第4話
漫画みたいだな、と慎吾は思った。
こういうことが現実に起こるとは思わなかった。
通勤時間に一緒になるだけだった女子高生に、いきなり告白されるなんて――いや、待て待て、冷静になれ。彼女は告白なんかしたわけじゃない。ただ、朝一緒に電車に乗ってほしい、と言っただけだ。
なにか理由があるはずだ。少なくとも、十人並に過ぎない自分に惚れたとかして、まずはお近づきになりたくて、とか、そういう理由であるはずがない。
そういう気分をなんとか顔に出さないようにして、慎吾は首を傾げた。
「なぜ?」
「あっ、その……」
女子高生は、恥ずかしげに俯いた。
「あの……昨日、思ったんですけど――電車って、どうしても、その、知らない人とくっつかないといけないときって、あるじゃないですか。ああいうのって、結構キツくて……」
昨日のような超絶的満員は、彼らが乗る電車で毎日ある、というわけではない。通勤時間だからそれなりに混雑はするが、否応なしに他人と身体を密着させなければならない、というようなこと自体は、ターミナル駅まで二、三駅というあたりになってからというのが常で。だからそうなるのもせいぜい十分程度。慎吾には、仕方ないと思える程度のものだった。
ただ、まあ、確かに、たったの十分程度といえど、毎日、知らない誰かと密着せざるをえない時間というのはあるのだ。
「でも、昨日の……お兄さんとのは、なぜか、嫌じゃなかったんです」
それから少女は、上目遣いで慎吾の顔を見た。
「だから、混雑するときは、お兄さんと一緒がいいな、って」
ずるいな、と、慎吾は思った。
可憐な女子高生に、あざとい上目遣いで見つめられて、「一緒がいいな」などと言われて、断れる男がいるのか、この世に。
いるはずがない。
もちろん! いいとも! と反射で答えるのは、なんとかこらえた。それはいくらなんでもがっつき過ぎで恥ずかしい、と、自分の中の冷静な部分の警告になんとか従えた。
代わりに、慎吾はもう一度、首を傾げた。
「えっと……僕は毎日、この時間の電車に乗るから、それは構わないけど――」
「本当ですか!?」
目を輝かせた少女は、食い気味に身を乗り出してきて、その眩しさに、慎吾は続きの言葉を忘れる。
「良かったぁ〜……こんなこと言って、変なコだって思われたらどうしようって、心配だったんです」
いや、それは思ってるけど、と慎吾は心の中でだけ思う。
それに、疑問もあった。
赤の他人であるのは、慎吾も同じなのだ。
だけど、なぜ彼女は、慎吾と密着するのが嫌じゃなかったのか。
慎吾はそれを聞きたかったのだが、質問の仕方を考えている間に車内が混雑してきて、聞けずじまいだった。
その混雑で、二人は自然と、昨日のように、扉の近くに陣取り、慎吾が彼女を守るように立つことになった。本人公認で女子高生と密着できることで気分は良かったが、事前に言われたことのせいで邪な気持ちを持つことは重大な裏切りになるという気分もあったので、複雑だった。
彼女の、柔らかさ、シャンプーのいい匂い、そして平然と身を寄せてくる様は、平静さを保とうとする慎吾の、大いに邪魔をした。
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