ヴァルキリー・ガールはアンドロイドの夢を破壊するまで止まらない

白金龍二

The Android and The Valkyrie(アンドロイドと戦乙女)

./Round.01

呼吸は人間と機械を隔てる1つの要素だ。


鬱蒼とした京都府北部の森の中。命がかかるこの状況でも呼吸を乱さないことが、人間である彼女にとって生き延びる条件そのものである。


今の彼女は森の中に潜むアンドロイドを狩る狩人でもあるし、同時にアンドロイドにとっての獲物とも言える。いずれにせよ、彼女は最大限の集中力を維持しつつ、すぐに動ける柔軟性も保たねばならない。


彼女にとっては、もう何度もこなしてきた命のやり取りだが、慣れることも飽きることもなかった。思考が介在する余地のない、濃密な生の瞬間だけがここにある。


彼女の衝動と乾きはそんな瞬間の連続でしか満たされなかった。

そしてそんな彼女にとって幸か不幸か、天から才と力が与えられていた。


彼女の名前は早乙女キリカ──

生身の人間が命懸けでアンドロイドと戦うデスゲーム「エインヘリアル」のトッププレイヤーにして、<ヴァルキリー・ガール>の異名を誇る天才少女である。




そして事態は静から動へ瞬時に切り替わった。


キリカの左後方から刃が振り下ろされる。彼女は紙一重で体をかがめて斬撃をかわし、体を回転させた。切先が彼女のブロンドをかすめた。


体躯にして2m近くある大型の男性アンドロイド「ZIG-193モデル」通称ジギーは、獰猛な笑みを浮かべ次々と攻撃を繰り出す。左腕に埋め込まれた75cmのブレードは、これまでエインヘリアルのゲーム内で27人の人間を殺してきた。


28人目の血を求めるジギーは内蔵のCPUをフル回転させ、目の前の獲物を追い詰めていく。バグによって生じた殺人衝動とその先にある快感まで、あと少しで手が届きそうなのだ…


「もう逃げ場はないだろ」


人間よりも人間らしくおぞましい笑みを浮かべて、その欠陥アンドロイドは笑った。数年前に殺人事件を起こし、廃棄が決まった彼にとって「エインヘリアル」は楽園そのものと言えた。


絶頂フィニッシュだ」


キリカの背後は岩場となっており、逃げ場はない。歴戦の戦士を袈裟斬りにせんと、ブレードが迫る。


その刹那に、彼女は一言呟いた。


活性化アクティベート


小声だが、不思議とよく通るソプラノの声だった。


一瞬にして彼女の全身に赤みが差し、身体中の血管が浮かび上がった。

体内の戦闘用ナノマシンが一気に活性化され、その機能を解放し始めた証だ。


振り上げられたジギーの左腕の結合部、脇の付け根に彼女の右ストレートが打ち込まれる。ブレードの重みも相まって関節駆動部の動きが一瞬硬直した。

ジギーが驚きの声を上げる暇もなく、頭部にも打撃が打ち込まれた。


彼の身体操作を制御するプログラムが機能不全に陥る。

さながら鋭い一撃を受けた人間のボクサーのようにたたらを踏んだ。


「硬度最大」


その隙を逃すようなキリカではない。拳の硬度を最大化させ、次の瞬間にはジギーの頭部の上半分をCPUごと貫き破壊した。一瞬の出来事だった。ジギーはきっと、何が起こったのかもわからないまま全機能を停止したに違いない。

ネット上にリアルタイムで書かれるコメント欄は、今日も一段とこの瞬間に湧いた。そしてキリカの表情は極めて落ち着いたものである。勝利する前も勝利した後も。


これこそが、早乙女キリカの真骨頂だと多くのファンが口を揃える。

戦うためにチューンアップされ、高い性能を殺人性能を誇るアンドロイドたちを相手にしても彼女は一切恐れない。機械である以上必ず発生する構造上の弱点を瞬時に見抜き、最速最短で鮮やかに破壊する様は「神業」とさえ言われる。


そんな芸当を毎度披露し、当たり前のように勝利を収め続ける彼女の姿は戦乙女ヴァルキリーと呼ばれるにはあまりにもふさわしかった。


今日も彼女の視界には、コンタクトレンズ型デバイスによって自身がこの試合の勝者であることを告げる文字が表示されている。

そしてその右手には、ジギーに流れていたオイルと彼の頭蓋骨に当たるであろう機械片がこびりついていた。





2122年──


人口知能とアンドロイドの発展により、人類のほとんどが労働から解放された。

社会インフラは整備され、ベーシックインカムと食料配給がどの国でも十分に行き届いた。もちろん、この日本も例外ではない。


生きていくだけなら何も困らなくなり、人類史上最高の薔薇色の時代が訪れた…はずだった。


しかし結論から言えば、人類は退屈を持て余し、意欲というものを失い始めた。

あらゆる障害が取り払われた結果、進化のどん詰まりに辿りついたのだろうか。


一般市民の大多数は「コクーン」と呼ばれる仮想現実へのフルダイブ装置に引きこもり、娯楽によるドーパミン的快楽だけを追い求めるようになった。


文字通り全身を包み込む装置によって、そもそも人類が外出する機会が大きく減った。その影響からか出生率や平均寿命は年々下がり続けている。


そうして寿命の大半をコクーンで過ごし、エンターテイメントを浪費するだけの生き物に成り果てた人類は、より強い刺激を求めた。(もちろん、あくまでも傍観者として)


そうして生まれたのが「エインヘリアル」というゲームだった。

もともと社会から隔離されていた犯罪者や社会不適合者たち。

あるいは生きることに退屈を持て余し、自ら志願した者たち。


そうした人間たちが、命を懸けて戦うのだ。


人を殺すために作られたか。殺人衝動といったようなバグを抱えているか。

要は人間と同じように退屈を持て余したアンドロイドたちと。


そんな彼らの戦いを、多くの市民がコクーンの中から観戦した。

ときに応援や激励、批判やヤジのコメントを飛ばした。

時にお気に入りの選手に投げ銭を行った。


大企業が出資し、関連施設の整備が次々と建設された。

宣伝広告がこれでもかと打たれ、特集番組や記事が組まれた。

選手達はメディアにも多数出演し、タレント活動を始めるものも現れた。


そうしてエインヘリアルは一大コンテンツと化した。


2122年、文明が高度に発達したこの世界で。

結局求められたのは、原始的な血と暴力だったのだ。

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