あれは焼き鳥屋だった。

中田もな

あれは黒猫だった。

 今日、面接に落ちた。あれはそう、大手の食品メーカーだった。


 最近の面接は、Web形式が多い。だから、最終面接の前で落ちてしまえば、画面越しだけの関係。心だけ、企業に向かう。体は自室にいるのに。


 受かる会社もあれば、落ちる会社もある。それは別に、普通のことだ。大学生は、皆そうだ。自分はそれが、他の人よりも多いだけ。


 明日も面接がある。明後日も。三日後はない。四日後はある。申し込みすぎて、何がどうであるかとか、よく分からなくなってきた。


 気分転換に、外に出た。一人暮らしをしていると、自由さを感じる反面、虚無に襲われることもある。


 自分が動かなければ、物がない。冷蔵庫には、何もない。何もなさすぎて、インスタントのみそ汁を、水のように薄めて飲んでいる。だから、より一層、虚しくなった。


 寂れた路地裏を覗くと、真っ黒な猫が毛を繕っていた。何が楽しいのか、ぴんと伸ばした前足を、ざらついた舌で舐めている。


 ――そう、あれは焼き鳥屋だった。地元の焼き鳥屋にも、あんな猫がいた。


 地元の焼き鳥は、ちょっとした名物だった。焼き鳥なのに、鶏肉ではなかった。串に刺さった、ねぎの間の肉は、鳥ではなかった。


 あれはそう、ちょっと硬い肉だった。弾力があって、香ばしかった。あれは鶏肉ではなかったが、「焼き鳥」という名前だった。


 あの焼き鳥屋は、今も営業しているのだろうか。中学校からの帰り道、あの焼き鳥屋からはいつも、美味しそうなにおいがしていた。人間が座るビニール椅子には、黒猫が丸くなって毛繕っていた。


 焼き鳥屋のことを思い出すと、いつも地元に帰りたくなる。あれはそう、焼き鳥屋だった。

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