./Round.09

海上特区某所、政府所有の極秘研究機関が入った建物の一室。

メディカルルームでは最新型ナノマシンの調整を終えた黒髪の女と、初老の男が話していた。


「早乙女キリカが姿を消したのは、京都府北部だったな?教授」

「あぁ」

「そこから24時間が経過して、いまだに発見されていない」

「協力者がいるのは確実か」


完全なる監視社会と化した日本本土にて、未だ逃走を続けているという事実。

キリカがいくらサバイバルに長けていると言えど、一人での逃走は明らかに実行不可能であった。


「21世紀に開発が放棄された地区が臭うな。ドローンでの熱源探査は行ったのか?」

「今のところは空振りだ」

「だとしたら厄介だな。ユグドラシルの根をハックできる奴が向こうにいる」

「あぁ。だからこそ、我々が直接調査に赴かねばならん」


面倒なことになった、そう呟いた女はおもむろに検査用の服を脱いだ。

身長が高くすらりとした印象の外見からは想像もつかないほど鍛え抜かれたその体には、傷跡が多くついていた。そして彼女の顔も同様、左頬に大きな切り傷が残る。


「問題は”誰が何のために彼女に協力するのか”だ」

「反AI派、反アンドロイド派のゲリラの線はどうだ?」

「やめろよ教授。人間がユグドラシルに敵うはずがない」


教授は全裸の女を前にしても全く意に介さずに話を続けた。

それは女も同様だった。ロッカーから戦闘用のアンダースーツを取り出し、その上から装備を身につけていく。


「だが一筋縄でいく相手でもない。なればこそ、ユグドラシルの根は我々を任命したんだろう」

「そうは言うけどね。別にあんたは付いてこなくていいんだぜ。私と私の部隊がキリカを狩る」

「ありえんな。現時点での最高傑作たるナノマシンを、お前の体内に埋め込んだ。経過観察は肉眼で行うのが私の流儀だ、Ms.漆原ユミカ」

「そういうこだわりは嫌いじゃない。せいぜい、部隊の足を引っ張らないようにね、教授」


漆原ユミカと呼ばれた傷だらけの女は微笑んだ。

彼女は“部隊”と呼ばれるチームでアンドロイドを狩るエインヘリアルの元プレイヤーである。その戦闘力から今は政府の裏の実行部隊として暗躍していた。


肉体の強化率も、エネルギー効率も、持続時間も。従来のものより3~50%近く上昇している。最新鋭のナノマシンの効果はそれだけ圧倒的だった。

以前から漆原のために調整されていたが、ユグドラシルの根のオーダーから数時間で最終調整を完了させたのは、ひとえに教授と呼ばれた”日岡シンイチ”という男の力量だった。


「部隊から連絡が来た。ユグドラシルの根がヘリを用意してくれたみたいだ」

「さぁ、行くとしよう」


そうして2人の男女は闇夜の中に姿を消した。





「疲れは取れたか?」

「かなりね。屋根があって周囲に敵もいない。休めすぎて逆に落ち着かなかったわ」

「それは間違いなく、職業病だな」


廃モールで一晩明かしたキリカ・ロウ・ケンジの3名は再びロウの部屋に集まり、今後の方針を詰めるミーティングを始めたところだった。

全員が朝食をすませ(なぜかアンドロイドのロウも含めて)コーヒーを飲んでいる。


「それでは狼谷アナウンサーの朝のニュースの時間といこう」


もったいぶるようにニヤニヤしながら、ロウが話を切り出した。

残りの2人は反応したら負けというように何も言わず、ただ黙って耳を傾けている。


「昨晩、海上特区から追手がヘリで放たれた。おそらく既にここ京都府に来ているだろう。ダミーの施設がいくつかあるからまだ心配いらない。が、ボチボチ出発しないといけない」


言うのが遅いと思ったが、こいつにツッコミを入れてはいけない。

狼谷ロウというアンドロイドはこういうやつなのだから。


「リンディをどうするかはさておき、東京にある海上特区に潜入しないといけない。さて、どうやって潜入するか?ケンジくんにはわかるかな〜?」

「そのキモい喋り方を続けるなら、俺から早乙女さんに説明する」

「ちぇ〜、つまんねえやつ」


ケンジはしびれを切らしたように話をはじめた。

緊張していた初対面の昨夜と違い、落ち着いた様子だった。


「もともと今回の作戦は、数年かけてこのバカアンドロイドと、俺たち人間。といってもコクーンにこもってる奴らではなく、自由意思派と呼ばれる人間です」

「聞いたことあるわね。アンドロイドやAI、ユグドラシルの根による管理社会を嫌がったひとたち」

「おおむねその認識であってます。とはいえ、普段はそこまで過激なことはやりません。機械に頼りすぎず、山で農業をいそしんだりする...そういうライフスタイルが趣味というのが大半です」

「それがどうして、このアンドロイドに協力しだしたの?ましてや今回は人殺しじゃない」

「簡単に言えば、ディンベルグ社による非人道的な研究・実験の証拠を、このバカ師匠が持ってきたからです」


そういってロウを見るケンジの目には複雑な感情が込められていた。話は続いていく。


「詳しいことは早乙女さんの記憶が戻り次第、と師匠に口止めされています。我々のコミュニティも議論を重ねましたが、やはりリンディの殺害を決意しました。それで、話を海上特区の潜入に戻しますが...」

「要するに他の人間の協力者がいるんでしょ?」

「おっしゃる通りです」


ケンジは年齢に不相応なほどはっきりと話をしていた。

その様子をみてキリカは「まるで少年兵というものを見ているようだ」と感じた。


そして話がひと段落したタイミングを見計らってロウが声を発した。


「というわけで迎えが来たようだ。それじゃいきましょうかね。正々堂々正面突破・海上特区へ向けたドライブに」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る