完全食撃とガルーダの焼き鳥

登美川ステファニイ

完全食撃とガルーダの焼き鳥

 トゥラン国にあるヘイスティアの金の巣と呼ばれる森は鳥類型モンスターの巣窟であり楽園だ。お化け鶏、鋼キツツキ、ワニペリカン、闇セキレイなど一般的なモンスターも当然いるが、奥地に入るほど強いモンスターが増えていく。コカトリスやグリフォンのような有名どころから、サソリ鵜や泥火鳥のような珍種まで揃っている。この森にいないのはフェニックスと鳥の王ファシクレディアくらいのものだと言われている。

 ケンタウリとフォルジナはこの森に来て、中間部でモンスターを狩っていた。普通の冒険者ならモンスターの生体材料や美しい装飾用の羽根を収集するところだが、彼らの場合は違う。フォルジナの食欲を満たすためにここに来たのだ。

「う~ん! このスパイシーな火吐き鳥のバターソテー最高ね~! ピリッと唐辛子が聞いてて美味しいわ~! どんどん持ってきて~!」

 フォルジナは大皿に山の様に重なっているチキンソテーを一枚フォークで刺し、さほど大きくない口に放り込んでいく。嘘のように肉は呑み込まれ、肉一枚が喉を通るのに二秒もかかっていない。殊更空腹なわけではなく、これは既に三品目だ。一品目がチキンサラダ、二品目が清湯スープ。どちらもざっと二十人前位食べているが、フォルジナにとっては文字通り前菜程度の物でしかない。

 完全食撃パーフェクトイーター

 フォルジナのスキルはあらゆるものを食らい尽くす力だ。岩でもモンスターの肉でも、攻撃魔法なども食らい自らの力に変える。その代わりにすさまじく燃費が悪く、普通の人間の食事だけでは百人分食べても満たされない。そのせいで定期的にモンスターの肉を食らい、その栄養と魔素を取り込む必要があるのだ。

 金の巣に来ているのもその一環で、もう三日目になるが、フォルジナは連日モンスターを狩って食べ続けている。毎日満足そうではあるのだが、何かあと一つ足りないという顔をしていて、ケンタウリはこの数日それが気になっていた。

「あら、今度はもつ煮込みね? すご~い! 火吐き鳥の内臓なんて初めて食べるかも?!」

 砂漠で遭難して乾ききった旅人が水を飲み干すように、フォルジナは瞬く間に大きなどんぶりのもつ煮込みを飲み干していく。フォルジナの食欲は底のないかめのようなものだ。ショットグラスの酒でも空けるような勢いで飲み干していく。

 食事は続き、最後に脳のムースを作って終わりだった。食べた肉の量は二百キロを超えるだろう。その他にも水や野菜などもざっと五十キロは食べていて、その全てがフォルジナの体に収まっている。

 理屈は不明だが、フォルジナの胃は食べたものをほとんど即座にエネルギーに変えているらしく、体重が増えたりお腹が膨らんだりすることはない。そしてこの程度の量で完全に満たされることもなかった。

「あ~食べた食べた! 今日のご飯も美味しかったわ~ケンタウリ」

「そうですか、フォルジナさん。良かったです」

 ケンタウリは調理器具や食器を洗いながら答えた。

 フォルジナにケンタウリが出会ったのは半年ほど前だ。ギルドの仕事を受けて専従料理人として戦士団についていったのだが、戦士団はモンスターとの戦いで全滅した。そこをフォルジナに助けられ、以来彼は彼女専属のモンスター料理人として一緒に旅をしている。

 ケンタウリはこの世界に転移してきたが、落ちた場所が人里離れた所でモンスターのうろつく平原だった。生きる為にモンスターの死骸を食べたが、そのせいで料理スキルは魔獣料理に進化してしまった。普通の料理屋などでの仕事は向いていないが、今ではフォルジナの役に立てている。魔獣料理のスキルはまるで彼女のためにあるようなスキルだった。彼はそれを運命と思い、フォルジナの為に毎日腕を振るっている。

「フォルジナさん……本当は……あんまりお腹膨れてないんですか?」

 洗った皿を拭きながら、ケンタウリはフォルジナに聞いた。フォルジナは石に腰かけて食後のコーヒーを飲んでいたが、ケンタウリの言葉に面食らう。

「いや……まあお腹いっぱいっていうか……まあ、食べられないわけじゃないけど……」

 フォルジナは目を泳がせながら答えた。

「やっぱりか……となると、アレしかないか」

「アレ?」

「実は……」

 ケンタウリは金の巣に来た時から考えていたことを話した。


「あら……ちゃんと引っかかってくれたのね、ガルーダちゃん……!」

 フォルジナは木陰から様子を見ていたが、仕掛けておいた酒と果汁のカクテルに予想通り寄ってきたようだ。

 そのモンスターはガルーダ。鷲のような見た目で、その羽毛は炎のように赤く、角度によって様々に色を変える。頭部には後方に向かって角のように飛び出した羽根が生えており、更に胸には人の顔のような模様がある。ガルーダは人の姿をしていると伝承されている地域もあるが、それはこの胸の模様が原因だと言われている。

