第3話
電車がホームに止まる短い時間でどうやって彼女の連れの有無を確認しよう、と悩んでいたが、扉が開いた時、見えた彼女の顔は、同じようにこちらを見つけ、嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を見て、慎吾は単純にも、これは罠ではないな、と確信してしまった。電車に乗り込む。
「昨日はありがとうございました」
近づいてきた彼女は、開口一番、そう言うと、頭を下げた。
扉が閉まり、電車が動き出す。
慎吾は頭上の吊革を掴み、少女は近くのポールに掴まった。
言葉の意味がわからず、首を傾げた慎吾に、少女は顔を近づけた。走行音のする中で声を張り上げずに会話するためには、そうするしかないのだ。
「昨日、わたしを潰さないように、頑張ってくれたって、わかってます」
おお、わかってもらえていたのか、よかった嫌がられてなくて。そう思い、慎吾はホッとする。
「いや……ごめん、上手く離れられなくて」
密着は回避できなかったことを謝ったが、制服の少女は首を横に振った。
わざわざお礼を言うためにこういうことをしたのか、と慎吾は胸をなでおろしたのだが、いや待てよ、それだけなら昨日のあのとき言えたはずだ。日を改めた理由が、なにかあるのか、と思いついた時、慎吾は、女子高生が思いの外、近くにいることに気がついた。
騒音のある車内で話すために顔を近づけたときより、更に近いところ。慎吾の胸元あたりに顔を突き出した女子高生は、まるで何かを確かめるかのように、目を閉じ、鼻から息を吸った。
――えっ? ニオイ嗅いでる?
慎吾がそう思ったときには、彼女は顔を離していた。なぜか、満足げに頷く。
「やっぱり……」
つぶやき、納得したような表情を浮かべた女子高生は、今度は意を決した、という様子で、慎吾の顔を見上げた。
「あの……図々しいとは思うんですけど、その……相談、に、乗っていただけませんか?」
慎吾は思わず、首を傾げる。このような展開は、想像していなかったからだ。
「……相談?」
「あっ、っていうか、お願いなんですけど」
慎吾は、自分がひどい目に合わされるわけではなさそうだとわかり、ホッとしていた。
それに、相手は可憐な女子高生である。赤の他人であるが、若く可愛い子と話をするのは久しぶりだった。お願い、と言い直された言葉には不穏な雰囲気を感じはしたが、このような少女が、自分のような者に何をお願いしたいのか、興味を惹かれた。
「その……僕が聞いて、役に立つだろうか」
慎吾がそう問うと、彼女は勢い良く頷いた。
「お兄さんにしか話せないんです!」
頭のどこかでは、これは危険だ、と警告する声があった。相手は正体不明の女子高生である。この世で最も、何を考えているのかわからない人種だ。歳も十ほど違う。いらないリスクを背負い込む可能性が高い。できるだけ関わらないほうがいい。
その一方で、若く可愛い女の子に「お兄さん」などと頼られるというのは、慎吾にはかつてない経験だった。はっきりいって、良い気分だった。
たぶんそれは、男にとっての原初的な欲求だった――庇護すべき、年下の女の子の、期待に応え、そして彼女を喜ばせたい、その時の笑顔を見たい、そう思ってしまった。
慎吾のうなずきを見た少女は、多少言いにくそうにしながらも、意を決した、という様子で、口を開いた。
「これから毎日、朝、一緒に電車に乗ってくれませんか!?」
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