./Round.16

「私たちはアンドロイドを脳みそに埋め込まれるために、施設に集められた子供だった」

「その通り。遺伝子的に脳手術と適合率が高いと見込める子供たちが集められ、あなたもリンディもその一人だったのよ」


ディンベルグ社の幹部が使う開放的な個人用オフィスの来客スペースにて。麻酔をかけられた金髪の少女キリカと、茶髪の女性(少なくとも肉体としては)リンディはそれぞれソファに座り、向かい合って話している。


「そう...それで?リンディの肉体を使って生み出された元アンドロイドさん。結果、進化の限界は超えられたの?見たところ普通の人間に見えるけど」

「ええ、もちろん。まだ経過観察の途中だけど、少なくともアンドロイドだったときには手に入らなかったものが手に入ったわ」

「手に入らなかったもの?」

「ええ。それはねキリカ、あなたたち人間がいうところの”意志”というものよ。エインヘリアルに送られるような欠陥品がもつ殺意や破壊衝動とは違う」


リンディは一度深く息を吸い込み、そして堂々と告げた。


「私はね、キリカ。史上初めて自分の意思で人に恋をしたアンドロイド。オーランド・ディンベルグという人を心から愛しているの」


アンドロイドの人格データを脳にぶち込まれた目の前の女は微笑み、手に持っていたコーヒーカップに刻まれたディンベルグ社のロゴマークを愛おしそうに撫でた。キリカはリンディの顔をした目の前の存在が初めて、不気味なほどに人間らしく見えたような気がした。恋する乙女そのものの表情だったからだ。

そして、自分にかけられた麻酔の効果が切れたことを感じ取り、行動を決断したのはリンディの微笑みとほぼ同時のタイミングだった。


(今だ!!!)


目の前にある高級そうな来客用テーブルを正面に座るリンディの方に蹴り飛ばす。

テーブルでひるませた隙をついて脳天に打撃を加えて気絶させ、この場所からこいつを連れ去る。大雑把な作戦だが後の細かいことは後で考えればいい。今、重要なのは目の前の敵を無力化すること!


が、そうしたキリカの思考の全てがお見通しだとでも言わんばかりに、リンディは正面からテーブルを拳で叩き割った。キリカは構わず打撃を繰り出したが、手首を掴まれる。自身の勢いをそのまま利用され、合気道の要領で投げられてしまった。


「かはっ」


地面に叩きつけられた衝撃で一瞬呼吸が止まり、そして気づけば腕の関節を極められうつ伏せでねじ伏せられた。自分の背中側にのしかかったリンディは、キリカの耳元に口をそっと近づけて告げる。


「そろそろ麻酔が切れるころだったわね。ついおしゃべりが楽しくて時間を忘れてしまったわ」


自身の背中にかかる体重、耳にかかる吐息、茶色い髪の毛、香水の香り。その全てが、リンディの肉体と生を感じさせるもののはずだった。なのに彼女はどこまでも冷静で冷酷で、そして強かった。


キリカはリンディ・ルーテニアというたった一人の友人を永遠に失ったことを今この瞬間に、理屈ではない感情の奥底の部分で理解し実感した。もう何年も流れなかった涙が今になって堰を切ったように流れる。


「答えろ、リンディの脳に宿ったアンドロイドPJFW-08。お前はあの時、私とリンディ以外の施設の人間を皆殺しにしたアンドロイドなのか?」

「ええその通りよ、よく気がついたわね。適合率で言えばリンディ・ルーテニアがズバ抜けて高かったし、あなたは戦士として使い道があった。あとは全員不要な人間だったから、私がリンディの脳に入る前の最後の任務として、全員殺したの」


もういい。もうその声で、リンディの声でこれ以上話さないでくれ。

誰よりも優しかった彼女の声が、これ以上残酷な言葉を発することにキリカは耐えられなかった。


「私の夢はね、オーランドの夢”である次なる人類”をもっと増やして、そして最後に彼と結ばれることなの」


ロウ・フェインは彼女とオーランドの野望を阻止したかったアンドロイドなのだろう。結局、彼の真意をしっかり聞き出すことは出来なかったけど。

人を殺すことに躊躇のない怪物を脳に埋め込まれた友人を止める役目を、自分に託したかったのかもしれない。今となってはもう確かめようもない想像が、キリカの心を駆け巡った。


「大人しく記憶を封印されながらアンドロイドを壊し続けていれば良かったのに。あなたみたいに知名度があって戦う力もある人間は、私と彼の夢にとって邪魔者でしかないの」


リンディはキリカの腕関節を抑え込みながら、もう片方の手をそっと首筋に沿わせる。キリカの短くまとめられたブロンドヘアの先端をゆっくりと撫でながら語る。


「だからね、早乙女キリカ。お願い、ここで死んで?」


リンディが自身の首を握り、その力を強めようとする──

しかし次の瞬間に聞こえたのは自身の首の骨が折れる音ではなく、一発のズガンという銃声と、もう一体のアンドロイドの声だった。


「死ぬのはお前の方だ、リンディ・ルーテニア。いや、PJFW-08というべきかな?」


革ジャンにジーンズ、気取った伊達男のようなジェルで固めた髪型はかなり乱れている。キリカの味方であるアンドロイド、ロウ・フェインが部屋に乱入し、リンディに向かって発砲したようだ。その銃口からは、硝煙が上がっている。

すんでのところで回避したリンディは立ち上がり、ロウを睨みつけた。


「久しぶりね。わざわざノコノコと何のつもりかしら、PJFW-09?」

「聴覚が故障したのか08?お前を殺すって言ってんだよ。ジョン・ウィックみたいに無慈悲な銃弾でな」

「あなたはCPUそのものが故障したんじゃない09?戦闘性能で私に勝ったこと、一度もなかったくせに」

「人間の肉体で前と同じように戦えるのか?無理だろ。これが、記念すべき俺の初勝利にして、お前との最後の戦いになるんだよ」


再び放たれた弾丸と鳴り響いた銃声が、戦いが始まる合図だった。

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