 ガルーダは果物を好み、木のくぼみ等にたまった発酵した果汁、天然のアルコールも好んで飲む。森の水場で頑張ってバッカス蛙を探して集めた酒を用意して、ガルーダをおびき寄せたのだ。

「ふふ……綺麗な鳥ね……その羽根もあとでもらうけど、それよりお肉がどんな味か気になるわぁ……!」

 フォルジナは舌なめずりをしながら木陰から出て、ガルーダに向かって前傾姿勢を取った。だらりと両腕を下げ、歯を軋らせる。口の中にわく涎を我慢しながら、フォルジナはガルーダを見つめていた。

 ガルーダはフォルジナの姿を認め、視線を酒の入った器からフォルジナに移す。

 木の板を弾くような乾いた鳴き声を喉の奥から響かせ、羽を広げて威嚇姿勢を取る。ガルーダの体長はざっと五メートル。モンスターとしては中型だが、鳥モンスターとしては大型の部類だ。特に炎を操るガルーダは強力なモンスターで、この金の巣のなかでも上位に位置する。特に中層部においては、ほとんど最強と言える。

 そんなモンスターを目の前にして、フォルジナは恐れるどころか心を湧き立たせていた。食べる楽しみと、それと同じくらいの戦う楽しみ。生きるという事は食らう事。そして戦うという事。フォルジナは幼い頃に完全食撃の力を手に入れてしまい、その時から普通の人間として生きる権利を奪われてしまった。そんな彼女が戦いを求めるのは、自らの心の渇きを癒し心を満たすためでもあった。

 ガルーダは威嚇しながら、持ち上げた翼に炎を生じさせる。揺らめく羽毛は炎に変わり、ごうごうと音を立てて燃え始めた。

「炎ね……久しぶりに食べさせてよ。とびっきり熱くてスパイシーなのをっ!」

 先に動いたのはフォルジナだった。両手の指を鉤の様に曲げ、牙を剥き、まるで獣のように襲い掛かる。

食叉フォーク!」

 フォルジナの左手の指が伸ばされ、その腕を槍のように突き出す。指先から迸る魔力は鋼鉄さえ貫く。完全食撃のスキルが生み出す力だ。

 ガルーダは機敏に反応した。襲い掛かるフォルジナに臆することなく、その巨体を跳ねさせ右の蹴爪で迎え撃つ。

 しかし、食叉の方が速い。フォルジナはそう思ったが、しかし、自らの左手に纏わりつく熱に気付いた。

 炎が突如湧き上がる。まるで目に見えない炎の泉にでも手を差入れたかのように熱く、そして炎が噴きあがる。左腕が瞬く間に炎に飲み込まれ、さらに視界さえ奪われる。

(炎の防御術?!)

 フォルジナは地を蹴り、炎に飲み込まれそうになる体をぎりぎり引き留める。炎はガルーダの身を守る防御術だった。触れるものを焼き尽くす炎の領域。無防備にも見えたガルーダの余裕は、この炎の壁があったからに他ならない。

 フォルジナは後方に下がり間合いを取ろうとするが、それより速くガルーダの蹴爪が炎の向こうから飛び出してきた。

 鋭い。フォルジナは辛うじて身を躱したが、白磁のようなその右頬に朱の線が走る。そしてガルーダが近づいたことで、フォルジナの体は一気に炎に呑まれる。

魔法咬撃マジカルバイト!」

 フォルジナの歯が噛み合わされ、そして炎が掻き消える。完全食撃は魔力をも食らう。魔力による炎も同様だ。身を包む炎の全てがフォルジナの胃に収まっていく。

「食叉が駄目なら……!」

 再び展開される炎の領域から後方へ飛んで退き、フォルジナは右手の指を揃えてガルーダに向ける。

食刃ナイフ!」

 素早く振り下ろされた右手から魔力の刃が噴出する。ガルーダは本能的に危機を察知し、攻撃のために炎を巻き起こした。巨大な蛇のようにうねる炎の渦がフォルジナに迫る。

 だが、フォルジナの右手の刃は迫りくる炎ごとガルーダの肉体を二つに切り裂いた。炎が散り、そして炎よりも赤い羽根が舞い散った。


「で、これが……あなたの世界の料理?」

 フォルジナは細かく刻まれ串に刺されたガルーダの肉を見ていた。

「串焼き……じゃないの? 焼き鳥……まあ焼いた鳥には違いないだろうけど……」

「食べやすさと食べ応え、それと肉の触感がちょうどよくなるように斬り揃えてるんです」

 ケンタウリはつぎつぎと肉に串を打ちながら答えた。フォルジナが食べ始めると速いので、調理の手早く行わなければならない。

「じゃあいただくわ……」

 フォルジナは串のガルーダの肉を噛んで串から抜き取り、そして目を閉じゆっくりと咀嚼する。思案するようなその顔は、数秒で満面の笑みへと変わった。

「美味しい~! 普通の鳥と違って歯ごたえが強いけど、ちょうどいい噛み応えだわ! 肉の風味も濃厚だし食べやすい! これが焼き鳥なのね!」

「良かった! どんどん焼きますからね!」

 ケンタウリはほっと胸をなでおろした。焼き鳥は元の世界の料理だったが、フォルジナも気に入ったようだった。

 材料となったガルーダに感謝し、ケンタウリはフォルジナのために料理を作り続けた。

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