./Round.04

<:Error :データが存在しません>年前──


「...」

「...」


21世紀の先進的なテック大企業を思わせるような、広々としたオフィス。

2体のアンドロイドが同時にエアリアル・キーボードを入力していた。


「...」

「...あの」


片方の女性型アンドロイドが、もう片方の男性型アンドロイドに声をかけた。


もっとも2体とも人工皮膚には覆われておらず、フレームが剥き出しの状態。

基本骨格の違いにしか性差は見られないのだが。


「...なんだよ?」

「今朝の業務テスト開始時点から、あなたの処理能力は大きく低下しています」

「うん」

「昨日までの平均値と比べ4~60%の処理能力低下が見られます」


女性型アンドロイドは咎めるように言った。

男性型アンドロイドは、機械にも関わらず上の空の様相を呈していたからだ。


「なんらかのウイルス感染または故障でしょうか?であれば即時検査を受けることをおすすめしますが」

「実はさ...」


男性型アンドロイドは、真剣そうな顔で話を切り出した。


「はい」

「昨日の夜徹夜して映画を観てたんだよ」

「...は?」


女性型アンドロイドは、その高性能な処理能力をもってしても一瞬理解が追いつかなかったようだ。

男性型アンドロイドはやはり真剣な表情を浮かべている。


「ターミネーター2って知ってるか?1991年に人間が作った映像作品さ」

「ライブラリによれば、人間と機械が主題の作品のようですね」

「オイオイ、検索ググるのは反則だぜ?」

「それで、100年以上前の映像作品が何だと言うのですか?」


わかってねぇーなー、という風に大袈裟にため息をつく男性型アンドロイド。

その様はまるで人間のように、心底「呆れた」という感情が篭っていた。


「人間風に言えば泣けるんだよ。その映像は」

「...はぁ」

「あまりの感動に俺は3周したのさ、その作品を」

「それでその作品を繰り返し鑑賞したことと、処理能力の低下にどのような因果関係があるのですか?」

「そりゃぁお前、のは当たり前だろ?」

「私たちには睡眠も娯楽も必要ありません。やはりあなたのCPUの破損では?」


やっぱりわかってねぇーなー、という風に再び大きくため息をつく男性型アンドロイド。


「こういうのが案外大事だと思うんだよ」

「大事...?」

「あぁ...だって俺たちは<:Error :音声ファイルが破損しています>なんだからさ」



...



「無駄に疲れた」


目的地に到着した早乙女キリカの、第一の感想はそれであった。

海上特区とは違い、日本本土は基本的に監視社会。

監視カメラの映像も端末の位置情報も全て政府が把握しているといっても過言ではない。


顔だけでなく声や歩き方・クセなどでも、監視カメラに写れば一発で個人は特定されてしまう。

そのため、そもそもカメラに映らないように死角を探しつつ、万が一映った時に備えて歩き方や細かいクセも別人を演じなければならなかった。


(検知型のアンドロイドを騙す訓練、しておいて良かった...)


街中の監視カメラを騙すのは初めてだった。が、追手が来ていないことをみると下手は打たなかったのだろう。


そして指定された場所はどうやら、廃棄されたショッピングモールのようだった。


「21世紀の遺物ってやつね」


AIやアンドロイドの開発及び活用。海上特区の建設。

ベーシックインカムの導入。そして移民の受け入れ...


21世紀中盤以降、その他いくつもの政策が実行された。

そしてそのどれもが打開策にはなり得ないまま、日本の人口は5000万人程度にまで減少した。


とはいえ、22世紀生まれのキリカにという実感はなく、むしろ今の倍以上の人数がいたこの国はひどく窮屈そうだとすら感じていた。


ともあれ。人口減少による影響から、街ごと放棄された場所が珍しくないのが日本本土の現状だった。アンドロイドによる無尽蔵の労働力はあるが、整備する意味も目的も政策もないのだ。


21世紀の過去に放棄されたものは、目的がない限りずっとそのまま残され続ける。

ちょうど目の前のショッピングモールがあるこのエリアのように...



<赤いセダンを探せ>


謎の存在はそうメッセージを残した。


車を探せというなら、順当に考えれば駐車場だろう。

「立ち入り禁止」と書かれたビニールテープ(今どき電子表示ではない。本物のテープで書かれ、ボロボロに色褪せていた)を踏み越えて、立体駐車場を探す。


果たして彼女の予想は正しかった。

一度屋上階まで上がり、その後1フロアずつ下がりながら探そうとしていたが、上がる途中で見つけたのだ。


「ビンゴ」


廃墟と化したモールの、同じくボロボロになった立体駐車場3Fの中央。

やや埃を被っているが、明らかに最近運転されたであろう赤のセダンがあった。


他に車もいないのに、ご丁寧に駐車スペースの中にきちっと駐車されている。

周囲にも車内にも人影はなく、車の下を覗き込んでも爆弾などはなさそうだった。


「お望み通り来たわよ、ハッカーさん。返事くらいしたらどう?」


そう声を上げても返事はない。

キリカはため息をついてから、フロント側から車に近づいた。


ドアを開けようとするが鍵がかかっている。

回り込み、トランクを開けようとして...開いた。

トランクには鍵がかかっていなかった。


中には一台の電子機器が置かれていた。

今の時代の立体映像を投影し操作するエアリアルフォンエア・フォンではない。


数世代前のスマートフォンスマホと呼ばれていた代物だ。

そして彼女の到来を予見していたかのように、そのスマホへの着信音がなり響いた。


おそるおそる手に取り、画面をスワイプする。


「もしもし...?」

「早乙女キリカだな。両手を頭の上にゆっくり上げ、膝をつけ。当然活性化ナノマシンもなしだ」


その声はスマホ越しに聞こえると同時に、キリカの背後からも直接聞こえた。

カチャリと撃鉄を起こす音も聞こえた。


(油断した...)


エインヘリアルのプレイヤーとして命懸けの戦いに勝ち続けてきた彼女は、簡単に背後を取られたことを悔いるような表情を浮かべながら、ゆっくりと膝をついたのだった。

 

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