第5話

「おはよう、お兄ちゃん」


 屈託のない笑顔を向けてくる少女に、慎吾は思わず、頬をほころばせる。


「おはよう」


 二人で一緒に電車に乗るようになって、数日。

 少女の、慎吾の呼び方が、そのように親しげなものに変わるのに、さほどの時間を要しなかった。今では、年の差などないかのように、まるで友人に対するような、くだけた言葉遣いで接してくるようになっていた。

 友人か、それとも本当の兄に対するように、か。


 毎日、乗り合わせてから混雑するまでのあいだ、とりとめのない話をした。彼女は年相応におしゃべりが好きで、よく笑う少女だった。

 彼女の話から、だんだんとその人となりがわかってきた。


 名前はマイ。名字、フルネーム、漢字は不明。関係を考えれば必要ないと思ったから、慎吾からは聞かなかった。高校一年生。乗り込む駅は慎吾の一駅手前。中学ではテニス部だったが、高校では続けなかった。友人に頼まれて文芸部に籍を置いているが、特に活動はしていないいわゆる幽霊部員。チョコレートが好きだが体重が気になるので最近は控えている。きのこたけのこはたけのこ派。


「お菓子なんか、長いこと食べてないな、そういえば」


 慎吾がそう言うと、マイは驚いた顔をした。


「お菓子を食べないで行きていけるの!?」


 そう言われると、苦笑を返すしかない。


「男の一人暮らしだと、わざわざお菓子買って食べたりしないから」

「……一人暮らし、なんだ――彼女さんが持ってきたりは?」

「彼女なんていないから」


 自嘲気味に手を振る慎吾。

 視線を逸したマイは、なぜか微笑んだ。


「そうか、いないんだ」

「なに?」

「えっ、いえ……そうだ、今度わたしが持ってきてあげる!」

「えっ?」


 そう言った翌朝、本当にお菓子の小箱を持って待っていたりして、慎吾は、少女の自由奔放さに呆れながらも、この新しくできた友人とのやりとりを、日々の楽しみとするようになっていった。


 それにしても、慎吾は、マイの距離感が随分近い、と感じていた。

 毎朝、身体を密着させているせいで、抵抗感が薄いのだろうか。

 混雑していなくても腕が触れ合うような距離にいる。最初は、電車内で会話をするにはある程度近づかなければならないからだろうか、と思っていたが、どうもそれだけではなさそうな気がする。

 それに、電車を降りたあとも、そうだ。改札を出てから、それぞれ行き先が違うので別れるのだが、そこまでピッタリくっついてくる。混雑してると、離れてしまわないようにとばかりに、腕を掴んでも来るのだ。


 そういう態度を取られると、勘違いしてしまいそうだ。

 慎吾はそう思いながらも、マイに頼られるのは心地よいので、指摘したりはしない。

 言えば、気味悪がられて、この関係も終わってしまうのではないか。そういう心配も、あった。

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