./Round.02
「見事な試合でしたよ、キリカ」
ひとしきりのインタビューとメディカルチェックを終えたキリカを、マネージャーが出迎えた。こうした職業には珍しい、アンドロイドではない人間のマネージャーだった。
「賞金100万ドルと、
「...そう」
キリカは無表情のまま、マネージャーも特にそれを気にすることもなく自動運転の車に乗り込んだ。
早乙女キリカには、その容姿からファンになる人間も多い。
トレードマークはショートカットの金髪。
155cmという小柄な体型と、デビュー当時14歳という驚異的な若さ。
そして日本人的な幼い顔立ちから、当初はベビーフェイスやアイドルと揶揄されることも多々あった。
<こんな女の子が勝てるわけない>
<運営仕事しろwww>
<【悲報】14歳の少女、エインヘリアルで人生終了>
<スプラッタ映画上映会場はコチラ>
<オイオイオイ 死んだわアイツ>
コクーンのユーザたちは、あらん限りのヤジを飛ばした。
そして彼女はデビューと同時にその全てを実力でねじ伏せた。
彼女が得意としたのは、広範囲のマップの中で数日かけておこなわれるサバイバル・ルールと呼ばれる試合。中でも1体のアンドロイドと自分1人で戦う「1v1マッチ」である。
試合自体が長丁場であり猛者が集うこのルールは、独特の緊張感と急展開する戦いが人気を呼んでいた。
彼女は初戦からいきなりこのルールを選択し、異例の勝利をおさめた。
初試合から彼女の才能を遺憾無く発揮したのだ。
つまり、地理的条件から有利な戦略を組み立てるセンス。
咄嗟の状況でもアンドロイドの理解すら超えた最善手を選ぶ状況判断力。
そして生体ナノマシンへの驚異的な適合率によって生まれる、純粋な戦闘能力。
その全てを不動の精神力をもって動員し、瞬時にアンドロイドを破壊するのが早乙女キリカだった。
彼女の鮮烈な初勝利にメディアもファンも大きく沸いた。
批判的だったユーザーは手のひらを180度回転させた。
そしてデビューから4年が経ち18歳となった彼女はいまなお、命懸けのゲームで勝ち続けている。
...
試合会場である森を出て山を下ると、エインヘリアルの運営関連施設が集まるエリアがある。
京都府北部一帯に建設された街一つ分の大きさを誇るサバイバル・ルール用の試合会場。そこをさらにぐるっと囲む形で展開された広大なエリアは、日本本土にしては珍しく整備が行き届いていた。ゲームの運営関連施設が次々と整備されている。今となっては死語だが、「近未来的」とさえいえる景観だった。
そして同じく綺麗に整えられた幹線道路を、キリカとマネージャーを乗せた高級・自動運転車は静かに走り抜けていった。この街の中でもひときわ豪華なホテルに向けて。
車内では、マネージャーが膝の上に浮かんだ3Dエアリアル・キーボードとディスプレイを操作している。その後部座席でキリカは何も言わず窓の外を眺めていた。
革張りのシートの座りごこちはやはり良い。静かなモーターの駆動音と空調の音がわずかに響く車内。命懸けの戦いの後ということもあり、少し疲れたのかキリカはそっと目を閉じた。
(いったいアレは何だったのか...)
...
ジギーの頭部をブチ抜き、完全に行動不能にした後。
頭部の上半分を失い、動けないはずの彼の口が不気味に動いた。
「さ...おとめ...キリ...カ」
しかし、彼女の両目に装着されたコンタクトレンズ型デバイスにはたしかに試合終了の文字が表示されており、目の前のアンドロイドは機能を停止しているはずだった。
明らかな異常を前に、さらに入念に敵を破壊しようとするが
「わ...たし...はジギーではない。お前の過去を...知るものだ」
その一言で手が止まった。
「時間がない...お前の端末に送信した住所...赤いセダンを探せ...」
「あなたは誰?私の何を知っているの...?」
「私からは以上だ...」
そう言い残してジギーの頭の下半分も動かなくなった。
さらに、試合終了後に確認したところ、たしかに彼女のデバイスのメールボックスには確かに住所が送信されていた。
何から何まで異常な事態と言っていいだろう。
エインヘリアルのアンドロイドは、無線接続機能がほとんど制限されている。試合に影響が出ないようにハッキング対策も入念に行われているはずだった。
さらに言えば、彼女のコンタクトレンズ型デバイスは試合中は常時接続され、その目に映るもの全てが録画・配信されている。にも関わらず「ジギーではないもの」が語った瞬間の映像はダミー映像に切り替えられていた。
それは、エインヘリアルを管理する天下のディンベルグ社をハッキングしたことを意味する。そしてそれ以上に彼女の本能が刺激された理由は──
(私の過去...)
早乙女キリカには過去の記憶がほとんどなかった。
幼い頃には施設に預けられ、第3次大戦で使われたものを改良した兵士用ナノマシンの手術を受けた。そこからずっと戦う訓練を受けてきた。施設にいた時の思い出も漠然とした「訓練が厳しかった」というものしかない。
自分はどこで生まれて、なぜ戦わされてきたのか。わからない。ただ空っぽのまま、施設の大人たちに言われるがまま「生か死か」という強迫観念だけが植え付けられてきていて、彼女自身、そこに疑問をもつことはなかった。
アンドロイドを破壊するのは楽しかった。が、破壊の先に何があるのかもわからないまま、「エインヘリアル」のプロ・プレイヤーとして戦い続けてもう4年以上。
今では施設を出て本土の上等区に住み、仕事の都合によっては海上特区にさえ足を踏み入れることもある。一般市民の出からすれば破格の名声と富を得ていた。
それでも満たされなかった心に開いた穴を埋めるために、必要なピースの1つが過去の記憶なのではないかという予感。
(マネージャーに言えば確実に止められる。このことは告げず、ホテルに到着次第隙を見て抜け出そう)
幸い、例のアンドロイドが示した住所はタクシーで2-30分ほどで着くことからも、キリカは内心でそう決めていた。
次の瞬間──
彼女たちの乗る高級車に、別の車が激突し大きな破壊音を立てた。
車はひっくり返った。想定外の音と衝撃。キリカの世界と視界と感覚もひっくり返った。
耳をつんざくような警告音が鳴り響く。
激突してきた車は、法定違反のスピードで左側から激突したようだ。
自動運転ではあり得ない、手動に切り替えての犯行に違いない。
そして、黒スーツとサングラスの3人組の男が、フロント部分がひしゃげた車から降りてきた。自分達が激突した高級車に一歩一歩近づいていく。
その目には冷たい殺意が宿っているのだった。
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