./Round.13
「ほう、すばらしい。空間認識能力と建築構造への理解、そして優れた聴力を応用した跳弾射撃というわけか。口で言うのは簡単だが、跳弾を狙って起こすのは人間業じゃないだろ君ィ」
二手に分かれたうちの片方の少年・ケンジを追いかけていた一行は、山の中に廃棄されていた古い建物に誘い込まれていた。この5階建ての建物は山を背にしているため、山から逃げてきたケンジは4階の裏手の窓から飛び込むことが出来たのだ。後を追っていた部隊は穴の空いた窓ガラスを確認し、数班に分かれ建物に侵入した。
「たかがガキ一人」そういう油断が、漆原ユミカの部下である黒装束の男たちにはあった。その結果が、膝を撃ち抜かれて廃墟の地面にうずくまっている彼らの姿にあるのだろう。
一番後から建物に入ってきた火岡教授、ケンジの攻撃の一部始終を目撃し、冷静にその原理を分析していた。
「本当は漆原くんの経過観察をしたかったのだが、面白そうな予感がして君を追ってみたんだ。いやはや、直感に従うのもたまにはいいものだね」
教授の言葉に返事はない。すぐに銃声が鳴りチュイィイインと金属が何かとぶつかるような音がして、弾丸が膝の横をかすめた。高級そうなズボンに切れ込みが入り、中年の脛から血が流れたが、全く気にも留めていない様子だった。
「素晴らしい精度だ。気配から察するに、距離を取るために階下に逃げている。積極的に攻撃はしないが、追って来れば容赦はしないということか」
教授は倒れている男の装備を引き剥がしてから、一歩一歩廃墟の奥に進んでいく。研究職に就く前、技術者でありながら武闘派という異色の存在として知られていた当時の血が沸き立つのだろうか。メガネの奥には野生的な闘争心がギラついていおり、口角は鋭く上がっている。
「さぁ、次はどう出る少年ッ!」
教授が叫んだのとほぼ同時に、遠くの方でぼんっ、ぼんっという音が数回聞こえた。その直後みしっという不幸な響きがして、その音は次々と重なっていく。天井に次々とヒビが入り、逃げる間もなくコンクリート塊の雨が降り注ぐ。砂埃が周囲を埋め尽くすように舞った。
「生き埋めとはえげつないことをする...」
瓦礫の山の中から埃まみれの教授が這い出てきた。
この短時間で柱に爆弾を取り付け、瓦礫で生き埋めにする作戦を実行するのはまず不可能のはず。我々の襲撃は完全に予知され、十分な対策すらもされているのだと否応なく気付かされた。
相手もかなりのやり手だ、と教授は認識を改める。これはお気楽な狩りじゃない。
国家を管理する汎用スーパーAI・ユグドラシルの根をハックしていなければ、自分達の襲撃を予知するなど不可能だからだ。
だからこそ燃える。
逃げる少年を追いかけ、奴らの正体を知りたい。米国か、ソ連か、新手のサイバーテロ組織か。別に何でもいい。知識欲と闘争心に突き動かされ、教授はケンジを追いかけていく。
階下に逃げるケンジを追いかける道中で何発かの跳弾が放たれたが、狙いは大きく外れていた。すでに敵の体力は限界を迎えているのだ、と教授は判断した
そしてタイム・アップとなる。
ケンジは建物1階にあるエントランスホールの出入り口まで辿り着いたが、教授も追いついてしまった。互いに大きく息を切らしながら、銃を向け合った。
「なかなか手強かったじゃないか少年」
「しつけえんだよ、オッサン」
「もう爆弾はおしまいかい?瓦礫のシャワーはスリリングで興味深い体験だったよ」
「あいにく、ここは吹き抜けだからな」
「そのようだね」
少年が得意とした瓦礫のシャワー攻撃はもう来ない。
射撃の早打ち勝負になれば、経験に勝る自分に分がある。
それに、おそらくこの少年は、今日が人を撃った初めての日だ。跳弾は戦術的にも有効だが、それ以上に心理的な罪悪感を和らげるためのものだ。
そう考える根拠は目の前の少年の顔にあった。薄汚れたパーカーを着た少年は、どこにでもいる中学生のようなあどけない雰囲気なのだ。
仕掛けた爆弾で直接自分を攻撃しなかったのも、同じく人を傷つけたくないという理由に違いない。
「君はカタギの人間だろ?なぜ早乙女キリカや、トラックにいた男になぜ協力する?」
「別に大した理由じゃねえよ。政府とかディンベルグ社が気に食わないってだけさ」
「このご時世にアナーキストかい」
「おっさんはディンベルグ社が裏でやってる実験を知らねえのか?」
「残念ながら陰謀論には疎くてね」
「そうかよ。だったら調べておきな...帰ってからな!!」
教授は自身が立つ地面がひび割れていくのを見て、思わず「馬鹿な」と呟いた。エントランスホールや窓の外を見るに、ここは間違いなく地上階のはず。一瞬の意識の隙を突かれ、自身の肉体が落下していく感覚を覚えた。
「この建物の基礎部分は第2次世界大戦の時に、当時の富豪によって作られたものだ。今から200年以上前のことだから、ユグドラシルにもデータは載っちゃいないだろ。あんたの足元にあったのは避難用のシェルターさ」
そう言ってケンジは廃墟を後にした。
「俺がアナーキストだって?違うぜ、俺はただの廃墟オタクだ」
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