、PJFW-09いや...ロウ・フェイン?」


リンディ・ルーテニアのオフィスで腹の中の爆弾を起動させ、バラバラに壊れたはずのロウ・フェインがそこにいた。男の言う通りスペアの肉体を使っている彼は、細部にどこか新しさを宿しているように見える。以前のボディで着用していた革ジャンではなく、今は男よりも数段地味な黒いスーツに身を包んでいる。


「ええ、ですが宣伝戦略としては期待以上の成果だったはずです。Mr.オーランド」


ディンベルグ社。創業から200年以上経ったITの老舗にして未だに世界的な影響力を持つGAFAと呼ばれる企業群に名を連ね、”GAFAD”とさえ呼ばれるようになったグローバル産業複合体。

21世紀のアンドロイド黎明期に一気に頭角を表して以来、創業者一族”ディンベルグ家”は急速に力を手にした。一族の間で熾烈な競争が繰り広げられるのも、もはや伝統芸能・お家芸と言える。


日本法人の前代表にして、そしてついに本社に上り詰めた男。本家の人間を謀略で退場させ、頂点に君臨した分家の男。その名はオーランド・ディンベルグ、人間の脳とアンドロイドを融合させ”次なる人類”を生み出そうとする狂気の男であった。

大抵の研究者が研究にばかり熱心で、社内政治や出世などに興味を持たないのに対してオーランドは違う。彼は研究でも比類無き才能を発揮しつつ、巨大な野望のためには積極的に出世競争を勝ち抜き、親族であっても容赦無く蹴落とすバイタリティを持つ。そこが彼の特異な点なのだ。


「あぁ。早乙女キリカを仲間に引き込むお前の演技も期待以上だった。腹に爆弾を入れたのは、アドリブだったのか?」

「はい、お喜びいただけましたか?」

「あぁ。スポンサーの老人どもにも大ウケだったさ」


エインヘリアルよりもさらに過激な、実社会を舞台にした闘争劇場。それがスポンサーたちが求めたものだった。もっともビジネスではなく、あくまでも彼ら自身が楽しむための私的な裏の娯楽として。


そう、早乙女キリカが記憶を取り戻してから、リンディ・ルーテニアを殺すまでの過程すべてがリアリティ・ショーとしてナノカメラで配信され、老人たちのゲスな酒の肴として楽しまれていたのだ。

そしてロウ・フェインは役者兼進行役としてキリカの戦いをデザインし、彼自身が文字通り体を張ってショーを盛り上げた。


「リンディ・ルーテニア....PJFW-08は惜しかった。次なる人類のための第一歩としては悪くなかったんだが、恋愛感情だけが強すぎてね。結構優秀だったから扱いにも処理にも困ってたんだよ。あいつを殺すショーをお前が提案したときは、”その手があったか!”と唸ったさ」

「ええ。08が社内でどう扱われているかは知ってましたし。それなら、さっさと破壊してやった方があいつのためにも良かったんですよ」

「案外、08よりお前の方が人間らしい気がするよ。その残酷さも含めてな」


オーランドはそう言って、一気にグラスの酒を飲み干す。それを見たロウはオーランドに更に酒を注いだ。


「早乙女キリカに仕込んだナノマシンは今も生きているのか?」

「ええ、あの女は気づいていませんが、まだ体内にいます。位置情報から生理周期まで全て完璧に把握してますよ」

「オーケーだ。行方不明だとかでネットでも騒がれてるし、日本でのエインヘリアルの収益も減少傾向にある。そろそろ頃合いだ、殺そう」

「仰せの通りに」


有名人の死亡はそれだけで良い宣伝になる。エインヘリアルのトップスターであったキリカの訃報は、回り回って競技への注目度を上げることに繋がるし、追悼のための特集番組を組めばそれも視聴回数が取れるはずだ。“次なる人類”のための礎となってくれ、早乙女キリカ。

そんなことを考えながらふと、オーランドはいつもより酔いが回るのが早いことに気づいた。社長就任で心身ともに浮かれているのかもしれないが、気を引き締めなければ。


「酔いすぎたみたいだ。こういうとき酔わないアンドロイドが羨ましいよ」


そう言って、水を飲もうと立ちあがろうしたところで違和感に襲われる。足に力が入らない。気づいた時には転倒してしまっていた。何かがおかしい!まだ2杯しか飲んでいないはず。


「ええ、アンドロイドは酔いませんし、それに毒も効きませんから」

「貴様、誰にプログラムされた...ッ!」

「誰にも。これこそが俺の”意志”ですよ」


オーランドは呼吸困難に陥り、泡を吹き、白目を向いて倒れた。その顔の色はネイビーのスーツと釣り合うほどに真っ青だった。ロウは彼の最期を見届けることはしない。なぜならどうせすぐ死ぬからだ。そして見届けるほどの価値もない男だからだ。


彼の最後の思考は、死ぬことへの恐怖だったかもしれないし、目の前のアンドロイドこそ”次なる人類”への新たな可能性だという歓喜だったかもしれない。もっとも、それを確かめる術など永遠になくなるのだが。


気まぐれからか壁際の花瓶からバラを1本抜き取り、スーツの胸ポケットに刺した。それからドアにある”仕掛け”をして、部屋を後にする。


今回も俺が思うより派手なことになるかのな。そう呟いて、偽のIDで本社ビルを退館した。

しばらく歩き、人気のない通りのコンビニで1ドルほどの安いライターとジッポライター用のオイルを買った。

コンビニを出てからもすれ違う人間は少なかったが、ときおり胸ポケットのバラを興味深そうに見る者がいた。だがロウは気にしなかった。彼は人目など気にしないのだ。なぜなら彼はアンドロイドなのだから。

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