./Round.17
丸腰のままで、銃を持ったロウに加勢しようとするほど無鉄砲ではない。だからこそキリカは即座にデスクの後ろ側に飛び込み、身を隠していた。
硝煙の匂いがどんどん濃くなっている。雨音のように銃声が絶え間なく鳴り、雨粒が割れるように弾丸が部屋中のコンクリートを抉っていく。そっとデスクの影から様子を伺うと、キリカは思わず、目の前の光景に驚愕した。
「銃弾を全て回避する」
およそSF映画でしか見ることのないような光景が、現在進行形で繰り広げられているのだ。宿敵であるアンドロイドのデータを脳に埋め込まれたリンディ・ルーテニアは、ロウが放つ二丁拳銃の弾丸を全て、まるで”どこを撃たれるか分かっているみたいに”回避している。その体の動きは軟体動物のようでもあり、奇妙なロボットダンスのようでもあった。
高級感溢れる内装は一気にボロボロになり、弾痕がオフィスのあらゆる箇所にその爪痕を残す。調度品の数々が粉々に砕け散る。テーブルの影に隠れたキリカの正面にある壁一面に貼られた窓ガラスは防弾仕様だったようだが、それも表面にある傷が増えていく。しかしなお、リンディは無傷のままだ。
「気持ち悪い動きしやがって」
そう言いながらロウは思考を回す。なぜリンディは銃を回避できるのか?一発の弾丸が放たれ、次が放たれるまでの間の刹那の思考時間だったが、ロウに搭載されたCPUの処理能力にとっては十分だった。
PJFW-08。リンディの脳に巣食うアンドロイドだったモノ。人間に埋め込まれることで人間もアンドロイドも超える存在になることを宿命づけられたかつての同型機。人間に埋め込まれることを拒み、今もアンドロイドのままでいるロウとは違う。宿命を全うしている機体。
08はアンドロイドだった頃から高性能ではあったが、マトリックスのバレット・タイムの如く銃弾を回避するほどの処理能力はあっただろうか?少なくとも同型機である自分には不可能だ。では、リンディの肉体は銃弾を回避できるほどハイスペックなものなのだろうか?答えは否。何かタネがある。
そう考えた時、ロウはこの部屋に突入してきた瞬間からかすかな違和感を感じていたことに気づいた。
海上特区にある一般的なオフィスと同様、この部屋にも照明・空調・監視カメラといった機械類は全て電子制御されている。ハッキングを得意とする自分にとっては、これらの機械類程度なら朝飯前なのが通常だ。例えば照明をハックして急激に光量を大きくすれば、それだけで目眩しに使えるが
(この部屋のあらゆるモノがハッキングできない。明らかにセキュリティが固すぎる)
そして、もう一つの違和感。それは、ずっと何かに見られているという違和感。最初は天井部分にあった監視カメラが原因かと思っていたが、先程の銃弾で破壊できた。
それでも変わらず、隅々まで走査されているような何とも言えない気持ち悪い感触がある。
これは、人間を超えるために作られた自身だからこそ感じる”人間的な”感覚なのかもしれない。しかしロウは、その感覚を信じて思考を続け、1つの結論にたどり着いた。それはちょうど、弾倉にあった最後の一発が放たれるのと同じタイミングだった。
「センサーだったのか。この部屋の全てが」
「今頃気づいたの?」
四方八方に張り巡らされた高感度センサーで、部屋の中にある物体の動きをリアルタイムで感知する。この部屋の中に限りリンディはあらゆる物理現象を正確に予測し、未来予知めいた動きさえも可能としていたのだ。それは例えば、相手の銃口の位置や微妙な筋肉の動きから弾道を予測するということも。
ロウの銃が弾切れになったのを見たリンディは、懐から小型の銃を取り出しロウの眉間をあっさりと撃ち抜いた。何の感情もなく、ただ流れ作業のように彼女は引き金を引いた。
「さよならPJFW-09、いえ今はロウ・フェインだったかしら。最後まで使えないガラクタだったわね。私と同型機とは思えないくらいに」
どさりと、ロウが倒れる音がする。
デスクの影に隠れながら、キリカはいよいよ自分が死ぬことを覚悟した。
(なんてことはない。これまでデスゲームの中にいて、死はいつも身近にあった。次は私の番というだけの話...)
そうやって心の中で自身に言い聞かせてはいるが、体の震えは止まらなかった。いまになって怖気付いたのだろうか?断じてそうではない。
彼女は殺人アンドロイドがリンディの肉体をいいように使っていることが、許せなかった。それに、死を覚悟するにはまだ早すぎる。そんな覚悟は死んでからすればいい。
そうだ。リンディの尊厳をこれ以上汚させないことが全てだ。
そのためなら何発銃弾を叩き込まれようと、私は彼女の息の根を止めてみせよう。
為すべきことを為せ、
人間の脳にアンドロイドを移植し続け、その果てにオーランド・ディンベルグと結ばれる。
それが今のリンディに宿るアンドロイドの夢だと言うなら...
私は今からこのアンドロイドの夢を破壊するまで止まらない。
「ナノマシン、フル
小さく、それでいて確かにキリカが呟いた。
リンディは部屋中に張り巡らせたセンサーで、デスクの後ろ側に隠れるキリカの様子を逐一掴み取っている。キリカのナノマシンが活性化され、いよいよ臨戦体制に入ったことも当然正確に検知している。
リンディは銃を構え、キリカが飛び出してくるのを待つ。どの位置からどう飛び出して来ようとも、次の瞬間にはキリカの眉間に穴が開く。それはリンディにとってもはや決定事項なのだ。
(どこからでも来なさい。早乙女キリカ。そして死になさい)
デスクの背後で身をかがめ、キリカがいよいよリンディに向かって飛びかかろうとしたその時、
「もう少し待ってくれキリカ。悟られないようにそのままで」
と先程殺されたはずのロウ・フェインの声がした。
ロウの声の出所はデスクの向こう側に横たわっている彼の残骸からではない。まるでキリカの体の内側から聞こえてくるかのようだった。
「正確にはあと15秒だけ待ってくれ」
やはり幻聴ではない。どういう原理なのかは分からないが、リンディが反応しない様子を見るとこのロウの声はキリカにだけ聞こえているようだった。
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