第6話

 ある朝、改札を出たところで、追いついてきたマイが、親しげに慎吾の腕を掴んだ。

 微笑んだマイは、いつものように「また明日」と言おうとしたのだろう、口を開きかけたところで、「マイちゃん?」と呼びかけられて、振り返った。


 こちらの様子を伺っている、少女が二人。身に着けているのはマイと同じ制服。一人は肩下までの長さの明るい茶髪をゆるくウェーブさせていて、もう一人はもう少し暗い色のストレートをショートボブにしていた。ファーストネームで呼んだところから見ても、明らかにお友達だろう。


 マイは慎吾の腕を掴んだまま、ニッコリと微笑んだ。


「おはよう」


 しかし、訝しげな顔をした二人は、その視線をマイと慎吾の間で行き来させた。


 そりゃあ、女子高生とサラリーマンの組み合わせなら、そういう顔になるだろうな、と慎吾は思う。

 援助交際などを疑われただろうか。


 数秒のにらみ合いの後に、二人組の片方、ゆるふわ髪の方が、しびれを切らしたように口を開いた。


「あの、そちらの方は?」


 その問いに、マイはもう一度微笑むと、掴んでいた慎吾の腕に、自分の腕を絡ませるようにした。


「わたしの、お兄ちゃん」


 マイの言いようは、予想外だったが、現状でベストな回答だと瞬時に判断した慎吾は、小さく頭を下げた。


「はじめまして」


「あっ……どうも」


 二人の女子高生は、慌てて頭をペコリと下げた。


「じゃあお兄ちゃん、またね」


 腕を解放したマイは、慎吾に向かってひらひらと手を振り、慎吾は「あ、うん」と頷いた。


「気をつけて」


 家族であれば口にするだろう、と思いついた言葉を投げかけると、振り返ったマイは、眩しい笑顔で元気よく手を振った。



「マイちゃん、お兄さんなんて、いたっけ?」


 駅を出て少し行ったところで、二人の友人の一方、ゆるふわウェーブのトモコが言った。

 振り返ったマイは、向けられた怪訝顔に微笑む。


「うん!」


 マイの屈託のない笑顔に、顔を見合わせる友達二人。


「ずいぶん……仲が良いんだね?」

「そう?」

「ウチなんか、もう兄貴とは何年も口聞いてないよ」


 ショートボブのノリコが言い、マイは苦笑気味に首を傾げる。


「そうなんだ」

「でも、兄妹って普通、そういうもんじゃない?」

「えっ……色々でしょ」

「そんなことない。マイのところは、仲良すぎ」


 そう言って、二人はジト目で、マイを見る。


「兄貴と腕組んだりしたことない」

「恋人同士でしょ、あの距離感は」

「……うっ、ウチのお兄ちゃん、優しいから……歳離れてるせいじゃないかな」


 そう言って、二人の訝しげな顔から視線を逸らすようにしたマイは、前を向いてしまう。

 友人の態度に違和感を禁じ得ない二人は、もう一度顔を見合わせる。


「あのさあマイ」


 目を鋭くしたノリコが言った。


「わたしたち、心配してるの。マイ、ヤバイことやってないよね?」

「ヤバイことって?」

「“金銭が絡む関係”、とか」

「キンセン……って、えっ? お金!?」


 振り返ったマイは、驚いたように目を見開いていた。


「そっ、そんなこと――ない! してない!」

「ホントに? 騙されてたりしてない?」

「してない! お金もらったりもしてないし! そもそもお兄ちゃんは……そういうひとじゃないんだから」


 その言い方だと、本当の兄妹ではないと認めたようなものなのだが、二人の友人は指摘したりはせず、顔を見合わせた。


「この様子だと……」

「まあ、大丈夫か」


 不安そうな目をするマイに、ノリコは苦笑気味に微笑みかけた。


「まあ、マイは、男を簡単に信用しないこと。気をつけなよ?」


 言われて、マイは頬をふくらませる。


「わかってるよ……もう」




「小川」


 会社への道すがら、後ろから声を掛けてきたのは同僚の斉藤。

 挨拶を交わし、並んで歩き出す。


「さっき、改札のところで見たぞ」

「……なにを?」

「小川、女子高生と一緒だっただろ」

「ああ……」


 マイのおかげで、よどみなく返事ができた。


「妹だよ」

「へぇ!」


 斉藤は驚いた顔をした。


「小川にあんなに可愛い妹がいるなんてな!」

「ああ……僕に似なくてよかったよ」

「紹介しろよ」

「えっ……まだ子供だぞ」

「そういや、随分歳が離れてるな」

「そうだな……十歳違う、かな」

「だから仲がいいんだ?」

「――そうかもな」


 斉藤は、何か含むところがあるような笑みを浮かべるが、慎吾は気付かないふりをする。

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