./Round.14

キリカ・ケンジ・ロウの一行は、なんとかそれぞれの追手を振り払って合流した。

そこから東京経由で海上都市に侵入し、偽装IDでホテルにチェックインしたのは翌朝のことである。


エインヘリアルでの戦いに慣れているキリカやアンドロイドのロウはまだしも、まだ少年であるケンジにとって夜を徹しての逃避行は厳しいものがあった。そのため一度休憩を挟み、夕方から作戦行動を開始する手筈となっている。


シャワーを浴び終えたキリカはバスローブのまま、窓の外の景色を眺めた。

海上都市、特権階級の国民だけが住める「選ばれしものの楽園」──


廃墟と雑草だらけの日本本土とは違い、よく手入れされた庭園や建築が上品に立ち並ぶ。

なかでも一際目立つのは、グローバルアンドロイド企業「ディンベルグ社」の日本支社ビルだった。


ディンベルグ社。CEOオーランド・ディンベルグとは子供の頃に一度会っている。

自身をスカウトし、エインヘリアルというデスゲームの選手に仕立て上げた張本人だ。もっとも、会ったのはスカウトの時の一度きりで以降は金を出していただけの存在だが。


殺されたはずのリンディが生きていて、オーランドの会社で働いている。その裏に何らかの繋がりがあることをキリカは確信していた。


ロウからあらかじめ聞かされた作戦を思い出すように、キリカは一人呟く。


「リンディが退社するタイミングで、ディンベルグ社のサーバーをハッキング。セキュリティに生じる一瞬の隙を付いて、彼女を誘拐する」


窓の外を観てぼんやりと口に出した、独り言...のはずだった。


「その必要はないわよ」


背後から女の声がして、振り向く間もなくキリカの首筋にスタンガンが当てられる。鋭い痛みが走り全身の筋肉が痺れるのを感じた。


(光学迷彩...!!)


床に倒れ込みながら暗転する視界の中に、かつてロウが使用したのと同じ装置がスパークを放ちながら解除されたのを見る。


刺客の正体は、標的であるリンディ・ルーテニア本人だった。





意識がはっきりするにつれ、体のあちこちに鈍い痛みが残っているのを感じた。

おそらく麻酔がかけられたのだろう、思考は働き始めたが思うように体が動かない。

周囲を見渡せば高級感溢れるだだっ広いオフィスと、壁にかけられたディンベルグ社のロゴが目についた。


「お目覚めかしら?」

「...リンディ・ルーテニア」

「その様子だと記憶を取り戻したみたいね。久しぶり、早乙女キリカ」


キリカはうめき声をあげながら、自分の体の状態を冷静に観察した。

来客用と思われるソファに座らされているが、手錠などはされていない。

麻酔で動けないのと、スタンガンの痛みが残っていること以外はいたって問題なさそうだ。


「あなたの活躍はずっと見てたわ。エインヘリアル始まって以来の天才少女。金髪のかわいい女の子が無骨なアンドロイドたちを完膚なきまでに破壊する。世界中のファンが虜になった”朱色の戦乙女”、旧友として誇らしかったわよ」


リンディはまるで本当に旧知の友と会えた喜びを噛み締めているかのように話した。キリカはその様子が無性に気持ち悪かった。


「なぜあなたがここに...?」

「あら、あなたたちが私を殺しにわざわざ海上都市に潜入したんでしょう?でも面倒だと思ったから、こちらから招待してあげたのよ」

「ロウとケンジはどこ?」

「別室にいるわよ。安心して、生きているわ。少なくとも今はね」


リンディの言葉の真偽を確かめる手段はない。今は少しでも会話を長引かせ、麻酔が切れる時を待とうとキリカは決めた。

一方、笑みを浮かべたままのリンディはコーヒーカップを手に取り、キリカの正面のソファに腰掛けた。


「あのとき、施設の皆は殺されたはず。どうしてあなたは生きてるの?」

「それは”誰がどれかも分からないくらい”皆がグチャグチャに殺された、っていう状況証拠からそう判定されただけでしょ?別に私が死んだ明確な物証は出てなかったはずよ」


笑顔を崩さずに淡々とリンディは語った。

昔はひだまりのような優しい笑顔を浮かべる少女だったが、今はその影もない。笑顔の裏に氷のような冷たさが横たわっている。


キリカは感じたままを言葉にした。


「あなたは随分冷たく笑うようになったのね、リンディ」

「そう思う?やっぱり笑顔って一番難しい筋肉の運動だわ。改善が必要ね」


リンディはよく分からない返事をして、コーヒーを飲み終えた。


「じゃあ今度は私からも質問して良いかしら?ロウ・フェインと名乗るアンドロイド、彼が私を殺そうとする理由は聞いた?」

「いいえ、聞いていないわ」

「理由も知らずに私を殺しに来るなんて、キリカはそんなに私が嫌いなのかしら?」

「殺すことに同意はしていない。私はあなたが生きている理由を知るために、誘拐しに来ただけ」


キリカは本心から答え、リンディは黙ってそれに耳を傾ける。


「それに、ロウと十分に話をする前に追手が次々と来たから。あれはどうせ貴女の差金なのでしょう?」

「その通りよ。でもここまで容易く突破されるとは思わなかった。流石ね、あのアンドロイドも貴女も」


会話を長引かせながら、少しずつ麻酔が解けていくのを感じた。

もう少し、もう少しで万全とは言えないが十分な動きはできるようになる...

そう考えていると、唐突にリンディが


「ロウが私を殺そうとする理由を教えてあげましょうか?」


と切り出した。


「なぜ貴女に分かるの?」

「それを説明するには、前提から話さないといけないわね」


好都合だ。もともと会話が得意ではないキリカにとって、時間稼ぎの話題を向こうから出してくれるのはありがたい。調子を合わせて聞きながら、とにかく今は時間を稼ぐ。


「前提?」

「そう、前提。私はリンディ・ルーテニアであり、リンディ・ルーテニアではない」


リンディと名乗っていたはずの女は淡々と告げる。

二人の間に沈黙が流れ、広いオフィスの空調が静かに響くのだった。

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