./Round.12
「口ほどにもないわねぇ、早乙女キリカ」
黒髪の戦士・漆原ユミカは、地面に倒れ込むキリカの金髪を踏みつけていた。
「あなたの拳は空っぽなのよ。アンドロイドへの憎しみに理由がない。
ただイライラしているだけのメスガキ。それじゃ私は倒せないわ」
黙れ。
キリカは声にならない怒りと激しい脳しんとうで、気が狂いそうだった。
ゲームで勝ち続けることでしか自分の価値を証明できなかった彼女にとって、敗北は死ぬこと以上に屈辱だった。
「まぁ、私のナノマシンの方が最新型なのも、敗因の一つね」
黙れ。
殴られた箇所の痛みと、揺らぐ視界のはざまで。
キリカの意識は暗黒の底へと落ちていく。
黙れ!!!
心の中でそう叫んだ瞬間、彼女の脳裏ではさまざまな映像が急速に浮かんできた。
それは彼女が失っていた記憶の大群だった。ロウに渡された薬の効果が今、あらわれる。
...
両親は子供だった私を政府に売り渡した。
一斉DNA検査の結果、戦いの才能と高いナノマシン適正があるとわかったからだ。彼らはその金で仮想空間でのステータスを買ったらしい。
私は政府の極秘研究機関で暮らした。
同じように何かの才能が見出された子供たちと一緒に。
ある日、リンディ・ルーテニアという子供が来て、彼女と親友になった。
そしてまた別のある日、アンドロイドがやってきて、私以外を皆殺しにした。
大人も子供もリンディも。私だけを残して、みんな死んだ。
残ったのは私と血と死体だけ。
燃えるような怒りが体を貫いた。
喉が潰れるほど叫び、血が流れるほど皮膚をかきむしった。
私は別の研究機関に引き取られ、心が壊れないように記憶を封印された。
記憶をなくした私にはアンドロイドへの憎しみだけが残った。
そしてある日、金持ちの社長がやってきて、私は言われるがまま、アンドロイドと戦うデスゲームの選手になった。
そして今、私は記憶を取り戻した。
私の怒りに理由と実感が肉付けされていく。
私は止まらない。私は負けない。
全てのアンドロイドを破壊するまで──!
...
「半日くらいは起き上がれないように殴ったはずだけど?」
ふらふらと立ち上がったキリカは、再びナノマシンを活性化させた。
身体中の筋繊維が軋む。体表は熱を放ち、朱く染まる。
まさに、
「おかげさまで、頭がスッキリしたわ」
「しゃらくさいわね。もう1回這いつくばりな、メスガキィ!!」
ユミカもナノマシンを活性化させ、渾身の一撃を放つ。
右ストレートがごう、と音を立てて放たれる。
しかし、ユミカがその拳を当てた感触を味わうことはなかった。
彼女の意識は突然、ホワイトアウトしたからだ。
キリカが正確無比なクロスカウンターを決めたのだ。
敵の重心や筋肉の動きを見極め、最適な攻撃を繰り出す。
そんな彼女の真骨頂が発揮されたのだった。
「空っぽな憎しみじゃあんたは倒せなかった。礼を言うわ、漆原ユミカ」
そう言ってキリカは足早にその場を立ち去った。
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